ボクの居場所 -8ページ目

ボクの居場所

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男でも女でも、異性との運命的な出会いというものが一度はあるのだろう。

ただその後の対応は、人それぞれによって異なる。
イチロウの場合は
完全に固まってしまったようだ。


「あんた、ウブなのかバカなのか
あっ、そうそう。
あんた悪いけど、ユキちゃん連れて、この付近、案内してやってくれないかい?」

「ん?!」
思いもしない言葉に、イチロウの顔はおばちゃんのほうを向く。

「伯母さん、そんなこと悪いわよ。」
今度は首を左右に振りながら、ユキエのほうに…

「いいじゃない。ユキちゃんもこの辺歩いてみたいって言ってたじゃない。」
首は上下に、目はおばちゃんへ

「でもー

今日始めてお会いする方にご迷惑をお掛けすることになるし
もうイチロウは、自分がどんなふうに首を動かしているのか分からなくなってしまった。

「あっ、この男の名前はイチロウって言うんだよ。
イチロウ君、姪のユキエだよ。
どうかなぁ、これから忙しいかい?」

「とんでもない!」
高揚し、喉も枯れていたんだろう、素っ頓狂で裏返った声がイチロウの口から飛び出した。

その声に驚いたおばちゃんがイチロウのほうを向く。

「バカだね~。
フッ(笑)、だけど純粋なんだよね、この男
ねぇ、ユキちゃん
この男、向かいのアパートに住んでて、この店の数少ないお客さんなんだよ。
ほとんど毎日、来るしね。
隠してたってしょうがないし、隠す必要もないだろう?」

「はい、私、全然気にしてませんから(笑)。」


何の話をしているのか分からず、ポカンとしているイチロウに向かっておばちゃんは言った。

「この子、目が見えないんだよ。」

あっ、……

そういうことか~!なーんだ。
おばちゃん、なんで今日に限って女の人、しかも大事な姪御さんとのデートを御膳立てしてくれるのか分からなかったんだよ(笑)。
俺をからかってるんじゃないかと

あ~あ、考えて損しちゃったなー(笑)
うん、目が見えないのはお気の毒だけど
いや、それならなおさら俺が案内するよ。
ユキちゃんさえ良かったらね。」

その言葉を聞いて、おばちゃんがニヤリと笑う。

「ユキちゃん、この男こんな人間だから
裏表がないからねぇ

単純なんだよね。
まっ、得にもならないけど、害にもならない(笑)
気晴らしに行ってきたら?」

「そうだよ、行こうよ!
一日中、こんなババァと居るとしなびれちゃうよ(笑)
あはっ?!おばちゃん、ゴメン。」

「フッ、イチロウさんって面白い方ですね(笑)。
じゃぁ、せっかくだからお願いしようかしら。」

「うん、うん。」

イチロウは正面の入口から店に入り、玄関から降りようとしているユキエの手をとった。

「ありがとう(笑)。」
手をとられたユキエは、少しはにかんだ。

『美しい人は、手も美しいんだなぁ
ユキエの手を自分の腕に掴まらせ、いつもの通りをゆっくりと歩き出した。



「マイルドでいいのかい?」

いつもの場所に座ったおばちゃんが面倒臭そうに言う。
イチロウはそれには構わず、キョロキョロと店の中をうかがう。
もちろんおばちゃんのことなんか忘れ、あの女の子を探している。

おばちゃんは返事がないので、イチロウのほうを向いた。
「あんた、何探してるんだい?」

「ん?!いや、何でもないよ(笑)。
ははっ(笑)、今日もいい天気だね~。」

「わしゃ、どこも行かないよ!」

「あはっ、そうだね、家が一番だね(笑)。」

………
あんた、本当にどうしたんだい?

