(前回からの続き)
鎮魂祭では、舞台で全員参加のカムイノミから始まり、地球における人間の役割を考えるシンポジウムへと続き、奉納演奏と奉納舞踊、アイヌ詩曲舞踊団モシリ他による鎮魂詩曲舞が奉納され、最後は会食で締めくくられる。
ゆっくり見せていただいたボレロのファイヤーダンスは、クマが躍っているように見えた。
ボレロの独特のリズムは自身の鼓動と呼応する。
新型コロナウィルスの詩曲舞は、これまたアイヌの女性の力強さを感じるとともに、人間とカムイが互いに育て合う関係にあるとおっしゃったことを思い出した。
新型コロナウィルスにもカムイを見る。
そして、ウィルスを弔うことでウィルスは感謝して天に上がっていくという世界観は、他の国にあるのかな。
「ウィルスとの共存を考えていかなければならない」とは言うものの、それは撃退できないための苦肉の策。
抵抗すればするほど相手は鏡となって立ちはだかる。
ふと、絵本なら、人とウイルスとの関係の世界観をうまく表現できるかもしれないななんて思った。
最後に、イナウを舞台の火にくべたとき、ここで行われていることがどういうことなのかを感じようと、心を篝火に集中させ、ニホンオオカミを想った。
ニホンオオカミは、「このままいくと、人間も自分たちのようになるぞ」「自分たちのようにはなるな」と言っているように思えた。
鎮魂祭の翌日、釧路空港へと向かう道にある、「釧路湿原野生生物保護センター」に寄ってみた。
シマフクロウやオジロワシ・オオワシ、タンチョウの傷病個体収容数やその比率が表示されていた。
交通事故や感電事故などまるで人間みたいだなあ。
ああ、そういう視点で見るということなのかと思った。
人間と同じ命。
島根に戻って、アト゜イからの人の縁、地縁をつなげるというお役目を一つ果たした。
アト゜イは、鎮魂祭を20年以上前に雲南の地で出逢った、佐藤忠吉さんに見せたかったのだ。
なかなか逢うこともままならない状態だったので、手紙10枚に鎮魂祭の様子をしたためて、仲介してくれる友人に託した。
この友人も、雲南でアト゜イにも会い、モシリのライブも聞いた女性で、忠吉さんとともにアイヌ民族の衣、食、文化、音楽を1年かけて学んだ方だった。
なんだか、現在と過去、時間と空間を超えて見えないネットワークが何重にも張り巡らされているような感覚がしたことを覚えている。
