雨降る日に憂い
風吹く夜に惑う…
また逢えると信じ
それでも疑い…
ボクは
何処に居るんだろう
キミが
此処にいてくれるのに…
風が少し吹いてきた。
心地良さは変わらないのだろうが、それでもすこし寒く感じる。
「………
智恵おばあちゃんを信じるにはどうすればいいのかな?」
イチロウは、景色を見ている智恵の横顔に言った。
智恵は、うっすらと笑みを浮かべて口を開ける。
「上野に公園があるだろう。
西郷さんの銅像とか動物園がある…、知ってるだろう?
そこに噴水があるんだよ。竹の台噴水っていう…。
休みの日にそこへ行ってごらん、そいつに会えるから。
噴水っていっても大きいんだよ(笑)。
四角い池の中に噴水がある…。
その周りをゆっくりと歩くんだ、ただ黙ってね。
そいつ、今ならどんな格好してるんだろ。
疑い深い奴だから、いろいろと姿を変えるんだね。
だから、あたしにも分かんない(笑)。
最初に声を掛けてくる奴だよ。
そいつにこれを渡せばいい。」
智恵は、カーディガンのポケットから石のようなものを出した。
「チャンスは一度しかないから…。
そいつに声を掛けられたら、何も言わずただこれを渡すんだよ。
そしたらそいつは、『智恵を知ってるのかい?』と聞く。
『智恵に言われておまえに会いにきた。』と言っておやり。
そいつ、にやりと笑うから。
そうしたらもう、何を聞いても大丈夫だからね。
後は自分の気持ちを話してごらん。
奇跡への道を教えてくれるから。
今言ったことを忘れるんじゃないよ。
間違えると、もう会えないからね。」
智恵はにこりと笑い、その石をイチロウに手渡した。
「少し寒くなったねぇ。もう戻るかい。」
そう言うと智恵は、景色に顔を戻した。
「きれいだねぇー。ホントきれい…
あっ、そうそう、施設に戻ったら、わたしは元に戻るからね。
今日あったことは、内緒だよ(笑)。」
高台から見える景色を久しぶりに見るように、智恵は眩しそうに目を細めた。
やがて、イチロウは智恵からもらった石をポケットにしまい、車椅子を施設へと動かした。
次の朝、イチロウはいつものように店に立ち寄る。
「おはよう、ユキちゃん。」
「おはよう(笑)。今日もお勤め?」
「あっ、うん…。
今日は上野のほうに行くんだ(笑)。」
「そうなの、大変ね。頑張ってね(笑)。」
「ありがとう。
………
あっ、ユキちゃん。
今度の休みも会ってくれるかい?」
「うん。」
「ちょっと、話があるからさ。」
「話って何?」
「うん、俺にも今は分かんないけど…。
でも、大事な話になると思うから。」
「分からないって…、変なの(笑)。
じゃぁ、今度まで考えておいてね(笑)。」
「あぁ、考えておくよ(笑)。じゃぁ、行ってくる。」
「行ってらっしゃい(笑)。」
そう行ってユキエと分かれたイチロウだが、5,6歩進んで立ち止まり、店のほうを振り向いた。
そこには、イチロウのほうを向いて微笑んでいる、優しいユキエの顔があった。
「あんた、これからどうするんだい?」
「えっ?!」
その声にイチロウの動作が止まった。
声のする場所が智恵のいるベッドであることは分かっていたが、それでも周りを確かめてみる。
誰もいない。
その部屋にはイチロウと智恵しかいない。
イチロウは恐る恐る智恵の顔を窺う…
そこには、イチロウの顔を当たり前のように見ている智恵がいた。
口元も微笑んでいる。
「あー…。」
イチロウの口からはまともな言葉など出ない。
その代わり智恵の口から声は小さいがしっかりとした言葉が出た。
「イチロウちゃん、
ここじゃ何だから、いつも連れっててくれる高台へ行かないかい?」
「う、うん!」
やっと返事をしたイチロウを尻目に、智恵はベッドにあったカーディガンを羽織った。
その高台は、日が差してポカポカとしていた。
春特有の薄っすらとした雲が、幾筋も空に描かれている。
周りには建物が多いが、それでも所々に緑の色が残っている。
その色も段々と鮮やかさを増してきているようだ。
「イチロウちゃん、びっくりしただろ?
すまなかったねぇ。
今はまだ言えないけど、このことは黙っててくれないかねぇ。」
「……うん、分かった!
でもどうして……
まっ、いいか。
とにかくびっくりしたよなぁ~、ホント(笑)」
イチロウも少し落ち着いてきたようだ。
「それで、イチロウちゃんはどうするんだい?」
「あぁ、さっきの話ね…
何か話しづらくなったなぁ~(笑)」
「本当に好きなんだね?」
「うん(笑)」
「じゃぁ、見守ってあげればいいじゃないか。」
「現実はそんなに簡単じゃないんだよ(笑)。
例えばだよ…、彼女に
『私、自分の目で全てを見ていたいの。』と言われたらどうする?
俺、何もできないよ(笑)。
そんな無理なことだけを言っているんじゃない。
結局は俺には彼女を支える器がないんだ…。
彼女の中に入ることができない。
そう、何もしてあげられない…」
「イチロウちゃん…
彼女だって同じじゃないかなぁ。
しっかりした子だと思うけど、彼女だって不安なんじゃないかなぁ。
それに気づいてるんだと思うよ。」
「そうなのかぁ?」
イチロウは、眩しい目をして春の空を見上げた。
「…あんた、奇跡を信じるかい?」
「奇跡?」
「もし奇跡を信じたいなら、私を信じてみないかい?」
「智恵さんを?」
「えぇ。
もしかしたら、今こうして話していることも夢の中のことなのかも知れない。
現実と思っていることも夢なのかも…
それなら、この年寄りの言うことも夢の中の言葉なんだろうね(笑)。
そんなあやふやな言葉だけど、その言葉を信じるかい?」