しばらく見ないうちに、病気でもしたのかい?」
おばちゃんの怪訝そうな顔が、段々と心配そうな顔に変わる。

「あはっ、何でもないよ(笑)。
………
あっ、そうそう。そう言えば、おばちゃん誰か雇ったの?」

「誰かって?」

「いやー、さっきチラッと知らない顔が見えたような気がしたんだけどな~(笑)。」

「ユキちゃんのことかい?」

「あの子、ユキちゃんっていうの?」

「あぁ、親戚の子だよ。」

「ふーん
それで、何だね、姪子さんとかなのかな?」

「あぁ。」

「ふーん
学生さんか何かで、遊びにきてるんだぁ(笑)。」

「違うよ。社会人だよ。暫くここに居ることになったんだよ。」

「ふーん
どのに住んでたの?」

「あ?!
はーん、そういう訳かい!」
心配顔が、呆れ顔に変わる。

「いや、別にいいんだけど、どこかな~って思っただけだよ(笑)。」

「面倒臭い子だねぇ。そんなに気になるなら本人から聞いてみなよ。
ユキちゃーん!ユキちゃん!ちょっとここに来てよ!
あんたに用事があるんだって!」

「おばちゃん!やめてくれよー!
そんなんじゃないよ!」
慌てふためくイチロウの前に彼女が出てきた。

「伯母さん、どうしたの?」

「どうもこうも
あんたに一目惚れした男が、あんたを紹介してくれって。」

「おばちゃーん。」
顔を真っ赤にしたイチロウが、呆然と立ちつくす。

「伯母さんやめてよ(笑)
あらっ、先ほどの方かしら?」
笑みを浮かべ涼しげな目をしたユキエが、おばちゃんの横に座った。


「あの子は誰なんだろう?」

自室に戻ったイチロウは、薄汚い壁の前に立ちながらポツンと言った。


『チラッとしか見なかったなぁ~。
長い髪の毛してた

黒く光ってた
うん、やっぱり女の子の髪はストレートが一番だな!
サラサラ光ってた
………
うん、可愛かった。』

壁の前に立つイチロウの顔が壊れてゆく。
『おばさんって言ってたなぁ。と言うことは姪ということか
でも全然似てねぇーじゃないか!いや、女は歳とると変わると言うからからなぁ
トンビがタカを産む。いや、あのおばちゃんから産まれた訳じゃないから違うか!
そうだ、血がつながってないおばさんなのかも
うーん、血がつながってないおばさんってどんなパターンなのかな?
えーと、えーと
うーん、分からない。』
イチロウの妄想は止まらない。


『違う、違う!
俺、店閉めてたこと聞きたくて行ったんだよな。
おばちゃんの事、心配で行ったんだよな。
うん、そうだ、そうだ!
それを確かめなくては
………
とりあえず、あの子に聞いてみるか

うん、おばちゃんの事確かめるためにあの子に聞こう!うん、うん!』
とりあえず自分の中で理由を作ってしまったイチロウは、壁に向かってしきりにうなずいている。


こうと決めたら直ぐに行動するイチロウだが、その時は無意識に鏡で自分の身なりを確かめていた。




「こりゃ、だめだ!」

イチロウは、そう吠えると、寝巻き兼用のジャージを脱ぎ、ジーパンとシャツに着替えた。


靴下もはいた。
ゴワゴワの髪の毛を手で適当に整え、顔を見る。

そこには、どうしようもなくニヤけた輩がいる。
この輩の頭の中には、さっき作った理由などもう残ってはいない。



部屋を出て、足早に階段を降り、アパートを出る。
と、そこでスピードを落とす。
そして何もなかったように振る舞いながら、タバコ屋の前に近づいた。

「しまった~!」
店の小窓までもう数歩の所で、イチロウは最初に掛ける言葉を考えていなかったことに気がついた。

混乱したイチロウは、視線を前方に固定したまま店を通り過ぎてしまった。
そして10メートル過ぎた所でやっと立ち止まった。


『うーん、うーん
アスファルトの道に視線をおとし、イチロウの長考が始まる。

『えーと、えーと
もちろんこの男には、言葉など思い浮かばないのだろう。

と、突然前方から声がした。

「あんた、こんなところで何してんだい?」

「ふぇ?!」

「締まらない顔して、これから仕事かい?」

顔をあげたそこには、タバコ屋のおばちゃんが怪訝そうにイチロウを見ていた。

「あっ、タバコ買おうと思って

「ワシの店で買うの止めたのかい?」

「いや、おばちゃんの店で買うんだよ!」

「ワシの店って、通り過ぎてるじゃない。」

「そうなんだよ。あれっ、俺どうしたのかな(笑)。」

「気持ちの悪い男だねぇ。タバコ買うの?買わないの?」

「買う、買う!」

完全に舞い上がったイチロウが、店に戻るおばちゃんの後をついていく。