国会議員の中には、他人のやったことを自分の手柄のように話したり、実際に汗をかいていないことでも、いかにも自分が中心でやっているかのようにプレゼンテーションするタイプの人間がいる。誘われて行ってみたら、思ってもいない会で、勝手にダシに使われるということも(時々)あったりする。この種の政治家は、大抵、選挙事情が厳しくて余裕がない。山本一太は(幸か不幸か)そういう類ではない。僭越ながら、選挙は弱くないし(しかもダラダラと続けようなどと思ってないし)、躍起になって自分を売り込んだりするほど焦ってもいない。

 

 何かの件で自分と行動を共にした政治家が、回りの先輩議員からよく言われるというフレーズがある。それは、「あんたは山本一太に利用されてるんじゃないか」という言葉だ。なんと的外れな指摘だろう。だいたい、自分が日頃付き合っている政治家の中に、他人に踊らされるような性格の人間は一人もいない。

 

 政治家が他の政治家に利用されるケースは、簡単に言うと次の2つしかない。一つ目は、相手に利用されることが自分のメリットにもなる(相互に利益を分かち合える)と判断した場合。二つ目は、この相手なら利用されてもいい(損得抜きで応援しよう)と思う時だ。他の議員から一方的に利用されるとか、利用されていることにすら気づかないナイーブな政治家がいたとしたら、それは最初から政治をやる資質がないということだ。

 

 さて、大村秀章衆院議員が、少し前にある人物からこう言われたそうだ。「外から見ていると、大村さんは山本一太に引きずられているように見える。」それが事実としたら光栄な話だが、これは政治家山本一太の影響力を過大評価している。極めて稚拙な分析だ。だいいち、メジャーリーグ(衆議院)でこれだけダイナミックに活動している大村代議士が、マイナーリーグ(参議院)の山本一太程度の政治家におめおめと利用されるはずがない。(*大村さんは、そんなタマじゃない!)お互いにメリットがあると思うから、スクラムを組んでいる。もちろん、ピュアな友情の部分だってないわけではないが。

 

 具体的な例を一つあげておこう。昨年、自民党の若手有志議員5名で「マニフェスト策定研究会」というのを立ち上げた。メンバーは、河野太郎氏、水野賢一氏、大村秀章氏、世耕弘成氏、そして山本一太という組み合わせだった。一人が100万円ずつチップインし、そのお金でスタートしたばかりの六本木ヒルズで毎週セミナーを実施。自民党や民主党より一足早く、「実験的マニフェスト」を発表した。このセミナーの模様はテレビのCS番組でも放送された。いろいろな意味で画期的な勉強会だった。

 

 実は、大村氏は最初から勉強会に加わっていたわけではない。当初は河野、水野、世耕、山本の4名で発進する予定だった。昨年の1月くらいだったと記憶しているが、東京新聞のマニフェスト特集の中でこの動きが大きく取り上げられた。その記事を読んだ大村氏から電話がかかってきた。「あ、山本さん。マニフェストの記事、拝見しました。自分もマニフェストを作るのはすごく大事だと思ってる。勉強会がいよいよ始まるってことだけど、オレも仲間に加えてくれないかな。」「それはいいけど、大村さん。今、政務官でしょう。しかもこんな動きに荷担すると、経世会(橋本派)からクレームがつくんじゃないの。そう思って誘わなかったんだけど。」「いや、それはちっとも構わない。ぜひ一緒にやらせてもらいたい。」「分かりました。一応、他の3人に聞いてみるけど、もちろん皆大歓迎だと思うよ!」

 

 結果として、大村秀章氏に加わってもらったのは大正解だった。大村氏の豊富な政策インプットとスケジュール管理能力がなかったら、実験的「マニフェスト」を練り上げることは出来なかったろう。大村さんをそそのかして(?)「勉強会」に引きずり込んだわけではない。この会の目的に共鳴した大村代議士のほうから自発的に飛び込んできたのだ。

 

 政治家はお互いに誘ったり、誘われたりする。違う立場で論争したり、政局で闘っていても、あるいは同じグループや勉強会で共闘を組んでいる時でも、あらゆる集団の中で政治家の個性や主張はぶつかり合うものだ。その中で切磋琢磨し、健全に競争し、そしてお互いを発見しあっていく。それが政治という世界なんです。

 政治家に対して、「あんたは誰々に利用されてる」とか「あの政治家に引きずられてる」なんてセリフは禁句だ。もし自分がそう言われたとしたら、それはこう言われているのと同じだ。「あんたはバカで能力がなく、人を見る目もない。おまけに発信力も存在感もないときてる。あのしたたかな政治家に一方的に利用されて損するだけだ。」もう一度言うが、自分はこんな国会議員とは行動を共にしない。そして周辺に、こんな大人しくて能力のない政治家は一人だって見あたらない。