先週末の9月9日(土)、北海道の屈斜路湖畔で、第24回絶滅種鎮魂祭が開かれた。
毎年1回、人間が絶滅させてしまった動植物にお詫びをし、
その霊を鎮魂するとともに、母なる地球における人間の役割を考える場だ。

3回目の参加となる今年は、鎮魂祭の発案者であり、総指揮者であるアト゜イから
事前にお役目を授かっていた。
それは、鎮魂詩曲舞(レクイエム)の冒頭の語りをするようにとのことだった。
ちなみに、昨年は、宮澤賢治の『なめとこ山の熊』を奉納朗読した。
絶滅種鎮魂祭で奉納朗読!(1) | センス・オブ・ワンダー 自分の本質に還る旅 (ameblo.jp)
あれから1年。
今回は、個人としての奉納ではなく、アト゜イ率いるアイヌ詩曲舞踊団モシリの
語りの一部を担当することとなった。
5月にメールで原稿をもらい、準備の時間は十分にあったが、
さすがに現地入り段になると、自分が語っていいのか、語れるのか、
様々な思いが渦巻いた。
何があり、どんなことを思ったのか、そのときの心の様子を
書き留めておきたいと思う。
実は、昨年の鎮魂祭が終わったあと、モシリリーダーの房恵さんから、
こう言ってもらった。
「語りをやったらいいじゃない。イメージが浮かぶのよね。」
しかし、それを聞いたアト゜イはかぶりを振り、
「アイヌの精神性を理解していない者に語りは任せられない。
アイヌと一緒に生活を共にしないとわからないことだ。
島根から移住してこいとは言えない。行ったり来たりするのもお金がかかる。
本人を迷わせるようなことは言ってはならない。」
そして、「今の話は忘れてくれ」と言われた。
寝食を共にしてこそ身につく、その通りだと思った。
それが、今回一転して、語りを任せてもらえることになった。
アト゜イにどのような心境の変化があったのかはわからない。
ただ、4年前、アト゜イが営む民宿「丸木舟」を初めて訪れた際、
「お前は、カムイに呼ばれたんだ」と言われた。
「アイヌには付き神様というのがいて、
俺の付き神様とお前の付き神様が交流しているんだな~」
そんな不思議な世界があるのかもしれない。
鎮魂祭の二日前、設営のお手伝いをするために北海道に入った。
その日の夜、いつものように丸木舟で夕食をご馳走になった後、
モシリのメンバーが招集された。
そうだった、当日はモシリの一員となるのだ。
緊張感が高まる。
アト゜イは、皆に「絶対に感想を言うな」と言い、私に語りを促した。
1回目、アト゜イに「声が小さい、もっと張れ」と言われた。
2回目、自分では目いっぱい張って語ったつもりだったが、
音響担当の和恵さんに「(張れたのは)少しだけだね」と言われ、
本番で音量を最大限に上げてもらうことになった。
去年、私に語りを勧めてくれた房恵さんからは、
「声帯は細いけど、口ではなく喉から出ているから、
安心して聞いていられるんだ~」
と言ってもらい、ちょっとうれしかった。
私は最初のアイヌ語の「エチ・イランカラプテー」をどう発音していいのか
よくわからなかった。
教えてほしいと話すと、まず「関西なまりがあるよね」と言われた。
なるほど、最初のエチと最後のプテーのイントネーションが逆になっていた。
こういうところに自分のルーツを感じさせられた。
果たして、アイヌ語の挨拶ができるのかと不安になった。
なにせ冒頭である。
ここを失敗したら、あとが続かなくなる。
しかも、何度もイントネーションを確認する私に、
「暗いのよね~」と言われて、![]()
それでも、アト゜イや皆さんからは、たくさんアドバイスをいただいた。
「舞台にはシンセサイザーを始め他の音がたくさんある。
自分一人でやるものではない。まわりとの調和が大事だ。」
「舞台は魔物。自分を保たなければならない。
何か気になったら、もうもっていかれる。」
「人間に聞かせるんじゃない。絶滅種に、カムイに聞かせるんだ。」
「間違えても絶滅種は許してくれる。」
「エチ・イランカラプテー」の日本語の意味も教えてもらった。
エチはみなさま、イはそれ、ランは心、カラは触れる、プテーは~してください。
つまり、皆様方の心にそっと触れさせてください、という意味だ。
その気持ちで言えばいいと言ってもらった。
その日の夜は、よく眠れなかった。
(次へ続く)