午前7時。草津町の某ホテルで目が覚めた。朝食をすませ、町外れの墓地へ向かった。「山本家」と刻まれた墓石の前に花を置き、お線香をあげた。父が亡くなって10年。母が逝ってから3年。時間が経つのは、なんと早いことか。

 

 午前11時過ぎ。吾妻の自然を堪能しながら中之条町へ。同町消防団の秋期点検で挨拶。群馬県で一番若い町長とガッチリ握手を交わした。

 

 午後12時過ぎ。高崎市へ移動。友人が社長を務める会社の顧客感謝祭(?)に出席。会場となった広場のあちこちに出店が並ぶ。予想以上に大きなイベントだった。何度かセッションをしたことのある地元のバンドが軽快なパフォーマンスを披露していた。着くや否や、ステージの近くに案内され、(何の打ち合わせもなく)「スタンド・バイ・ミー」を歌わされた。(笑)ちょっと戸惑ったが、結構、楽しかったりして。(*演説よりアピール効果はあったなー)芸は身を助ける??

 

 午後1時過ぎ。6年前、42歳で亡くなった元秘書の法事に出席。お清めの席でスピーチをした。「00さんは、自分が一番苦しい時に助けてくれた。そのことはずっと忘れません…。」

 

 午後3時。前橋市某地区後援会が主催する時局講演会へ。約40名の後援会メンバーを前に、40分の国政報告をやった。両親の「墓参り」の話から始まって、衆議院選挙のエピソード、小泉改革への思い、今後の政局、政治家としての目標等について、熱を込めて語った。皆、笑ったり、涙くんだりしながら、最後まで熱心に聞いてくれた。「こうやって、直接顔を見せてくれると、本当にありがたい!皆がやる気になるからなあ。」地区の後援会長がニコニコしながら話していた。

 

 次回の参院選挙まで2年を切った。前橋市の各地区で同様の報告会をやり、後援会組織を作り直していかねばならない。組織票には頼れない。が、基礎票は固めておかないと。世の中の風向きやメディアでの発信だけに頼るようになったら、次回の激戦(1議席をめぐる攻防)は勝ち抜けない。「自民党への風が吹かなかったから落選した」とか、「メディアの作った世論に流された」などという言い訳ほどみっともないものはない。選挙に負けるのは、候補者本人に魅力がないからだ。

 

 高崎駅で午後6時前の新幹線をつかまえた。午後7時過ぎ。都内の某喫茶レストランで雑誌記者の取材を受けた。ポスト小泉の展望についてコメントした。「自民党が本当に政権を維持したいのなら、世代交代するしか選択肢はない」と強調しておいた。

 

 午後10時30分。東京の部屋でパソコンに向かっている。明日は午前中のフライトで福岡に飛ぶ。某新聞社主催のフォーラムで講演するだめだ。夕方の便で東京に戻り、夜はCS放送「闘論、永田町!」の収録。次世代エースの1人、茂木敏充衆院議員(前科学技術担当大臣)と「対決」する。




追伸:永田町には、何かというと「大物政治家」の威を借りて、または「偉い人々」にご注進して、他の議員の「足を引っ張ろう」とする政治家がいる。表面上は「いかにもあなたの味方です」みたいな顔をしながら。主な動機は「嫉妬心」だ。そういう姑息なことだけはしたくないと思う。ふうむ。自分の場合、仲間の悪口を吹き込もうにも「言いつける相手」(偉い政治家)が見当たらない。(笑)