2014年3月21日

 間もなく夜8時。 新幹線で東京に向かっている。 大きくため息をついて、それからパソコンのブログ画面を呼び出した。

 夜6時から義兄の通夜に親族として参列した。 場所は兄が生まれ育った旧境町(現在は伊勢崎市)のさかい聖苑。 大勢の方々に足を運んでいただいた。   

 兄が尊敬していた柳沢本次元県議、義理・人情に厚い笹川たかし元自民党総務会長、地元の井野俊郎衆院議員、久保田順一郎県議会議長をはじめとする県議や町村関係の方々、30年以上に渡って兄の政治活動を支えてくれた後援会の皆さん、地域の人々…等々。 亡くなった兄もきっと喜んでいると思う。 皆さん、本当にありがとうございました!

 境町の聖苑が狭すぎることは、最初から分かっていた。 が、「故人はきっとここで弔って欲しいと言うはず」という家族の思いもあり、地元の葬儀場でやらせていただくことにした。 明日の葬儀には、知事や県選出国会議員の方々にも来ていただけるようだ。 参列者の皆さんに(場所が狭くて)ご迷惑をかけることになるかもしれないが、ご容赦いただくしかない。

 弔辞は県議会の後輩にあたる地元の五十嵐・伊勢崎市長と地元の同級生にお願いした。 お世話になった政治関係者や地元経済界の方々は大勢いるが、代表して2人に読んでいただくことにした。 生前、よく「葬儀は長いと大変だ。参列してもらった人たちに迷惑がかかる」と話していた兄の言葉を尊重したいという家族の気持ちからだ。

 あ、間もなく東京駅のアナウンス。 次回のブログに続く。

追伸:群馬県の県議会議員であることは、義兄の誇りだった。 8期32年もやったのだ。 30代で衆院選に挑戦し、復帰を目指した県議選にも敗れて浪人生活を送った時代を含めれば、40年近く政治の世界にいたことになる。

 照れ屋だった。 お世辞も苦手だったので、つっけんどんな印象を与えることもあった。 でも、繊細で優しい兄だった。 こんなに長い間、政治の世界にいながら、全く裏表がないひとだった。 魂がきれいなのだ。


「fs山本一太オリジナル曲「素顔のエンジェル」「マルガリータ」「かいかくの詩」