ボクの居場所 -5ページ目

ボクの居場所

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次の週の土曜日

その日もいい天気にだった。




イチロウは、カナに会ってから今日まで、いろいろと考えてみた。

『ユキちゃんに話すべきなのか。』


もちろん智恵にも相談してみた。

「智恵おばあちゃん、昨日カナさんに会ったよ。よろしくって言ってたよ。」


………。」
反応はなかった。


智恵は、あの高台から戻ってから完全に元どおりになってしまった。
最初は演技なのかとも思ったが、表情、特に目に正気がない。
理屈は分からないが、演技ではないような気がした。
結局は自分が決めることなんだと思った。



カナとの約束の日

ユキエを誘う時間になっても、アパートの窓からぼんやりと空を見るしかイチロウにはできなかった。


『話すしかないのか。』
何の名案もないまま、イチロウは階段を降りる。
アパートを出て、そして目の前のタバコ屋を見る。
そこにはユキエの姿があった。


「フー

大きくため息をひとつして、足を前に出した。


「ユキちゃん、おはよう。」


「おはよう(笑)。」

ユキエの顔がパッと明るくなった。


「今日もいい天気だね。」



「うん(笑)。」



「行こうか。」



「そうね(笑)。」


店から出た二人は、手をつなぎながら、うららかなその季節の中を歩き出した。

ポツポツと他愛のない話をして、いつもの公園へ行く。

そしてベンチに座った。



イチロウは、蕾が膨らんだサクラに目をやりながら前を向いていた。

隣にいるユキが口を開く。



「ねぇ、今日はどうしたの?

何かいつもと違うような感じがする

何かあったの?」



「えっ?!

いや、いつもと同じだよ(笑)。」



「そう、それならいいんだけど

ねぇ、もうサクラ咲いてる?」



「いや、まだ蕾だよ。」



「あたしね、変な話なんだけど、分かるのよ(笑)。」



「ん?!何が?」



「サクラ(笑)」


「サクラ?」


「そう、もちろん見たことはないんだけど、分かるの(笑)。
サクラが咲いている風景も、そして散ってゆく風景も
………
音が聞こえるの。気持ちが分かるの。
サクラは何も隠さず私に語りかけるから。」


………。」

イチロウは、何も言えなかった。


「智恵おばあちゃんの知り合いなの?

えーとっ、何ちゃんって呼べばいいのかな?」

まさかこんな小さな子供だとは思ってもいなかったイチロウは、素直な疑問を口にした。



その子は少し笑い、池のほうに目をやりながら落ち着いた表情で口を開いた。

「『カナちゃん』でいいよ。何でもいいんだけど(笑)

………

目に見えるものだけが真実じゃないことは、何となく分かるでしょ(笑)。

こんなこと考えたことないかしら?

『もしかして、夢なのでは

正確に言うと夢じゃないんだけどね(笑)。

全てを自分の『目』で見てるのよ。

人それぞれの『目』で見てるの。

だから、あたしが見ているこの風景も、あなたが見る風景とは違う。

業があるのよ。

それぞれの業で、自分の世界の中で生きているということね(笑)。

あたしのこと、子供に見える?

智恵は、おばあちゃん?

それはただの風景でしかないのよ。

あたしと智恵が他の人と違うのは、それを知っていて、そう見せているだけなのかもね(笑)。」



イチロウには、返す言葉がない。
それどころか、ますます分からなくなっていた。


「まっ、どれだけ説明してもだめなんでしょうね(笑)。

えっと、それでどうしたいわけ?

奇跡が欲しいんでしょ。」



「うん、そうなんだ。実は
ベンチに座ったイチロウは、ユキエのことを話し始めた。
その女の子、カナは、イチロウの隣に腰掛け、それを黙って聞く


少し陽が傾きかけ、目の前の池も穏やかに揺れている。

周りのざわめきも、この二人を避けるような、いや、二人のことに気づいていないような、そんな感じだった。

これも、カナの仕業なのか


ひととおり話をしたイチロウは、それっきり黙ってしまった。

そして、カナの言葉を待った。



「今度の休みに、またここに来て。
もちろんその子も連れてね。
旅行に行くから1週間。
タバコ屋のおばさんには、いつもどおり半日デートしてくると言うんだよ。
これも奇跡だからね(笑)。
ただ、その子にはちゃんと説明する必要がある
信じる人にしか、奇跡は起こらないから。
その旅行中、目が見えること、
1週間の旅行であること、
そして、これが一番大事なんだけど
旅から戻るとまた元に戻ることをね。
あんたに納得させれるかな?
うん、あんた次第だね(笑)
もちろん、やめてもいいんだよ。
あんたが決めることだから(笑)。」


