子どもたちは、きっと悲しむのでしょう。自惚れた勘違いでないのなら、私のことを親しく想ってくれていたはずですから。


この度の急報を、みなさんはどう受けたでしょうか。くだらない嘘を吐くのが好きな私の、本当の別れを、どう感じたでしょうか。恐らく、これまで私との決別を、頭の片隅にも置くことはなかったはずです。しかし、急な報せでしたが、どうやらこれが嘘ではないという状況で、逃れられない現実をみなさんに突きつけることができたなら、それはそれで、私らしくもあると思うのです。


私はよく、凡そ週に一度のペースで、文書をみなさんに出していました。毎度長々と講釈を垂れていましたが、話したかったのです。伝えたいことがあったのです。いろんなことを語ってきました。もしかすると、意図せず騙ったことがあったかも知れません。私には、人としての自信がありません。子どもたちの成長に際して、何と声をかけるのが相応しいのか、何と説教を論じるのが似つかわしいのか、自信と呼べるような知識も経験もなかったのです。もしかすると、みなさんに接するには力不足だったかも知れませんから、申し訳なく思っています。


しかし、是か非かを、あるいは真か偽かを、容易には語らないことは、人間の最も素晴らしい美学だと思うのです。最もらしく、持論を語ることほど危険なことはないと思いますし、そういう人に絆される人にはなりたくないと思っています。


話をもとに戻しましょう。


みなさんのことを想うと、ただ寂しいです。成長した姿を見たかったです。変声期を過ぎ低くなった声を見上げ、そこに幼さの面影を探したかったです。濃色のスカートを纏い、お化粧が馴染んでしまったことに、物懐かしさを得たかったです。


この最期に、私からのお願いを、ひょっとすると筋違いで勘違いな、最後の想いを伝えたいと思います。この遺言をしたためようとしたきっかけは、やはりそこなのですから。