8月18日

 朝。太陽の光で目が覚めた。チラッと時計を見ると午前9時30分。「あ、いけない!朝食は午前9時にと頼んでおいたのに...」(*というか普通は連絡があるはずだ)と思って、部屋を出た。まるで「山の家」のような座敷スペースで、焼き魚と山菜の朝食をすませた。

 

 もうすぐ午後1時。テレビもラジオも新聞もない部屋で、国政レポートの「新規作成画面」を呼び出した。窓際にあるテーブルの上にパソコンを置き、キーボードを操作している。あ、小川の流れる音かと思ったら、雨が降り始めたようだ。ひんやりとした空気が流れ込んでくる。午後からは涼しい気候になるだろう。

 

 そういえば、昨晩、また「夢」をみた。マンハッタンの路上で「勝手補佐官」の3人と一緒にパンフレットを配っているシーンの中心にいた。なぜか、ブッシュ大統領夫妻が通りかかった。たちまち大勢の報道陣に取り囲まれた。「This is great! I know that you guys are "self-nominated assistants!!"」(これは素晴らしい!あなたたちは「勝手補佐官」だろう。よく知ってるよ!)テレビカメラとフラッシュの中、笑いながら話しかけてきたブッシュ大統領とそれぞれ握手をした。(*とにかく状況設定も、時間軸もメチャクチャだ!(笑))5番街のカフェでお茶を飲みながら、「いや、うまくいきましたねえ。あそこで大統領に会えるなんて!」と興奮気味に話しているところで現実に戻った。ふむ。やっぱり、総裁選挙のことが気になってるんだな。

 

 布団の中でしばらく昔のメモリーを楽しんだ。「勝手補佐官」のメンバーでニューヨークに行ったのは、たしか2000年だった。現地で活躍する日本人グループを集めて意見交換をやったり、総理と国連日本人スタッフとの夕食会をアレンジしたり、CNNに生出演したりした。米国に向かう全日空のジャンボ機の中のラウンジで、お茶を飲みながら長時間話をしたことも忘れられない。「勝手補佐官」の訪米を熱心に追いかけ、ニュースのストーリーに仕立ててくれたTVジャーナリストもいた。ああ、懐かしい。「勝手補佐官」としてのクラブ活動(笑)を通じて、後の人生に影響を与えた幾つかの「大切な出会い」もあった。

 

 あれから6年。個性の違う4人はそれぞれの道を歩いた。ニューヨーク珍道中の当時、森内閣の官房副長官だった安倍氏はまだブレイク前だった。その当時から「安倍さんには、いつか必ず天下をとってもらいたい」と一貫して言い続けてきた(自分を除く)「勝手補佐官」の3人が、「勝手に」ではなく、「本当の側近」として、安倍内閣(*まだ決まったわけではないが)をサポートするチャンスを手にしている。 

 

 安倍さんが「教育改革」をマニフェストの柱として掲げる以上、「教育基本法改正」に心血を注いできた下村博文氏は必ず「大きな役割」を担うことになるだろう。知名度抜群の高市早苗氏は(予想外の落選さえなかったら)とっくに女性閣僚に抜擢されていたはずの人材。安倍政権が誕生したら(どんなポストであっても)存分に「スター性」を発揮するに違いない。広報戦略のプロである世耕弘成氏は(*山本一太が最初から「戦線離脱」していることから考えても(笑))安倍首相が実現すれば、100%、参院側の官房副長官に抜擢されると言われているらしい。

 

 もちろん、すべては「新しい総理」が決める。誰がどうなるかは、まだ分からない。「3人に表舞台で活躍してもらいたい」というのは、あくまでも個人的な願望だ。それにしても、同じグループに所属していたこの3人に声をかけたのも、「勝手補佐官」というネーミングを考えたのも、すべて私の仕業です。ね、かなり「先見の明」があるでしょう?!(笑)

 

 9月には何としても「安倍政権」を作らねばならない。この3人が偉くなってしまったとしても(笑)、きっと「勝手補佐官時代」の「繋がり」は大事にしてくれるだろう。「旧勝手補佐官マイナス1」には、安倍首相のすぐ近くで、「素浪人・山本一太」は少し離れたところから、安倍政権を応援するスクラムを組めたらいいなと思う。ニューヨークで一緒にパンフレットを配った時のように。(ブッシュ大統領に一緒にパンフを渡すのは無理だとしても!(笑・笑))

 

追伸:

1.先ほどから降り出した雨は、雷雨をともなう豪雨に変わった。しばらくは散歩も出来そうにない。時間はゆったりと流れている。なにしろ「本を読む」こと以外、何もやることがない。本当に、なーんにもない。なんとゴージャスな「退屈」だろう。




2.そういえば、今晩、安倍長官を応援する派閥横断の若手・中堅グループの会合があるはずだ。あとで、様子だけは聞いておこう。