………

うん、わかった。よく考える。」



「そうだね(笑)。
あっ、そうそう、智恵は今どんな感じなんだい?」


「元気だよ。おばあちゃんだけどね。」



「そう
昔はよく連るんでたけどね(笑)。
よろしく言っといて。」


「あぁ。」



「じゃぁ
時間は何時でもいいから
そうそう、今度来るときにはこのまり持ってくるんだよ。
切符の代わり(笑)。」

そう言うとカナは、手に持っていたゴムまりをイチロウの足元に投げた。



「あっ?!」
足元を抜け、池のほうに転がるゴムまりを拾いに行くイチロウ
そして、それを拾い上げベンチに戻ろうと振り向くと、もうそこにはカナはいなかった。


………

まっ、いいか(笑)。

もう驚くこともないな。慣れちまった(笑)。」

イチロウは、カナを探すことなく、ゴムまりを2,3度ついて、駅に向かった。



「旅行かぁ。」

















イチロウが上野に来たのは、これで3度目だ。




大学1年の時
母が東京に遊びにきた。
その時、母は動物園に行きたいと言った。
イチロウには、全く興味はなかったが、母の言われるまま一日上野を案内した。
その時のことは、あまり覚えていないが、母の嬉しそうな顔だけが印象に残っている。

2度目は、友達との待ち合わせだった。
その時の待ち合わせ場所が、今ここにいる噴水
当時は噴水の名前など知らなかったが、時間を持て余していたイチロウはブラブラと公園内を回っていた。
その時の記憶もないのだが
やがて待ち合わせの時間となり、友達と会ったイチロウは、すぐさまその場を離れ山手線に乗ってしまった。

そんなことを思い出しながら、イチロウは智恵に言われたとおり、ゆっくりと噴水池の回りを歩いていた。


『どんな人なのかな?
厳ついオッサンなのか?
いや、おばあちゃんの知り合いならおじいちゃんだろうなぁ。
どいつかな?』

イチロウは、足を止めて周りを見てみた。


小さい子供や高校生らしき者もいるが、やはり老人が多い。

平日の日中のこの時間だからそうなんだろう。

ただ、それらの人たちは、イチロウとは全く接点はなく、当然ながら目を合わせる者もいない。

それでも、智恵の言ったことを信じているイチロウは、黙ってまた歩き始めた。



どれだけの時間が経ったのだろうか、そして何周歩いたのだろうか。
周りが気にならなくなり、目線を自然と池の水面に移していたイチロウの足元にボールが転がってきた。


『ん?!』
反射的に足でボールを止めたイチロウは、何も考えずそれを拾った。

ソフトボールより少し大きめのゴムまりだった。




「おじちゃん、それ、あたしの!」

ゴムまりが転がってきた方向から、元気な声が聞こえてくる。

小学4,5年だろうか、声のする方に顔を上げると、可愛らしい女の子が立っていた。

イチロウは何となく嬉しくなり、笑みを浮かべながらその拾ったゴムまりを女の子に渡した。

「ありがとう。」

その女の子に何か声をかけようかとも思ったが、お辞儀をする女の子に手を振りながらイチロウはまた歩き出した。


『子供でも久しぶりに人の声を聞くと、嬉しいもんだなぁ。』

歩きながら、そんなことを考え、一人で微笑んでいた。



『あれ?!』

5メートル程歩いて、何かを思い出したように、イチロウは突然立ち止まった。

そしてゆっくりと振り返ってみる。

そこには、さっきの女の子がまだ立っていた。

『まさか。でも最初に声をかけた者って言ってたよなぁ。』



もう一度、女の子を見る。

女の子もイチロウを見ている。

その顔には笑みはなく、ただ無表情にじっと見ていた。



その目に引き寄せられるように、イチロウは引き返す。

そして、女の子の前で止まったイチロウは、何も言わずポケットに入れてある石を女の子に差し出してみた。

その女の子は、当たり前のようにそれを受け取り、石を見ながらポツンと言った。


「智恵を知ってるの?」




「う、うん。智恵おばあちゃんに言われて会いにきたんだ。」

その言葉を聞いた女の子は、石から目線をさっと上げ、にっこりと笑った。

「待ってたよ(笑)。」