2008年3月29日:パート2

 午後9時15分。 東京の部屋でパソコンの電源を入れた。 熱い日本茶をすすりながら、今日一日の出来事を振り返っている。 東京駅から午前9時の新幹線「のぞみ」に乗って名古屋駅へ。 名古屋から「こだま」に乗り換えて三河安城駅で降りた。(あれ、ここは大村代議士の選挙区じゃないか!) そこから車で杉浦正健衆院議員の選挙区(蒲郡市)に向かった。 80名ほどの後援会関係者を前に、45分の講演をやった。 15分間の質疑応答の後、次の会場に移動。 岡崎市内で行われた後援会女性部の集まり(80名の幹部)に合流した。 ここでも40分、熱弁を振るった。 ちょっとしたハプニングのために、予定の新幹線に乗れなかった。 名古屋から午後6時(当初予定は午後5時)の東京行き新幹線をキャッチ。 東京駅に到着したのは午後7時30分だった。
 
 法務大臣や官房副長官を務めた杉浦正健氏は、「清和政策研究会」の幹部でもある。 義理堅くて、ハートの温かい人物だ。 昨年の参院選挙の際には、「ある会合」に出席するため、わざわざ群馬県まで足を運んでくれた。 え? こちらからお願いしたわけではない。 あの選挙戦で「偉い政治家」は誰も呼ばなかった。 高崎の選対本部にフラッと立ち寄ってくれた町村信孝代表幹事と同様、自発的に来てくれたのだ。 その時、山本一太選対の戦闘力や地元スタッフの奮闘ぶりを目にした杉浦代議士が、東京の「清和研事務局」にこんな報告をしたらしい。 「山本一太は選挙が強い!この選挙のために県内に100近い支持組織を作っている。衆院議員の力を借りないと電話作戦も出来ない他の参院議員(現職候補たち)とは全然違う!」と。 
 
 この杉浦正健氏の言葉は、ちょっぴり嬉しかった。 逆境を克服して「群馬県史上最多得票」(自民党候補者の中で断然トップの得票率)で圧勝した後でも、「あいつは自民党候補であることを強調しなかった!」などとケチをつける「意地悪な長老議員たち」とは全然違う。 杉浦氏は、物事をフェアに見てくれる「数少ない政治家」なんだなと思った。 そんなことを考えながら、女性部でのスピーチを次の言葉で締めくくった。 「皆さん、政治は生き物ですから何が起こるか分かりません!恐らく民主党は途中で息切れすると思いますが、一歩間違えると選挙が早まる可能性もあります。どうぞ、その時は大事な杉浦先生を必ず押し上げていただきますように!」
 
追伸:
1.今朝の新聞各紙の社説も一斉に「民主党の妥協」を促している。 暫定税率失効まであと3日。 そろそろ民主党の結束(?)に「綻び」が見えてくる頃だ。 このまま最後まで行けるはずがない。 必ず(いつものように)正念場で「ガクッ!」と腰砕けになる。 民主党はそういう政党なのだ。

2.このブログを使って空高く打ち上げた「言霊のカプセル」が、ようやく破裂した。 「言葉の意志」がさーっと大気に降り注いでいる。 そう、「時代の流れ」は誰にも止められない!!


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