2011年10月25日
午前10時。 議員会館事務所でパソコンを開いた。 朝8時から「自民党総合エネルギー政策特命委員会」に出席。 特命委員会の存続が決まってから、初めての有識者ヒアリングだった。 元内閣官房参与で、シンクタンク・ソフィアバンク代表の田坂広志氏を講師に招いた。 テーマは原子力政策。 内容は書かないが、説得力のある話だった。
役所のレクが午後になったので、ポカッと時間が空いた。 すかさず、「参院自民党役員人事の内幕:その7」の続きを書く。
特別総会で「執行部留任」の提案が認められず、人事問題は膠着状態になった。 山本・世耕提案が頓挫した後も、中曽根議員会長は動かなかった。 もしかすると、水面下で会合や交渉をやっていたのかもしれない。 が、回りには見えなかった。 しばらくすると、(恐れていたとおり)新聞に「小坂幹事長の続投は困難」みたいなベタ記事が現れた。 ほどなく、幾つかの新聞が、「後任としては、溝手顕正氏等を推す声がある」という小さな記事を載せた。 翌週には、「3派の一部の人々が、中曽根議員会長を解任する署名や動議まで検討している」という噂も流れて来た。
執行部として有効な手立てを講じられないまま、「小坂幹事長交代論」は、参院自民党内に着実に広がっていった。 「菅内閣を追い込んだのは、参院だ。中曽根執行部は成果を上げた。何も失敗していないのに、幹事長を変えるというのはおかしい!」 そう公言していた若手・中堅議員たちの中にも、「参院自民党を再結束させるためには、幹事長の交代はやむを得ない」と言い始める議員が出始めた。 実際、複数の新人議員から、「一太さん、全面対決だけは避けてもらえませんか?両陣営の幹部が相談して、何とかうまく治めてください!」と陳情されていた。
いわゆる中立派の議員たちの間では、「混乱を回避するために、小坂幹事長に身を引いてもらったほうがいい!」という意見が大勢だった。 双方に距離を置く若手・中堅議員と連絡を取り合っていた世耕氏も、「全く同じ感触だ」と話していた。 そのことは、中曽根会長に率直に伝えた。 この状況が、小坂幹事長の耳に入っていたのかどうかは分からない。
誤解のないように言っておくが、同じメンバー(小坂幹事長、山本政審会長、脇国対委員長)で中曽根体制を支えたかった。 それが、参院自民党にとってベストの選択肢だと信じていたからだ。 小坂幹事長は、ポストをめぐる衆院との交渉で、一貫して全面に立ってくれた。 事実、参院政審のランクアップは、小坂幹事長のサポートが大きかった。 引き続き、一緒にやりたかった。 しかしながら、どう考えても、(この状況下で)「小坂幹事長を含む同じ役員人事案を示しても、了承される見込みはない」と思った。
そこで、中曽根会長に、こう申し上げた。 あ、梶山弘志衆院議員がやって来た。 この続きは、その9で。
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午前10時。 議員会館事務所でパソコンを開いた。 朝8時から「自民党総合エネルギー政策特命委員会」に出席。 特命委員会の存続が決まってから、初めての有識者ヒアリングだった。 元内閣官房参与で、シンクタンク・ソフィアバンク代表の田坂広志氏を講師に招いた。 テーマは原子力政策。 内容は書かないが、説得力のある話だった。
役所のレクが午後になったので、ポカッと時間が空いた。 すかさず、「参院自民党役員人事の内幕:その7」の続きを書く。
特別総会で「執行部留任」の提案が認められず、人事問題は膠着状態になった。 山本・世耕提案が頓挫した後も、中曽根議員会長は動かなかった。 もしかすると、水面下で会合や交渉をやっていたのかもしれない。 が、回りには見えなかった。 しばらくすると、(恐れていたとおり)新聞に「小坂幹事長の続投は困難」みたいなベタ記事が現れた。 ほどなく、幾つかの新聞が、「後任としては、溝手顕正氏等を推す声がある」という小さな記事を載せた。 翌週には、「3派の一部の人々が、中曽根議員会長を解任する署名や動議まで検討している」という噂も流れて来た。
執行部として有効な手立てを講じられないまま、「小坂幹事長交代論」は、参院自民党内に着実に広がっていった。 「菅内閣を追い込んだのは、参院だ。中曽根執行部は成果を上げた。何も失敗していないのに、幹事長を変えるというのはおかしい!」 そう公言していた若手・中堅議員たちの中にも、「参院自民党を再結束させるためには、幹事長の交代はやむを得ない」と言い始める議員が出始めた。 実際、複数の新人議員から、「一太さん、全面対決だけは避けてもらえませんか?両陣営の幹部が相談して、何とかうまく治めてください!」と陳情されていた。
いわゆる中立派の議員たちの間では、「混乱を回避するために、小坂幹事長に身を引いてもらったほうがいい!」という意見が大勢だった。 双方に距離を置く若手・中堅議員と連絡を取り合っていた世耕氏も、「全く同じ感触だ」と話していた。 そのことは、中曽根会長に率直に伝えた。 この状況が、小坂幹事長の耳に入っていたのかどうかは分からない。
誤解のないように言っておくが、同じメンバー(小坂幹事長、山本政審会長、脇国対委員長)で中曽根体制を支えたかった。 それが、参院自民党にとってベストの選択肢だと信じていたからだ。 小坂幹事長は、ポストをめぐる衆院との交渉で、一貫して全面に立ってくれた。 事実、参院政審のランクアップは、小坂幹事長のサポートが大きかった。 引き続き、一緒にやりたかった。 しかしながら、どう考えても、(この状況下で)「小坂幹事長を含む同じ役員人事案を示しても、了承される見込みはない」と思った。
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