東京に戻ってTVをつけると、夜10時のNHKニュースに安倍晋三官房副長官が生出演していた。小泉内閣のもう一人のスポークスマンとしてすっかり定着した感がある。慎重で落ち着いた話しぶり。政治家としていよいよ風格が出てきた。そういえば、今朝、安倍氏の携帯に連絡を入れた時は、沈痛な声で「これから拉致家族の方々に会いにいくところなんだ。本当に気の毒で言葉もない」と話していた。

 今回の首脳会談には様々な評価がある。が、拉致された人々の安否を明らかにしたこと、さらに北朝鮮に拉致問題の責任を認めさせ、謝罪を引き出したことは、これまでどの政権も出来なかったことだ。この二つの点において、小泉総理の外交手腕を疑う人はいないだろう。あの状況で共同宣言に署名するべきだったかどうか、ということについては判断の別れるところだろう。結論から言うと、「やむを得ない選択」だったと思う。

 小泉総理が拉致問題について、「これまでの政府の対応に問題があった」と認めたというニュースが入ってきた。日本政府の対北朝鮮政策、特に拉致問題の扱いに誤りがあったとすれば、それは与野党の政治家すべての責任だ。少なくとも、これまで解決の糸口すら見つけられなかった与野党の政治家達が、小泉総理の決断を批判する資格なんてあるわけがない。多少なりとも当事者意識を持った政治家なら、実は皆そう考えているはずだ。

 それにしても、もう少し早く何らかの手を打てなかったか。他にもっと有効な外交手段がなかったか。日本外交は重い十字架を背負うことになった。政治家として何も出来なかった自分自身の無力さにも、苛立ちを覚えずにはいられない。

 小泉訪朝について、与野党の党首、歴代の自民党総裁、自民党外交部会関係者等から様々なコメントがあった。「拙速だとは思わないが、情報が出て来なければ何もすすまない」と言ったのは石破茂拉致議連会長。同感だ。とりわけ、「はらわたをちぎられるような気持ちだったろう」という橋本龍太郎元総理の言葉には、感銘を受けた。橋本氏の言うとおり、8名の死亡という事実を突きつけられた中での共同文書署名は、小泉総理にとってまさに「苦渋の決断」だったに違いない。それでも小泉総理が万一席を蹴って帰国していたら、4人の原状回復の道は永遠に閉ざされてしまったかもしれない。

 日朝国交正常化交渉を焦ってすすめる必要はない。大体、正常化交渉を再開するといっても、正常化すると決まったわけではない。経済協力方式で合意したといっても、具体的な金額や時期については全くの白紙だ。まず、8人はどういう状態で亡くなったのか、拉致犯罪に手を染めた工作員や軍関係者はどういう人物で、どうのような処分を受けたのか。北朝鮮に対し、より詳細な情報の提供を求めていく必要がある。拉致家族の方々に対する北朝鮮の国家補償についても、議論の俎上に乗せることになるだろう。日本政府としての目的(生存者4人の救出・帰還)が明確になった今、毅然とした姿勢で、交渉をすすめるべきだ。

 東アジア地域の安定を維持することが、日本の国益であることは間違いない。そのために北朝鮮というテロ国家を国際的な枠組みに引き入れ、日本とこの地域に対する軍事的脅威を削減していかねばならない。それは日米韓を含む国際社会全体の利益でもある。

 理性では、(総理の言葉を借りれば、こんなことを二度と繰り返さないためにも)日朝関係を改善しなければならないと分かっている。しかし、感情は違った叫びを発している。罪もない一般人を誘拐、拉致する。日本を射程に収めたミサイルを開発し、核施設の査察には応じない。一体、こんな国に、経済協力を行う意味があるのだろうか。

追伸:

どちらかと言えば慎重なほうなのに、疲れて帰ってくると一瞬判断力を失って不審な(政治的意図を持った?)メールに返事を書いてしまう時がある。まあ、大した話ではないが、単純なトリックにひっかかってしまった。政治家としては、なんとも未熟だ。