ボクの居場所 -9ページ目

ボクの居場所

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その日の朝
イチロウは眠い目をこすりながら窓を開ける。

「あーあっ」
手を頭の後ろで組み、青い空を仰ぎながら大きな欠伸をしてみた。
目に涙がジワッと染み出る。白い雲が少しだけ滲む。

「あ~~~」
通りの左右に目線を振りながら、もう一度欠伸をしてみた。
涙腺にはもう涙の予備はないようだ。
それでも何とか刺激がほしいイチロウは、顎を勢いよく振りながら首の音を器用に鳴らす。

「ん?!」
目線を正面下方に下げたとき、やっと気がついたようだ。
『開いている!』
タバコ屋が久しぶりに店を開けていた。

人間とは不可解な動物である。
変化を求めながら実際に変わると不安になり、それが元に戻ると疑心暗鬼になる。
単純なイチロウでさえそうなのだから、神経の細い人は大変なんだろう。

「ア、ハン?」
意味不明な単語を発し、頭の中にいろいろな「何故」を並べてみる。

「うーん、まっ、いいか。」
考えても仕方がないので、とりあえずタバコを買いにいくことにした。



「おはよう。」
開いている小窓を覗き込むように言ったが、返事がない。

『聞こえないのかなぁ?』

「すみませーん、誰かいる?
タバコくださーい。」
少し大きな声をかけた瞬間、突然若い女性が姿を現した。

「お客さんですか?伯母は今ちょっと近所まで出てますので。私、店のこと分からないので。」

「いや、そう!
そっかー、おばちゃんいないんだ(笑)
いや、いいんだ。自販機で買うから。
そうだね、前に自販機があるもんね(笑)」

「ごめんなさいね。」

「いや、いいんだ。
タバコは自販機が一番だから(笑)。
気づかなかったな~、ここに自販機あるんだぁ。」

支離滅裂な言葉を並べ、イチロウは頭をかきながら後ずさりした。
もちろん自販機でタバコを買うことも忘れ、出てきたばかりのアパートに引き返す。

「ふーん?」
階段を昇りながら、今目の前であったことを整理しようとするが、頭の中で彼女の顔がどんどんと大きくなってゆく。

「ふーん?」
部屋の前でも唸ってみるが何も変わらない。

新たな疑問が増えたイチロウは、とりあえず部屋に入ることにした。

イチロウは、28歳
都内の特別養護老人ホームに勤めている。


事務職で採用されたのだが、ジッとしていられない性分なのか、ほとんど事務室にはいない。
介護士に貸与されているジャージを施設長に頼んで用意してもらい、施設の中をウロウロしている時間のほうが多い。
介助の手伝いはもちろん、入所しているおじいちゃん、おばあちゃんの話し相手、施設内のちょっとした修繕、果ては移送自動車の運転もすることがある。

「考えるより、とりあえず行動」
とにかく体を動かすことが好きで、いわば『体育会系』の人種である。


都会には大学入学のため出てきた。
地方の高校を卒業し、大学では一応経済を専攻していたが、専ら野球中心の毎日だった。
野球といっても、規律の厳しい硬式ではなく、週に4日程度活動している同好会的な軟式部
部活がある日もそしてない日も、ほとんど毎日のように友達と、だらだらと寄り添い、意味もなく騒いでいた。

何をしても、善もなく悪もない
エネルギーと時間だけが訳も分からず有り余っているのだから、こんな時期があってもいいんだろう。
ただし、それに関係なく時間だけは着実に過ぎていく。

四年生になって就活の季節
毎日つるんでいた仲間たちも次第と部活から離れ、現実の入口へと進んでいく。

ただ、能天気なイチロウだけは違っていた。

イチロウは、その頃先輩の紹介で近くの施設でバイトを始めていた。
デイサービス施設のバイト


イチロウは完全にそれにはまってしまったのである。


主に掃除等の雑用係だったが、その場所が面白くてしょうがなかった。
就活そっちのけでそのバイトにどっぷりと浸かってしまった。

段々と親も心配になってきたんだろう、故郷にある銀行の就職を熱心に勧めていたが、いい言葉で言えば『熱血型』、悪い言葉で言えば『ブレーキの効かない』イチロウには全く届かない。
結局、周りの学生が就職内定をほぼ決めていた時期になっても、イチロウだけはどこにも決まらないでいた。

稀に人生は、作り話のように展開することがあるんだろう。
『捨てる神あれば拾う神あり』
そのバイト先の施設長が、その神となる。


汗まみれになって熱心に働く青年(本人にはその意識は全くないのだが)に言葉をかけた。
「あんた、そんなにこの仕事が好きならうちの正職にならないか?
同じグループの特養で職員探してんだよ。
給料は安いけど紹介してあげようか?」

「はい、お願いします!」
もうすでにジャージ姿が板についていたイチロウが吠えた。

以上、こんな男のことをグダグダ書いてきたが、要は『単純な男』なのである。
ただ、あえて言うならば『純粋な男』でもある。

そんな男の前にシンデレラが現れてしまった

猪突猛進

イチロウには好きな子がいる。


アパートの筋向いにあるタバコ屋
弁当やお菓子などはもう少し先のコンビニで買っているイチロウだが、なぜかタバコだけはそこで買う。

理由など何もないが、知らぬ間の習慣なのか、ただの気まぐれなのか、イチロウも考えたことがない。

その店にはタバコの他に、洗剤とか茶碗、なぜか鉛筆等の筆記用具まであるのだが、もちろん売れている気配はない。
ただ、取り揃えの銘柄が多いせいか、タバコだけはよく売れているようだ。
客は近所の人だけだが

店にはおばちゃんがいる。

くすんだその店の色に、おばちゃんは違和感無く溶け込んでいる。
あまりにもそのおばちゃんが店と一体化しているので、そこを通る人達は誰もその存在を意識しないのだろう。

店頭には自販機はあるが、イチロウはいつもこのおばちゃんから買っている。
イチロウだけは、その存在を認識しているのか・・・


「おばちゃん、いつもの頂戴。」
おばちゃんは返事もせず、道沿いにポッカリと開いた窓の向こうから、面倒くさそうにマイルドセブンを差し出す。


「はい、410円。」
決してイチロウを見ない。

たまにイチロウは、そのおばちゃんと会話を試みることがある。

「おばちゃん、天気いいねぇ~。」

「そうかね。」

「こんな日は、どこかに行かないの?」

どこかって、どこ?」

「うーん、公園とか、デパートとか、いろいろあるじゃん。
 何か、気晴らしになることしたらいいのに」

「そうか
 それなら、あんた行きなさい。私はここでいい。」

「うーん、まっ、そうするか。」

「じゃぁ、410円。」

………

だからといって、イチロウも気にはしていないようだ。

そんな感じの店だが、一週間ほど前から店が開いていない。
普段は気にも留めていないイチロウだが、常連客としては少し心配になってきた。

朝起きると、アパートの窓を開けて無意識に店の小窓を見てしまう。
今日も開いてない。

「あ~あ。」

そんな感じでため息までついてしまう。
結局は一日が始まると、そんなことも忘れてしまうのだが