2013年6月25日

 毎週金曜日の夜、「直滑降ストリーム」(ニコ生公式放送)に現職の大臣を招き、本音のトークを繰り広げて来た。 ゲストが退出した後、番組を見てくれたニコ動ユーザーからの質問を受けつけるコーナーを設けている。 

 答弁するのは、キャスターの山本一太。 毎回、番組視聴者から必ず聞かれるのが、二井宏(ふたい・ひろし)騒動のことだ。(笑) こんなに関心が高いとは思わなかった。 ブログでも、二井宏(ふたい・ひろし)問題の現状を簡単に説明しておきたい。  

 某月刊誌に「山本一太を中傷する悪質な記事」を書いた二井宏(ふたい・ひろし)は、相変わらず正体を隠して逃げ回っている。 二井宏(ふたい・ひろし)の記事を掲載した出版社に対し、これまで弁護士を通じて5通の内容証明郵便を送付した。

 内容証明郵便の中で、再三に渡って、「二井宏(ふたい・ひろし)なるジャーナリストが実在するのかどうか?」「実在するとすれば、ペンネームか本名なのか?本人の連絡先はどこなのか?」「記事に掲載されている二井宏(ふたい・ひろし)の経歴の根拠は何か?これまでいかなる媒体にどんな記事を書いて来たのか?」を問い合わせた。 加えて、「記事の掲載担当者が誰なのか?」「どんな経緯で掲載されたのか?」についても、説明を求めた。

 こちらが要請した期限内の回答は一度もなかった。 反応は鈍かったものの、出版社側からは(5通の内容証明郵便に対して)2通の回答書が戻って来た。 全く納得のいかない返答だった。 

 もう少し具体的に書く。 出版社の代理人からの1通目の回答は、「二井宏(ふたい・ひろし)はペンネームだが、当然、実在する人物。その他は回答の必要を認めず」という内容。 2通目は、「二井宏(ふたい・ひろし)はペンネームであり実在する人物である以外の事実は、著作権法19条により、明らかにする必要はない」という趣旨だった。

 これはどう考えてもおかしい。(苦笑) だって、こちらは(内容証明郵便で)「著作物に本名を表示する」ことを求めているわけではない。 二井宏(ふたい・ひろし)の記事を世に送り出した出版社が、確実な資料に基づいて、この人物の活動歴を掲載しているのかどうかを聞いているのだ。 「氏名表示権」を持ち出して説明を拒否するのは、論理のすり替えとしか言いようがない。
  
 ブログ読者の皆さん、おかしいと思いませんか? 「二井宏」(ふたい・ひろし)は、自身の活動歴を読者に示して記事を載せているのだ。 今さら氏名表示権を根拠に説明を拒むのは許されない。 さらに言えば、仮に氏名表示権を根拠にするとしても、過去に「二井宏(ふたい・ひろし)」名義で公表した記事を、なぜ、示せないのか? どうして自らが書いた記事の明示を拒むのか? 全く理解出来ない。

 弁護士と相談して、明日にも6通目の内容証明郵便を送る。 大臣としての職務に全力を注ぎつつ、今後もあらゆるルートで「二井宏(ふたい・ひろし)」の正体に迫っていくつもりだ。 全体の状況を見極めながら、段階的に対抗プロセスを引き上げていこうと思う。 

 そういえば、間もなくHP上で始める予定の「ブログ・マガジン」は、二井宏(ふたい・ひろし)問題をテーマにすることに決めた。 これまでの経緯を説明すると同時に、今後の展開をタイムリーに発信する。 メディア報道のあり方について、一石を投じたい。 そのためにも、「二井宏」(ふたい・ひろし)は、必ず表舞台に引っ張り出してみせる!! 

追伸:過去のブログにも何度か書いた。 政治家、ましてや公人である「大臣」は、世の中から厳しく評価される。 時として批判に晒されるのは当然だ。 最初から覚悟している。 メディアには、政権をチェックする機能もある。 普通なら、いちいち目くじらを立てたりしない。 

 が、しかし、その批判が悪質な中傷だったり、悪意に満ちた目的を含んでいたり、明らかに事実と異なる部分があったり、その政治家の名誉を傷つけるものだったとしたら、その情報を発信した本人に対してオープンに反論する権利はあってしかるべきだ。 それが民主主義でしょう?! 

 どんなメディアのどんな記者も、ちゃんと名前と所属を明らかにして取材を申し込んで来る。 あたり前のルールだ。 申し訳ないが、二井宏(ふたい・ひろし)なる人物は、ジャーナリストの名に値しない。 

 こっちだって、命を削って政治に取り組んでいる。 名前も名乗れず、反論されてこそこそ逃げ回るのなら、最初から他人の悪口なんて書くな! 卑怯者め!!


山本一太オリジナル曲「素顔のエンジェル」「マルガリータ」「かいかくの詩」