2022年5月1日

 18時。少し前に、倉澤農政部長から電話があった。豚熱の防疫措置が、ほぼ終了したようだ。明日、詳しい進捗状況のデータがまとまり次第、発表するとのこと。

 農政部職員の皆さん、本当にお疲れ様でした。GW中は、ゆっくり休んでください!

 15時過ぎには、歌代健康福祉部長とも電話で言葉を交わした。本日、県内で確認された新型コロナの新規感染者は305人。予想どおり、先週同曜日(432人)より減少した。

 が、前回のブログにも書いたように、GW中の感染者数がレベルダウンするのは、最初から分かっていた。平日なら、500〜600人程度の感染者が続いている感覚だ。

 前向きな傾向があるとすれば、重症者が0人になっていること。今日も亡くなった人はいなかった。県民への3回目の接種が進んでいることも、少なからず影響している気がする。

 何れにせよ、GW明けから「再び感染の急拡大に見舞われる」ことは、ほぼ間違いないと見ている。引き続き、感染者数や病床使用率を(注意深く)ウォッチしていく。


 さて、ここからは、連休中でなければ、なかなか書く時間のない話題に触れる。

 今朝、早く起きて、アマゾンプライムビデオで、1955年公開の日本映画「ここに泉あり」(監督:今井正、主演:岸恵子)を見た。ずっと昔に見た記憶があるが、細かいストーリーは忘れていた。

 が、今回、数十年ぶり(?)に見たこの作品に、とても感動した。そりゃあ、そうだろう。物語の舞台が群馬県で、かつ知事である自分が理事長を務める群馬交響楽団の草創期(高崎市民オーケストラ)の奮闘を描いた、実話に基づくヒューマンドラマなのだ。

 群馬交響楽団の前身となる「高崎市民オーケストラ」が創設されたのは1945年。戦後間もない混乱期に、地方オーケストラを立ち上げた人たちの情熱と行動力には、脱帽する他ない。その後、財団法人が設置され、1963年に群馬交響楽団という名称に改められた。

 ピアニスト役を演じた若き日の岸恵子さんの瑞々しい演技、バイオリニスト役の岡田英次さんの日本人離れした端正な顔立ちもさることながら、マネージャー役で存在感を放った高崎市出身の名優、小林桂樹さんが素晴らしい!

 何よりスゴいと思ったのは、日本近代音楽の先駆者とも言うべき山田耕筰氏や、100歳を超える現役ピアニストの室井摩耶子氏が、本人役で出演していることだ。

 加えて言うと、この映画は、戦後の群馬県の状況を知る上で、貴重な映像資料にもなっている。自分が生まれる前に閉山になった吾妻鉱山や、木造の時代の高崎駅の様子も分かる。なるほど、こんな街並みだったのか。ただし、現地の人が使う群馬弁は、ちょっぴり不正確(?)な気がした。(笑)

 昭和30年(1956年)に封切られたこの作品は、300万人以上の観客動員数を記録した。当時の感覚からすると、大ヒットと言っていい!この映画を通じて、「音楽のまち」としての高崎市と、地方オーケストラの草分け的存在である「群馬交響楽団」が、全国に発信されたことは、想像に難くない。

 この作品を見終わって、「なぜ、群響が『移動音楽教室』にこだわり続けるのか?」が、よく理解出来た。ある意味、奇跡的に(?)誕生し、進化を遂げた群響が、なぜ「群馬県の宝とも言うべき存在」なのかも、再認識した。

 さらに言うと、この映画は、「そもそも、芸術とは何のためにあるのか?」という根源的なテーマを突きつけている。県と高崎市が協議して打ち出した「群響改革」の方針nにおいても、「群響は何を目標にすべきなのか?」は、根幹の議論だった。

 さあ、そろそろ夕飯の準備を始める。今晩はサラダと焼肉だ。