午前5時過ぎ。 テレビ朝日「朝まで生テレビ」のスタジオから東京の部屋に戻ってきた。 ふう。 「朝なま」での自分のパフォーマンスを自己採点すると、50点くらいだろうか。 いつもより発言の回数も少なかったし、コメントの中身も浅薄だった。 今回の「天皇」をめぐる一連の議論にあまり意味のあるインプットが出来なかった理由は、天皇制の歴史や意義等に深い知識がなかったから(それも事実だけど)ではない。 この問題、特に「皇室典範の改正」に関しての自分の姿勢が100%定まっていないからだ。 「確信がない」言葉に、「説得力」は吹き込めない。 先日、自民党のあるベテラン政治家にこう言われた。 「へえ。君がどちらの立場を取ったらいいか迷っているなんて珍しいな。 どんな問題でも白か黒か、ハッキリしてるのに!」 某女性議員もこんなことを言っていた。 「へえ。一太さんは論理的だし、現実主義者だから…どうみても『女系天皇容認派』だと思ってた。 意外だわね。」(*音楽をやるくらいだから、実は情緒的だったりして。(笑))

 

 現時点での自分の立場をひとことで言うと、「あらゆる方策を尽くして『男系天皇の伝統』を出来る限り維持すると同時に、いざという場合に備えて危機管理の制度的仕組み(女系天皇のシステムに移行する等)を整えておく」というものだ。 過去1000年以上(神話の時代を含めると2000年間)に渡って引き継がれてきた皇室の「伝統」や「正当性」といったものは、「合理性」や「論理性」のみでは語れない部分がある。 多くの場合、「正当性」とか「伝統・慣習」に、合理的・科学的根拠などというものは存在しない。 「現実」だけに引きずられて変えていいというものでもない。 が、そうは言っても、現実的に「皇位継承を安定的なものにする」方法が、(「側室制度」の復活が非現実的だという状況の下で)「女系天皇を容認する」以外に見つからないという理屈に対して「効果的な反論」が見つからない。 それも事実だ。

 

 間違いなく言えることは、2000年間「万系一世」で引き継がれてきた、世界で唯一の「ロイヤル・ファミリー」の血筋が絶えてしまうような事態だけは、何としても避けねばならないということ。 「男系維持派」も「女系容認派」も、現在の「象徴天皇制」を維持すべきという点では一致している。 問題は歴史の中で皇室の「男系」の伝統をどうとらえ、そのことにどれだけの価値を見出すのか。 そのルールを守るために国としてどれだけの犠牲を払い、どのくらいの努力を傾注すべきかということだ。 その上で、国として「どうやって天皇家の血筋を守っていくか=象徴天皇制を維持していくか」を真剣に考える。 その一点に尽きると思う。 自分は「女性天皇」に反対なわけではない。 党内の「女系容認に反対する勉強会」のメンバーでもない。 が、「女系天皇」を認めることについては、もう少し「慎重であるべき」だと考えている。

 

追伸:

1.パネルに参加した某大学教授(元ジャーナリスト)は、「皇室外交」に否定的だった。 「政治的に利用される面が多い」ことを強調していた。 皇室外交が政治利用されることは慎まなければならないと思うが、自分は両陛下や皇太子ご夫妻の外国訪問には(時と場所を間違えなければ)大きな意義があると思っている。 それにしても、この大学教授、必要以上に威張ってたな。 番組終了後の懇親会でこんなことを言い残して言った。 「あんたたち政治家がこのこと(皇室典範改正)をちゃんとやらなきゃあ、ダメなんだよ! 小泉君によく言っておいてくれ。 ボクは個人的に知らないけど、ね。」 

 

2.「朝まで生テレビ」の出演依頼を断ったことは、これまで一度もない。 マイナーリーグの参議院で、何の肩書きもなかった山本一太という政治家を最初に「発見」してくれたのは、この番組だったからだ。 が、今回だけは、担当のディレクターに「この問題に詳しい他の政治家を呼んだほうがいいですよ!」と進言した。 まあ、これをきっかけに天皇制の歴史的意義や憲法解釈等について、改めて(みっちり)勉強したいと思う。 いずれにせよ、今回の「皇室典範」の改正問題は、将来、日本国民がロイヤル・ファミリーの方々とのどんな関係を望んでいるのか、国民の中のあるべき皇室の姿はどのようなものなのかを問うことになる。