鉄旅と寺社めぐり写真紀行 -15ページ目

河内西国霊場 第三十二番 延命寺


河内西国霊場 第三十二番 延命寺


大阪府東大阪市菱屋西にある、河内西国霊場 第三十二番 延命寺(えんめいじ)です。



河内西国霊場 第三十二番 延命寺



延命寺は、寛文2年(1662)頃、京都石清水八幡宮の祠のそばに一堂を建て地蔵菩薩を安置したのが始まりといわれています。


その後幾度か場所を移し、大正13年(1924)に現在の地へ移ってきました。


地蔵堂の本尊、地蔵菩薩坐像は鎌倉時代末~室町時代の作で、府下でも類の少ない高さで4.25mもあります。


寺の本尊の木造阿弥陀如来立像は鎌倉時代中期の作で、高さ1.55m寄木造りで保存度が良く、地蔵堂の本尊と共に昭和50年に大阪府の有形文化財に指定されています。



河内西国霊場 第三十二番 延命寺


仏足石




《御朱印》


河内西国霊場 第三十二番


御朱印 延命寺



奉拝 


延命殿


 延命寺




※ 平成二十七年九月二十七日




【アクセス】 近鉄奈良線「永和」駅下車、徒歩10分。



都留彌神社


都留彌神社


大阪府東大阪市荒川に鎮座する、都留彌神社(つるみじんじゃ)です。


「布施の氏神さん」とも呼ばれています。


御祭神:速秋津日子神、速秋津比売神、推古天皇、菅原道真公



都留彌神社


都留彌神社は、醍醐天皇の延喜10年(910)春の中旬より夏至にかけて大干ばつがあり、天皇もこれをご心配され、河内国の十二社に勅使を派遣され雨乞いをご祈願された。


そのとき、神応があって喜雨が至り農民を助けたので、天皇もこの奇跡に御感ありて親しく御拝あらせられ、此時に都留弥神社の社号を賜り従五位上を贈られたと伝えられています。



都留彌神社


神楽殿



都留彌神社


境内末社 大黒様、えびす様



都留彌神社


筆塚



都留彌神社


境内末社 三輪大神、えびす大神



都留彌神社


境内末社 白龍大神



都留彌神社


境内末社 岩崎大明神



都留彌神社


境内末社 白龍大神、荒龍大神



《御朱印》

御朱印 都留彌神社


式内社河内國 


都留彌神社


平成二十七年九月二十七日参拝




【アクセス】 近鉄奈良線「永和」駅下車、徒歩5分。



鴨高田神社


鴨高田神社



大阪府東大阪市高井田に鎮座する、鴨高田神社(かもたかだじんじゃ)です。


御祭神:速須佐之男命(素盞鳴命)、大鴨積命(大賀茂都美命)、神功皇后(息長足姫命)、応神天皇(品陀別命)


例祭日:夏祭 7月17日、秋祭 10月17日



鴨高田神社


由緒略記:


鴨高田神社は、その創建が遠く白鳳2年(673)と伝えられる延喜式内社であり「延喜神名帳」によれば渋川郡六座の筆頭に位置する官幣小社であった。


中世にいたり「岩清水文書」保元3年(1158)の官宣旨には岩清水八幡宮領として河内国高井田の庄の名が見え後「河内誌」には、鴨高田神社について「在高田村今若江郡也 山州八幡神祭料 因称八幡宮」とあり、当社が岩清水八幡宮領となりこれが八幡宮と称される由縁である。


この付近が戦場となった大阪夏の陣元和元年(1615)には、鴨高田神社も兵火にかかり社殿ことごとく烏有に帰したが後数年を経て再建され「河内名所図絵」には、鴨高田神社北隣長栄寺の鎮守となり今八幡と称されるとある。


明治元年(1868)神仏分離後明治5年(1872)郷社に列せられ同年3月西高井田八幡社、5月に新喜多山科神社を合祀し明治14年(1881)社殿及び拝殿を新築し、明治40年(1907)1月神饌幣帛料供進神社に指定され、更に同年4月高井田北ノ町八幡神社を合祀し現在に至っています。




※ 平成二十七年九月二十七日奉拝



【アクセス】 近鉄奈良線「永和」駅下車、徒歩3分。