鉄旅と寺社めぐり写真紀行 -246ページ目

京都洛西観音霊場 第三十三番 願徳寺

鉄旅と寺社めぐり写真紀行-京都洛西観音霊場 第三十三番 願徳寺



京都市西京区大原野南春日町にある京都洛西観音霊場 第三十三番 願徳寺(がんとくじ)です。



正式には、仏華林山 宝菩提院 願徳寺といいます。



約千三百年前の白鳳8年(679)に持統天皇の願いによって向日市寺戸に創建されたお寺です。



徳のある願いによって建てられた寺院故に「願徳寺」といいます。



南北800メートル、東西1,300メートルに伽藍があった大寺院で、当時の本尊は薬師如来(現在は太秦の広隆寺に安置)でした。



平成15年2月、寺院跡地より湯屋(風呂)の跡が発見されました。



現存する東大寺の湯屋より古く、9世紀以前のものです。



中興の開山としては、平清盛の弟平教盛の子である小川法印忠快という人がおられます。



忠快和尚は東山三条の宝菩提院におられましたが、後に宝菩提院と共に願徳寺へ移られました。



平安時代から鎌倉時代にかけては、天台密教の秘法を行い穴太流や西山派を生み出し密教の大寺院でした。



しかし応仁の乱と信長の兵火によって諸堂ことごとく灰尽となり、江戸時代に家康の加護を受けたものの、平安時代の寺院の面影はなくなりました。



昭和に入り諸堂の荒廃が進み、本尊如意輪観音及び諸仏は昭和37年に向日市寺戸より勝持寺(花の寺)に移動安置され、本堂と庫裡は48年にこの地に再建されました。



三十四年を経、本尊如意輪観音及び諸仏は平成8年12月に勝持寺より願徳寺に帰座されました。




鉄旅と寺社めぐり写真紀行-京都洛西観音霊場 第三十三番 願徳寺



本堂





鉄旅と寺社めぐり写真紀行-願徳寺 新緑と湯屋(風呂)の跡



新緑と湯屋(風呂)の跡





《御朱印》



京都洛西観音霊場 第三十三番


鉄旅と寺社めぐり写真紀行-御朱印 願徳寺



奉拝



大悲殿



 願徳寺



平成二十五年七月二日






【アクセス】 阪急京都本線「東向日」駅、または、JR京都線「向日町」駅から、阪急バスにて「南春日町」バス停下車、徒歩20分。




大原野神社

鉄旅と寺社めぐり写真紀行-大原野神社



京都市西京区大原野南春日町に鎮座する大原野神社(おおはらのじんじゃ)です。



御祭神:春日神(武御賀豆智命、伊波比主命、天之子八根命、比咩大神の総称)





鉄旅と寺社めぐり写真紀行-大原野神社



南春日町付近は、山城地方でも最も古くから開けた所で、一万年以前の有柄尖頭器などが神社の山の手の方から発見されている。



人皇五十代桓武天皇が、延暦3年(784)都を大和の奈良から、京都向日市を中心とした長岡京(784~794)に遷された時、鷹狩りを愛した天皇は、しばしば大原野の地に足を運んで、鷹を放たれた。



万葉集の編者、大伴家持が



 大原やせがいの水を手にむすび 鳥は鳴くとも遊びてゆかん



と詠じたのも、このような催おしに従った折のことである。



その節には藤原氏の人々も多く参加していたが、それらの人々はこの地の風景の美しいのを賞でて、氏神である奈良春日大社の分霊をうつし祀ることにした。



これが、大原野神社の起こりである。



その後約60年を経た嘉祥3年(850)に左大臣藤原冬嗣のむすめ順子を母とした文徳天皇は、祖父、冬嗣の願望を思い出してこの地に壮麗な社殿を造営された。



明治4年(1871)官幣中社に列せられ御社頭はにぎやかであったが、第二次大戦のあと、国家から援助は打ち切られ現在に至っている。




鉄旅と寺社めぐり写真紀行-大原野神社



拝殿





鉄旅と寺社めぐり写真紀行-大原野神社



本殿





鉄旅と寺社めぐり写真紀行-大原野神社



鹿の狛犬





鉄旅と寺社めぐり写真紀行-大原野神社



摂社 若宮社(天忍雲根命)





鉄旅と寺社めぐり写真紀行-大原野神社



末社



(右)八坂社(素戔男命)



(中)稲荷社(宇賀魂神)



(左)藤森社・白髭社(船戸神)





鉄旅と寺社めぐり写真紀行-大原野神社



祓戸社(瀬織津姫神)





鉄旅と寺社めぐり写真紀行-大原野神社



文徳天皇が奈良の猿沢池を模して造ったと言われる、鯉沢の池





《御朱印》


鉄旅と寺社めぐり写真紀行-御朱印 大原野神社



奉拝



京春日



大原野神社



平成二十五年七月二日





【アクセス】 阪急京都本線「東向日」駅、または、JR京都線「向日町」駅から、阪急バスにて「南春日町」バス停下車、徒歩7分。





花の寺 勝持寺

鉄旅と寺社めぐり写真紀行-花の寺 勝持寺



京都市西京区大原野南春日町にある天台宗の寺院、勝持寺(しょうじじ)です。



勝持寺は、京の西山連峰の麓にあって、小塩山大原院勝持寺と呼ぶ古刹です。



白鳳8年(679)、天武天皇の勅によって神変大菩薩役の行者が創建したのが始まりで、延暦10年(791)に伝教大師が桓武天皇の勅を奉じて堂塔伽藍を再建され、薬師瑠璃光如来を一刀三礼をもって刻まれて本尊とされました。



承知5年(838)仁明天皇の勅によって塔頭四十九院を建立されましたが、応仁の兵火に遭い、仁王門を除きすべて焼失しました。



現在の建物は乱後に再建されたものです。





鉄旅と寺社めぐり写真紀行-勝持寺 仁王門



応仁の兵火を免れた仁王門





鉄旅と寺社めぐり写真紀行-勝持寺 阿弥陀堂(本堂)



阿弥陀堂(本堂)





鉄旅と寺社めぐり写真紀行-勝持寺 不動堂



不動堂





鉄旅と寺社めぐり写真紀行-勝持寺 鐘楼堂



鐘楼堂





鉄旅と寺社めぐり写真紀行-勝持寺 魚監観音



魚監観音





鉄旅と寺社めぐり写真紀行-勝持寺 冴野の沼



冴野の沼





《御朱印》



西国薬師四十九霊場 第四十二番


鉄旅と寺社めぐり写真紀行-御朱印 勝持寺



奉拝 平成二十五年七月二日



薬師如来



 勝持寺





【アクセス】 京都市営バス「南春日町」バス停下車、徒歩20分。