お笑いでは、よく美味しいという言葉が使われる。
顔がまずいとそれだけで笑いがくるから美味しい。
最近では、ギャグが受けないのも美味しいというのがある。
受けないということで笑いがくるからである。
一見するとマイナスであることが、見方を少しだけ変えることで、プラスの意味を持つようになる。
美味しいというのはそういうことではないだろうか。
翻って現在のわれわれの状況を考えてみる。
世界的な不況がそこにある。
でもそれも見方を変えて環境保全的観点からみると美味しいことのオンパレードではないだろうか。
不況で残業が減った。ワークライフバランスという点から見ると美味しい。
賃金が減った。無駄な支出=無駄な消費を節減できるので美味しい。
賃金が減るのは確かに辛い。でもそれも環境的観点から見ると悪いことだけではないことが分かる。
他にも探せばいくらでも美味しいことがあるだろう。
極論を言えば、経済成長など、もうしなくてもいいのである。
それより縮小再生産や、労働時間の短縮による過剰生産の抑制、さらには産業構造の大幅な転換などを考える時にきているのではないだろうか。
金がないと幸せになれないというのは、高度成長期のような時代には必要な理想であったし、また多数の人々の実感だったのだろうが、現在ではそれとは逆の理想を掲げる必要性が出てきているのではないだろうか。
もっと昔を見れば、むしろ生きるに必要な以上の富はかえって身を滅ぼすとされていたのではなかったか。
仏教でもキリスト教でもだいたいそうなっていたと思う。
若いころ、ダンテの神曲を読んだことがあるが、必要以上の富への執着や極度の吝嗇などは悪とされていたのを思い出す。
経済成長一辺倒の人々に環境的観点から見た美味しい生活の優雅な果実を見せることができればすばらしいと思う。
優雅で甘い環境調和型の生活に多くの人々を招き入れること。
こっちの水は甘いぞ、そっちの水は苦いぞ、という訳である。
不況はそのための最大のチャンスなのだと思う。
顔がまずいとそれだけで笑いがくるから美味しい。
最近では、ギャグが受けないのも美味しいというのがある。
受けないということで笑いがくるからである。
一見するとマイナスであることが、見方を少しだけ変えることで、プラスの意味を持つようになる。
美味しいというのはそういうことではないだろうか。
翻って現在のわれわれの状況を考えてみる。
世界的な不況がそこにある。
でもそれも見方を変えて環境保全的観点からみると美味しいことのオンパレードではないだろうか。
不況で残業が減った。ワークライフバランスという点から見ると美味しい。
賃金が減った。無駄な支出=無駄な消費を節減できるので美味しい。
賃金が減るのは確かに辛い。でもそれも環境的観点から見ると悪いことだけではないことが分かる。
他にも探せばいくらでも美味しいことがあるだろう。
極論を言えば、経済成長など、もうしなくてもいいのである。
それより縮小再生産や、労働時間の短縮による過剰生産の抑制、さらには産業構造の大幅な転換などを考える時にきているのではないだろうか。
金がないと幸せになれないというのは、高度成長期のような時代には必要な理想であったし、また多数の人々の実感だったのだろうが、現在ではそれとは逆の理想を掲げる必要性が出てきているのではないだろうか。
もっと昔を見れば、むしろ生きるに必要な以上の富はかえって身を滅ぼすとされていたのではなかったか。
仏教でもキリスト教でもだいたいそうなっていたと思う。
若いころ、ダンテの神曲を読んだことがあるが、必要以上の富への執着や極度の吝嗇などは悪とされていたのを思い出す。
経済成長一辺倒の人々に環境的観点から見た美味しい生活の優雅な果実を見せることができればすばらしいと思う。
優雅で甘い環境調和型の生活に多くの人々を招き入れること。
こっちの水は甘いぞ、そっちの水は苦いぞ、という訳である。
不況はそのための最大のチャンスなのだと思う。