2011年9月20日:パート3

 これまでの参院執行部に比べれば、中曽根体制は、格段に透明度が高くてオープンだと思う。 16年間、自民党の参議院議員をやって来た山本一太が言うのだから、間違いない!(断言) 過去には一度も行われていなかった自由討議の総会は、7回を数えた。 浜田和幸氏が離党した直後には、批判を覚悟で総会を招集し、皆の意見を聴いた。

 メディアの見方は与党時代とは違う。 野党の活動は、マスコミになかなか取り上げてもらえない。 その中でも、最大野党の自民党にとっての「発信する数少ないチャンス」が、テレビ中継入りの予算委員会だ。 誰を質問者に立てるのかは、幹事長室、政審、国対等で何度も議論して決めて来た。 どんな布陣であっても、そこにはちゃんとした理屈がある。 これまでの執行部が、質問の中身や質問者の人選について、そこまで真剣に議論をしていたとは、到底、思えない!

 え? 勝負どころで野党の質問バッターが偏るのは、ある意味で当然だと思う。 政府・与党を追い込むための「戦闘力のある陣立て」を組まねばならないのだ。 ただし、「どうやって質問者を決めているのか?」「なぜ、その人にお願いしたのか?」は、もっと説明する必要があった。

 今回の参院自民党役員人事をめぐるゴタゴタを経験して、ひとつ大事なことを学んだ。 自分は(基本的に)「群れる」のが好きではない。 夜の会合を重ねて誰かを籠絡するとか、飲ませながら根回しをするとか、そういうのは古い政治手法だと思っていた。(もともと、アルコール、飲めないし!(笑)) 

 しょっちゅう同じメンバーで飲み歩いて、「オレたちは同志だ」なんて意気投合していても、別の場所ではお互いの悪口を言い合っていたりする。(ガクッ) だいいち、政治は「自分以外は、皆、ライバル」という世界なのだ。 ちょっとしたことで嫉妬が生まれ、敵味方に分かれるなんて日常茶飯事だ。 すなわち、政治家と政治家の間に、「甘っちょろい友情」などというものは存在しない!(キッパリ) 

 しかも、選挙の度に、顔ぶれがどんどん変わっていく。 たとえば、自分が所属する「平七会」(平成7年当選組の同期会)は、最盛期には30人にまで膨れ上がった。 が、今、残っているのは6人だけだ。 新人議員のひとたちも、きっとそのことが分かる。

 何か意見があるなら、オープンな場で堂々と主張してもらえばいいと思っていた。 陰でコソコソやるのはよくない、と。 でも、自分の考えは間違っていた。 大勢の前で「演説する」のが商売の政治家でも、オープンな場所では、なかなか本音を言わない。 それぞれが、人間関係のしがらみや支援組織の意向、選挙区の事情を抱えている。 相手の本当の気持ちが知りたかったら、何かのことで力を借りたかったら、こちらの好意を伝えたかったら、努力してコミュニケーションの舞台を作らねばならない。 今回の人事騒動で、その「シンプルな事実」を突きつけられた。

 政治家は誰でも「独立自尊」の存在だ。 誰かと腹を割って話し合える関係を作りたいと思ったら、そのひとの経歴を調べ、思想や考え方を研究し、著作を読む。 相手のために何時間も時間を割き、身銭を切って食事に誘い、時にはカラオケのマイクを握り、自分がそのひとに興味(=好意)を持っていることを、全身で示さなければならない! でも、これを始めたら、また睡眠時間が減っちゃうよ...なあ。(ふう)

 敬愛する友人(プロフェッショナル)が言った。 「誰かに喰い込もうと思ったら、全人格をかけてぶつかるしかない!」と。 何度聞いても、カッコいい言葉だ。 

 それにしても、政治家って、人間関係って、本当に難しい。(ため息) 

  
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