2009年2月7日:パート3

 午後(夜の)7時15分。 高崎から東京に向かう列車の中でパソコンを開いた。 午後3時から某市の商工会で「政治と経済」をテーマに1時間の講演をやった。 講演後の質疑応答で「麻生総理に対する厳しい批判」が出た。(内容はとても書けない!) こんな発言が続いた。
 
 「自民党は庶民のことをちっとも考えていない!オレはずっと自民党支持者だったけど、もう2度と応援しない。それに何だ。山本さんのグループだって、ちゃんと政策を訴えている中川さんを追い落とすようなことをして!あんたも頑張ったようだけど、結局、あんな決着になったじゃないか!その点、渡辺喜美さんは筋が通っている。山本さん!そう思うだろう?!」 予想どおり、今回の「騒動」では「中川秀直氏が不当に虐められた」みたいなイメージになっているようだ。(ふう)
 
 さて、前回のブログの続きを書く。 「どうしても分からないこと」に続いて、「反論したいこと」を述べたい。 「清和政策研究会総会」で「最高顧問の提案をこの場で決めるべきだ」と主張する「幹部クラスの人々」からこんな意見が出ていた。 「我々が新人議員の頃は、派閥内で(幹部の意向と違う)意見なんて言えなかった!」「派閥の人事というものは、オープンに意見を聞いたり、多数決にかけたりする種類のものではない!」 この2つの理屈は「明らかにおかしい」と思う。

 まず最初の理屈に反論させてもらう。 ひと昔前の「派閥」と今の「政策集団」は違う。 「派閥」(自分は極力この表現を使わないが)というものに、以前のような「求心力」はない。 どこであろうと、現在の自民党内の政策グループに「所属メンバーの政治資金から選挙に至るまで丸抱えで(?)面倒を見る」などという力はない。 特に「若手・中堅クラス」には、「『政策集団』は誰か1人の所有物ではない!所属議員1人1人が支えている!」という意識がある。 
 
 そうじゃなかったら、かつては鉄の結束を誇った「経世会」や党内最大グループの「清和政策研究会」が、党の総裁選挙で「グループ全員が一致して同じ候補者を応援出来ない」などという現象が起こるわけがない。 「オレたちが若い頃は幹部が決めたら反対なんて出来なかった!だからお前らも物を言うな!」なんて言われても、どうしようもない。 これまで「生きて来た文化」が違うのだから!(苦笑)
 
 あ、まもなく東京のアナウンス。 この続きは「『清和研』が変わった日:その5」で。
 

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