本日は書評です。

 

 

「風邪の効用」、野口晴哉著、ちくま文庫、2003.2.1 第一刷、税別600円。

1962年12月、全生社より刊行された本を文庫にしたもの。

 

著者の野口晴哉先生は伝説の整体師と呼ばれたお方。

以下に簡単にプロフィールを。

 

1911年、明治44年東京生まれ。

17歳で「自然健康保持会」を設立。

整体操法制定委員会を設立し、療術界で中心的役割を果たす。

しかし戦後、治療を捨て、1956年、昭和31年、文部省体育局より認可を受け「社団法人整体協会」を発足。

整体法に立脚した体育的教育活動に専念する。

1976年、昭和51年没。

 

いわば先生の先生といった立場に最終的になられたお方というわけである。

 

この本と出会ったのは、高松瓦町の本屋ヌルガンガでのこと。

そこには他にも野口先生の本がおいてあったのだが、色々と立ち読みする中で、この本が一番読みやすいと感じた。

講演を書き起こしてある本なので、殊の外読みやすかったのだと思う。

後で調べてみると野口先生の本の中では、筆者が購入を見送った「整体入門」なんかの方が本筋ではあるらしい。

しかしこの本も素晴らしい内容を持った本である。

 

本書では、私たちにとって一番身近な病気である風邪についてその対処法が詳しく説かれている。

先生も色んな病気を診てこられたそうだが、殊の外、風邪の診断と対処法ほど難しいものはないという。

一人一人の体質の違いに応じて一人一人風邪の症状や進行は違うからだそうで。

だから風邪は難しいのだそうだ。

他の病気なら、ほぼ誰にでも当てはまる対処法というのがはっきりとあるそうなのだが、風邪に限っては全くそういうものがないという。

本当に一人一人、症状も経過も違うらしい。

 

そんな難しい風邪への対処法だが、独特の見解を示す本書において述べられる象徴的な一語は次の通り。

「風邪は治すべきものではない。経過するものである。」

 

一般に今日の医学において風邪は「治すべきもの」と考えられている。

頭が痛いと言えば頭痛薬を、熱があれば解熱剤を、鼻水が出ると言えば鼻水の薬、咳がでれば咳止めという風に。

皆どれも一様に風邪と正面から「闘う」ことを前提としている。

 

が、本書の主張はそれらとは全く異なる。

基本的に野口先生は風邪と闘うことをしない。

風邪を経過するというのはそういうことである。

どういうことか。

 

例えば、合気道などで相手の進みたい方向を察知しながらそれに合わせて体を捌いていくのと全く同じ。

また、治水などで、近代のコンクリートでガチガチに固めて絶対に水一滴も漏らさないというような治水と違って、昔の信玄堤のような基本的な川の流れを重視して、もっと言えば氾濫そのものも肯定するような、川の流れ、水の流れに逆らわぬ、水の行きたい方向に行かせるその上で、堤が切れやすいポイントを見つけてそこに敢えて水の溢れる場所を作るようなそんな上手な治水。

そして溢れた水が土地を潤す作用に注目し、水が引いた後は豊かな土の田畑として再利用するというような一石二鳥の治水。

 

風邪の経過というのもこれと同じ。

基本的に風邪が行きたがっている方向を妨げることなく、しかしその経過の速度を上げることで早期の収斂を図るという方法が本書には随所に示されている。

行かせるだけ行かせて、川の流れを止めることなく最後の所で少しだけ方向性を加えてやるのと同じように、ほんのちょっとだけ手を加えることで全体の流れを止めることなく、ただ風邪の経過の速度だけを速めてやるのである。

 

行きたいように行かせるというのは決して無策ということではなく、それは合気道でも治水でも同じ。

水の流れ、身体の流れの急所を見極めて、その迸る相手の力の中に自分の力を少しだけ加えて方向性を整えてやる。

それがつまり合気道や治水の本当の技術なのである。

風邪を経過する技術もそれと全く同じ。

 

その上で、先生の説によると風邪には偏った身体を是正する働きがあるという。

一般に、身体のバランスを崩すと風邪をひくことが多くなるそうで。

そんな中、風邪をひくことでその偏った身体のバランスが回復されるという。

 

ところが、現代のように風邪を「治しにかかる」とその身体のバランスの回復が却って阻害されるという。

つまり風邪をひくということはバランスが崩れてこわばった身体を元のしなやかな身体に戻す働きが本来的に備わっていることでもあるのだそう。

 

だから風邪をひかない人には二種類あるらしく、一つは本当に健康で身体のバランスが取れている人。

もう一つは、身体のバランスの崩れに気が付かないほど偏りが進行していて肉体そのものがこわばってしまっている人。

特に後者の方の風邪をひかない人は、かなり危うい状態らしく、大病にかかる前兆として風邪すらひかなくなっているということらしい。

つまり風邪をひくとは、そうなる前に身体のバランスを回復させる身体の自然な働きなのだそうだ。

 

そんな整体の深い身体認識に基づいた風邪の経過法を詳しく紹介してあるのが本書。

風邪を無理に治そうとすると却って身体が鈍くなる。

そうではなくて風邪を経過させることで、身体のバランスも上手に回復させることができる。

慣れてくれば風邪の経過は一日くらいで抜けていくようになるという。

筆者もコロナにかかった時、ちょうどこの本を読んでいたので書いてある通りに実践したらすんなり熱が下がってあっという間に治ってしまった。

まあ、あくまで筆者個人の経験だが、コロナにも有効であった、本書に書かれてある方法は。

 

 

奥深い整体の知識を分かりやすく説明してくれた著者の野口晴哉先生に感謝。

その本を出版してくれた筑摩書房さんに感謝。

その本を売ってくれていた本屋ヌルガンガさんに感謝。

その他、関係者の皆さん方に感謝。

そして今日も最後まで読んでくれたあなたにありがとう。