3月1日:パート2




 柳沢大臣の発言が不適切だった(というより言語道断だった)ことは間違いない。この手の失言は批判されてしかるべきだ。が、安倍政権を支える人々(閣僚でも、官邸チームでも)がほんのちょっとでも「踏み込んだ発言」をすると、一部のマスコミは「ある特定の部分」だけを抜き取って「問題発言だ!」と騒ぎ立てる。どんな小さなことでも政権への攻撃材料に使おうとする。

 

 メディアが権力をチェックすることは当然だと思いつつも、最近のこの「言葉の魔女狩り」のような風潮には辟易としている。大臣だって、補佐官だって、生身の人間だ。時には(「舌禍事件」とまではいかなくても)やや不注意な失言をすることもある。政治家としてより突っ込んだ表現をして物議を醸すことだってないわけではない。安全な言語しかしゃべらない「官僚大臣」ばかりだったら、マスコミだって退屈する。政治のダイナミズムなんて生まれようがない。

 

 「政府」を動かす閣僚や官邸スタッフには、厳しいモラルや人一倍の慎重さ、優れたバランス感覚が要求される。不適切な発言があれば、責任を問われてしかるべきだ。が、些細な言葉尻を捉えられてその度に攻撃されるようになったら、大臣や補佐官はおろか、副大臣や政務官まで(萎縮して)「まともな意見」を言えなくなってしまう。政権発足当初にこんな雰囲気はなかった。ふうむ。これも「潮目が変わった」ことによる現象のひとつなんだろう、な。

 

この直滑降レポー
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