午前10時。参議院外交防衛委員会の理事懇談会。来週に予定されている閉会中審査の日程について、大まかな流れを決めた。現在の外交防衛委員会は、とにかく与野党の理事がしっかりしている。委員長としてこれ以上の幸運はない。
午前11時30分から自民党基本理念委員会の第一回幹事会。安倍晋三幹事長の下で国家ビジョンを創るグループが立ち上がると聞いて、早速、安倍幹事長と直談判した。安倍さんも「山本さんをメンバーにという要望を参院側に出しておくよ」と言ってくれた。それで立候補した。が、ムリして手をあげる必要はなかった。深謀遠慮が足りなかった。こちらから参議院執行部にお願いしたりしちゃった経緯もある。いまさら辞退するわけにもいかないだろうな。(くっそー)
昼食後は、某雑誌のインタビューやホテル関係団体の陳情等をこなす。蜂蜜入りの美味しい紅茶を一杯楽しんだ後、東京駅から午後3時の新幹線に飛び乗った。地元(水上温泉)で行われた自民党群馬県連女性部の冬期研修会に飛び込み、短いスピーチを披露した。いつもながらの暖かい雰囲気だった。挨拶が終わると同時に会場を飛び出し、高崎から東京へトンボ帰りした。
議員会館の事務所に着いたのは午後7時過ぎ。午後7時30分からのミーティングを終え、午後9時前に六本木ヒルズへ。ちょっとお洒落な日本料理屋で「安倍晋三幹事長を囲む勝手補佐官グループの会」をやった。ちなみに「勝手補佐官」とは、森内閣時代に安倍官房副長官(及び森総理)を支えるために結成された森派若手有志4名のグループ。メンバーは、下村博文衆院議員、高市早苗衆院議員、世耕弘成参院議員、そして山本一太だった。会の目的は、先の総選挙で敗れた高市早苗前衆院議員を激励することだった。
今回の選挙では、森派だけが大幅に数を増やした。森派の現職議員のうち、負けたのは高市早苗氏ただ一人。あまりにも意外な結果だった。高市氏が落選すると思った人は誰もいなかった。もし「高市早苗・苦戦」という情報が入っていたら、(どのくらい得票に貢献出来たかは別として)最優先で選挙区にかけつけていたはずだ。実際、選挙戦の中盤までは、どの調査でも高市候補が相手候補を大幅にリードしていた。
会うなり、つい言ってしまった。「高市さん、それだけの知名度と実績がありながら、よくも負けたもんだねえ!」「いっちゃん、選挙の後半から、急激にムードが変わったんよ。」と高市氏。最後の1週間、対立候補(?)から極めて悪質な中傷キャンペーンをしかけられたらしい。内容はあまりにえげつなくて、ここでは書けない。
「あのサッチャーだって、落選中に結婚した。この機をとらえて、いい男をつかまえるわ。」あくまでもポジティブな高市さんだった。コスタリカをそのまま適用すると、次の選挙(3年後?)では高市氏は比例区の候補者ということになる。が、政治の流れは早い。自民党の勢力図はもちろん、政界そのものがガラっと変わっている可能性も少なくない。
森内閣が支持率6%という逆風に苦しむ中、勝手補佐官4名の活動に対する風当たりは相当キツイものがあった。高市早苗氏は、一番苦しい時に行動をともにした同志だ。なんとしても政界に復帰してもらわねばならない。3年後は「無所属でも立つ」という覚悟で捲土重来を期してほしい。その時は、最初から応援に入る。たとえ、呼ばれなくても。