東京でのセミナーに通うため、セミナー仲間の友人宅に月1回、数日間泊めさせてもらっている。
今回、同じセミナー仲間の年下の男性も、友人宅に一緒に泊めてもらうことになった。
3人で一緒に泊まるのは初めて。
彼は、お風呂から上がると、上半身Tシャツ姿で、「僕、下はパンツですけど~」と言って出てきた。
パンツ=下着、である。
ふんぞり返る友人(女性)と私(女性)。
これから、同じ部屋でみんなで寝るんだぞ。
友人は急いで息子さんのズボンを持ってきてはかせた。
彼女の家を出てから、改めて彼に言わなきゃと思い、メッセンジャーで
パンツ1枚は失礼に当たるとして伝えたところ、
「ダメですか~」と今一つピンときていないもよう。
彼にとって、それほど問題になることではなかったらしい。
普段から、冬以外は短パン、Tシャツで過ごすのがスタンダードである。
彼から「なぜダメですか?」とは聞かれなかったが、ふとなぜダメなんだろうと思った。
確かに、機能的には覆われている。
常識は人によって違うから、それが常識です、とは言いづらい。
彼が言い出す前は、横目でやけにぴったりしているなあと思ったぐらいで、
下着に短パンだったら、いつもの姿でそのままスルーしていたかもしれない。
改めて、私は「パンツ」はなんで嫌だったんだろう。
そういえば、母が亡くなった日、まさか亡くなるとは思わず、
朝から防寒用に真っ赤なフリースを着て施設の面会に行き、
そのまま一夜付き添った。
家に連れて帰ってからもそのままで葬儀屋さんと対応していた。
そのうち、叔母から着替えなさいと言われ、確かに真っ赤はまずいよなと
黒服に着替えた。
これから来られるお客さまの弔意に応えるのに、真っ赤はふさわしくない。
相手に対しての慎みを表すのには、やはり黒がしっくりくる。
そんなことをつい先日思っていたのを思い出した。
今回、友人は、お布団もご飯もおやつも用意し、お風呂も使わせてくれた。
そこまでしてもらえることの有難さ。
自然と身はきゅっと小さくなり、頭が下がる。
自らを慎む感じ。
そういう気持ちの表現として、下着姿を見せるのは適切だろうか?
私たちは、同じ空間のなかで、それぞれの価値観や気持ちをやりとりする。
彼女の私たちへの誠実さ、思いやりには、同様に誠実さや思いやりで答えたい。
おそらくそれが同じ周波数帯でのやりとりということで、心地よく感じられるのだろう。
常識という一言で片づけたくなく、随分とまどろっこしいロジックとなってしまったが、
彼にここまで話せば、もう少し伝わるものがあるかな。
彼に悪気はまったくなく、同じ志をもつ仲間。
相手は自分の鏡。
お互いの言動にどう反応するのか、合宿生活は来月も続く。