易ってなんですか?
ひとことでいうと。
と、たずねられて、
まっさきに出てくるのは、
紋切り型のいつもの回答。
『中国の古典。
まずは占術の書であり、
後に哲理、道徳規範、思想等々
としての観方が付加された』
でも質問者のフォーカスが
もう少し深い部分にあった場合、
上記の回答は、まったく、
もの足りないものとなる。
「実際のところ」
易ってなんなの?
「つまりは」
なんなの?
と、本気でせまられたら、
ぐっとつまるかもしれない。
それとも、おずおずと
こう答えるか。
「ある種のストレイジ……
保管庫というか貯蔵庫みたいな……」
それは海綿。
スポンジみたいなものだ。
スポンジは水をたくわえる。
水にもいろいろある。
あまいのもからいのも。
含ませる水がどんなものであろうと、
スポンジ自体の構造は変わらない。
水をしぼれば、
また別の水を含ませることができる。
何度でも。
このスポンジ構造を持った格納庫、
これが易システムの本質なのではないか。
スポンジの方。
水のほうではなく。
そういうストレイジとして最初から、
そのように設計されているのではないか、
とさえ、感じることもある。
易システムはストレイジなのだ(*1)。
ストレイジだから、
何を入れてもいいのだが、
入れることができるのは
形のないものである。
だから、入れた人と取り出す人が
別である場合、その二人の意識レベルが
ある程度一致、共感している必要がある(*2)。
そうでないと、
なにかが入っていることぐらいはわかっても
とりだされたものはちんぷんかんぷん……
てなことになる。
ひとたび「共感」が得られれば、
入れた時代と取り出す時代の差は
情報の質にほとんど影響をあたえない。
ぴしゃりと、はまる。
呼応する。わかる。
経年劣化しない情報伝達。
これが、
古典が心に響くメカニズムである。
☆
どこのなんの番組だったか忘れたが、
亡くなった旦那さんが書き残した言葉を
家の壁に貼って、おりにふれて、
それを眺めている奥さんが出ていた。
病におかされ、最期を悟った
旦那さんが書き残したものだが、
ごくふつうの言葉で
そんなにスゴイことが
書かれてあるわけではない。
でも、言葉というストレイジの中で、
旦那さんの意識はしっかり活きている。
長年よりそった夫婦なら
「共感」も得られやすいだろう。
だからこそ、墨で書かれた
朴訥な字の向こうにあるものと
対話することができるのである(*3)。
毛筆で描かれたことも、ポイント。
単なるキャラクタとしての文字情報以外の、
故人の周囲をとりまく雰囲気や情感、
表情などの情報が、行間にセーブされている。
☆
ずっと以前に、
友人からゆずってもらった
「預言者」(*4)という本がある。
葬儀のときに朗読されることがあるほど、
欧米では有名な著作らしいが、
本邦での知名度はイマイチ。
人生で遭遇するであろう、
ほぼあらゆることに関する回答が
そこにはある。
質問はこうだ。
わたしはつらい。
アルムスタファ、
あなたならなんとこたえますか。
☆
易システムには、
質問して、その回答を得る
というプロセスが前提にある。
そのように使うもの、という約束だ。
システムには、
64のフォルダがあり、
各フォルダは、
6つのパーティションに分かれ、
全体はゆるやかに
カテゴライズされている。
フォルダ1番からシーケンシャルに
読み込んでいくものではなく、
質問に応じランダムにフォルダにアクセスする。
易経として知られる古典は、
このストレイジに、占術と、
そのあとから、思想・哲理の情報を
格納したものだ。
たとえば、先の、なくなった旦那さんが、
易システムというストレイジに
自分をたくしていたとしたらどうだろう。
奥さん側の想像力と、
システムに対する慣れも必要だが、
かなり柔軟に質問……対話に応じてくれる
アーカイブになっていたかもしれない。
☆
もしそれが許されるなら、自分自身を
このストレイジに格納してみたい。
そうしてできたシステムを
もし使ってくれる人がもしいれば、
ぼくはいつでも機嫌よく
対話に応じることだろう。
答えを無視されても、
対話が途中で終わっても、侮辱されても、
アドバイスにしたがってくれなくても、
なんど同じことを聞かれても、
決してハラをたてることなく。
システムのこんな利用方法も
悪くないかもしれない。
内容を考えるとなると、
けっこう大変な作業になるだろう。
少なくとも一朝一夕にはいかない。
やるんなら、
早めに手をつけておいたほうがいい。
目が見えて、
手が動いて、
頭が動いて、
足腰がたつうちに。
まだぼくが、
今生にいるうちに。
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(*1)
「ストレイジ」ではなく「ファイル」
という言葉になっているが、
以下の本でも同様の考えを
支持しているようにみえる。
「完全定本 易占大全」
レイモンド・ロー著
山道帰一監修 鳥内大乾訳
(易占といってもこちらは周易ではなく、
断易の本だが、非常にわかりやすい)
(*2)
この「共感」に、
集合的無意識が果たす役割は大きい。
というより、集合的無意識があるから
「共感」が起こるのだろうか。
(*3)
故人の、いわゆる死後アーカイブを
人工知能的に実現した
コンピュータ・システムを、
数学者でありSF作家の
ルディ・ラッカーが、
「ライフボックス」という名前で
提案している。
「死をデザインする」河出書房新社
過去、拙作ブログにおける同様のネタ でご紹介した。
「思考の道具箱」または「四次元の冒険」工作舎
このどちらかにも、
ライフボックスのことが書いてあったと思う。
(*4)
「預言者」
カリール・ジブラン
佐久間彰訳
至光社
現在は複数の出版社から出ている。
以前は至光社版しかなかった。
宗教的、歴史的バイアスのレベルが低く、
書かれていることは普遍的だ。