夜。荒井広幸衆議院議員との会食。先の総理対郵政族のバトルでは、党の総務部会長として連日大活躍(敵ながらあっぱれ?)した荒井氏の慰労が目的だった。場所の好みを聞くと、「美味しいイタリアンでも食べにいこっかー」(いつもの福島弁)という返事。さっそく評判のイタリア・レストランを予約した。予想通り、男二人という組み合わせは他に見当たらなかった。でも料理はメッチャおいしかった。




 お互いの立場や意見の違いは十分すぎるほど分かっているので、小泉改革や政局についてあまり生々しい話はしなかった。そうは言っても、二人そろうと必ず出てくるのは、小泉さんを担いで一緒に戦った7年前の自民党総裁選挙のエピソード。当初は7人しかいなかった同志(参議院は一人だけ)で、30名の推薦人集めに夜中過ぎまで奔走した。7人の侍のうち、リーダー格の野田実氏は議員を辞めて大学教授に、石原ノブテル氏は行革担当大臣に、安倍晋三氏は官房副長官になり、そして荒井広幸氏は森派を出て、結局、江藤・亀井派に草蛙をぬぐことになった。あれから7年。いろんなことがあり、いろんなことが変わった。なにしろ一番驚いたのは「小泉さんが総理になったこと」だ。この点では(珍しく?)意見が一致した。




 「なんやかんや言ってもオレたちは純ちゃん(小泉総理)という星の回りを回る衛星みたいなもんだよな。小泉改革に賛成か反対かという部分で売ってるんだから。」(荒井)「なーんだ、結局二人とも小泉パラサイトだったのか!」(山本)これには二人で大笑いした。たとえ小泉衛星群であっても、それぞれ政治家としてリスクを負いながら、それぞれのやり方で信念を貫いてきた。お互いにそのことだけは認めあっている。




 政治家としての理念や目指すべき国家像は基本的に違う。だから、一緒の陣営で戦うことは、残念ながらもうないかもしれない。それでも、政界の一寸法師と永田町のユースケ・サンタマリアには共通点もある。その一つが政治家の好みだ。二人とも、「僕って官僚に負けないくらい政策が出来るんだ」みたいな政治家はあんまり好きではない。むしろ、清濁合わせ呑むような、侠気のある党人派政治家に魅力を感じる。だから、亀井静香氏にも、古賀誠氏にも、なるべく近づかないようにしている。(ここらへんの人々には、叩き上げの政治家だったうちのおとーちゃんと同じ匂いがする。)そのまま引き込まれそうな気がするからだ。




 もちろん、亀井さんや古賀さんと同じグループで活動することはあり得ない。根本的に哲学や文化が違うし、何より目指している社会や政治の姿が全く異なるからだ。抵抗勢力という言い方で片付けるのはアンフェアだと思うが、こうした旧世代の考え方、やり方では、日本の凋落は避けられない。そのことは確信がある。