2011年10月10日:パート3

 たった今、インドの「要人」から電話があった。 「あのね、気持ちは分かるけど、あんまり短気になったらいけないよ!」と叱られた。 「ハイ、分かりました!」と返事をした。(ガクッ) 

 この連休中は、山本一太の「心模様」みたいな内向きのブログが続いてしまった。(反省) ここらへんで、ギア・チェンジする。 が、ひとつだけ言わせて欲しい。 これでも一応は政治家だ。 感情のままに書き殴っているように見えるブログの言葉の1つ1つに、ちゃんと意味(狙い)がある。 特定の人々に届いているメッセージがある。 警告だったり、プッシュだったり、注意喚起だったり、抑止だったり...。 そう、水面下では、ずっと旧勢力との「せめぎ合い」が続いているのだ。 しかも、肝心なところには、一切、踏み込んでいない。

 さて、ガラッと話を変える。 ここからは故郷群馬県の話だ。 8月20日から10月2日まで、群馬県の中之条町で「第3回中之条ビエンナーレ」という芸術祭が開催された。 「温泉+故郷+アート」と銘打ったこの祭典が、1ヶ月以上に渡って、自然に囲まれた静かな町を彩った。

 8年前、この町に誕生した群馬県最年少の町長が発案したこのイベントは、2年に一度、行われている。 四万温泉や尻焼温泉など多くの温泉郷を有する群馬県中之条町に、国内外から多くのアーティストが集い、木造校舎や商店街など「町全体を美術館に変えてしまう」というコンセプトだ。

 集まったアーティストたちは、自分で場所を選び、町の風土に触れ、住民との交流の中で展示空間を作り上げる。 この土地で生まれた作品が、訪れる人を魅了し、この地で生きる人々に新鮮な驚きと発見を与える。 「一太さん、『中之条ビエンナーレ』は、人と人が当たり前に繋がり合うこの町で、作家・住人・観客が一緒に創り上げる大規模アートイベントなんです!」 40歳になったばかりの町長から、この芸術祭の企画や中身を最初に聞いた時、新鮮な驚きを感じた。 その感覚は今でも続いている。

 先日、ビエンナーレ開催中の中之条町を訪れた。 数字的にはすでに成功を収めているこの「故郷の芸術祭」が、さらに大きな可能性を秘めていることを確信した。 この続きは「故郷の芸術祭、中之条ビエンナーレの恐るべき可能性:その2」で。 


直滑降レポートを応援していただける方は、blogランキングへ

山本一太オリジナル曲「マルガリータ」「素顔のエンジェル」無料配信中!