2008年5月4日

 以前のブログに「福田内閣の支持率低下」は想定の範囲内だと書いた。 「ガタガタする必要はない」とも。 内閣支持率が「20%を切った」のは深刻な事態だ。 そのことを「気にするな!」と言っているのではない。 自民党は一貫して「暫定税率の維持」を訴えて来た。 そのことが(中、長期的に見て)「国民の利益に繋がる」と信じているだ。 だからこそ、「世論の反発」を覚悟で、3分の2の再可決に踏み切った。 こうなると分かっていたことに、いちいち「過剰反応」しても仕方がないと言いたいのだ。 5月上旬の2度目の再議決の後には「更に厳しい状況」に陥る可能性もある。 この時点で浮き足立っていたら、とてもこのピンチは乗り切れない!!
 
 夕方。 高石市(界市の隣)に住む「義理の両親」と「なんば」の某ホテルで会った。 ロビー階にあるカフェでお茶を飲んだ。 義父は83歳、義母は77歳。 2人とも元気そうだった。(ホッ!) 元陸軍少尉(中尉かな?)の義父は、ビルマや中国で従軍した。 陸軍士官学校卒としては、実際に戦線に派遣された最後の組(?)ではないかと思う。 数年前まで鋼材関係の会社を経営していた。 とても真面目で、インテリジェントな「おじいちゃん」だ。
 
 義母は正義感が強くて、面倒見がいい。 25年間も「保護司」をやり、現役を引退した今でも地元の「保護士協会(?)」の代表を務めている。 趣味は登山。 皆から頼られる「社交的なおばあちゃん」だ。 あ、そうか。 2人とも「長寿医療制度」(後期高齢者制度)を適用を受ける年齢なんだ、な。 2人の近況から、戦争中の体験、玉村家の先祖のこと、昨年の参院選挙のエピソードまで、様々な話題が登場した。 ゆったりした時間だった。
 
 サンドイッチをつまみながら、義父が穏やかな声で言った。 「そういえば、一太さん。あの後期高齢者医療制度な。あまり評判がよくない。『後期高齢者』なんて言い方をされると、ワシらは不愉快な気分になる。まるで、あなたたちは寿命が短いんだからと言われているような気がするんです。高齢者も応分の負担をせんといかんというのも分かる。それは分かるが、戦後の復興期に一生懸命頑張ったんだから、ね。もっと大切にしてもらいたいと、そう思ってしまうんや!」 
 
 その言葉にうなずきながら、こう答えた。 「いや、お父さんのおっしゃるとおりです。『後期高齢者』という言葉は、どう考えても不適切でした。もっとまずかったのは、法律が通ってから2年もあったのに、国民、特に高齢者の方々に十分な説明をしていなかったということです。そこは与党も政府も反省しなければいけません!」 黙って聞いていた義母も口を開いた。 「そうそう、皆、この医療制度の仕組みかよく分かってないんですよ!」
 
 「75歳以上のお年寄り」を対象としたこの制度、もともと複雑で分かりにく部分がある。 義理の両親の言葉を聞きながら、改めて思った。 「長年の自民党支持者である義理の両親さえ、ここまで不快に思っている。この制度、よほど丁寧に説明しないと、高齢者の理解を得られない」と。
 
追伸:今回、大阪に出かけた目的は2つ。 ひとつは義理の両親に会うこと。 もうひとつは「大和ボーイの挑戦」(ミュージカルのトライアウト公演)を目撃することだった。 テレビにも出演したし、道頓堀の雰囲気も味わったし、上方落語も聴けたし、美味しい「たこ焼」も食べたし、間もなく姿を消す「食い倒れ太郎」の写真も撮ったし、奥さんともいろいろな話が出来た。 本当に「リラックスした3日間」だった。 昨年の今頃は「戦いの真っ最中」だった。 選挙区を真っ赤な「遊説カー」(一太号バージョン2)で走り回っていた。 ああ、「地獄」と「天国」くらい違うなあ。(笑)


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