みなさんおはようございます。中浦和(さいたま市南区鹿手袋)の歯医者 いちかわ歯科の院長の市川です。

 

最近、森絵都さんの短編集「獣の夜」(朝日新聞出版)を読みました。この中の「太陽」では、主人公の女性がある日奥歯の猛烈な痛みに襲われ、歯科医院を受診するところから始まる物語です。しかし、歯科医院を受診したものの、むし歯でもなく歯周病でもなく、歯や歯ぐきには何の問題もないと歯科医師から告げられ…というストーリー。

 

 

●歯は悪くないのになぜ痛む?

歯が痛むのには何か問題が起きているからだ、と思って歯科医院を受診したにもかかわらず、歯や歯ぐきに病気は見つからない。このような状況は実は誰にでも起こる可能性があるのです。この「太陽」の物語でも、主人公は歯の痛みの原因は「心」にあると告げられます。歯そのものではない「心」の痛みを、歯が「代替ペイン」として代わりに背負っているということです。身の回りに起きた悲しい出来事にいつしかフタをしてしまっていた主人公ですが、悲しいという気持ちに寄り添う時間があってもよいというメッセージを感じる物語でした。

 

●非歯原性歯痛とは

歯は悪くなっていないのに歯が痛む、という事象は「非歯原性歯痛」として医学的に定義されています。非歯原性歯痛の原因には神経痛や頭痛、筋膜や副鼻腔に原因があるものなどいくつかに分類されていますが、その中でも、心に原因があるものを「心因性疼痛」といいます。これらの非歯原性歯痛では痛みの原因が不明であるため、歯の神経を抜かれたり抜歯になったりするケースがあることは社会的問題として学会等でも議論がなされているところです。

 

 

●痛みに寄り添う「ペインクリニック」

非歯原性疼痛や慢性的な難治性疼痛の治療を行う場として、「ペインクリニック」があります。大学の附属病院などには設置されていることが多い専門外来です。私自身がUCLAで客員研究員をしていたときにも、口や顔の痛み(口腔顔面疼痛)を扱う講座に所属していました。ペインクリニックでは、症状や身体に起きていることの所見から多角的に痛みの原因を診断し、薬物療法や神経ブロックなどの治療方法によって痛みを軽減させることを目的としています。

 

●心因性疼痛の治療

心因性疼痛では、心理的要因のほかにも疼痛性疾患や精神疾患(うつ病など)が複雑に関与していると考えられています。そのため、まずは痛みを身体的な因子と精神的な因子に分けて評価し、その上で抗うつ薬や抗不安薬などの薬物療法、音楽療法、鍼治療など様々な角度から治療を行います。

 

●まとめ

歯の痛みの原因は、必ずしも歯や歯ぐきにあるとは限りません。原因不明の痛みに悩まされることがありましたら、一度歯科医院を受診し、然るべき治療を行っていきましょう。