『魔王様に溺愛されていますが、私の正体はあなたの天敵【聖女】です!』を試し読み♪ | 一迅社アイリス編集部

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こんにちは!

本日も4月2日発売のアイリスNEOの試し読みをお届けします✧◝(⁰▿⁰)◜✧

試し読み第2弾は……
『魔王様に溺愛されていますが、私の正体はあなたの天敵【聖女】です!』

著:星見うさぎ 絵:あのねノネ

★STORY★
婚約者が別の女性と愛し合っていたことを知った伯爵令嬢セリーヌは、失意の中、魔界に送られることになった。神託を受け聖女となった彼女の使命は、生贄として食べられて魔王ルシアンを殺すこと。ところが、聖女の体液は魔王にとって猛毒のはずなのに、儀式中に長い口づけを交わしてもルシアンは死ななかった! しかも魔界で暮らすことになったセリーヌに魔族たちは皆優しく、ルシアンは溺愛してくる。私は生贄なのにどうして――!?
失意の聖女と魔王の溺愛ラブファンタジー♡

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 大聖堂に穏やかな陽の光が差し込んでいる。
 これからここで、ついにセリーヌの運命を変える儀式が行われるのだ。
 彼女は今、真っ白いベールをかぶり、震えてしまわないように気を引き締めて立っていた。
 繊細な刺繍が施されたドレスも白。ベールの下に隠されて今はあまり見えないけれど、ブルーグリーンの髪の毛にも純白の真珠がいくつもつけられていて、今のセリーヌは全身に白を纏っている。
 手に持つ花束までもが、その全身に溶け込むような白い花を集めたものだった。

「それでは陛下。結びの儀式をお願いいたします」

 目の前に立つ、真っ黒なローブを着た男性がセリーヌの隣を見て告げた。
 その声に応えるようにベールが捲られ、隣に立つ魔王陛下がセリーヌの真っ白な喉元から顎にかけて手を伸ばす。
 白銀の髪がサラリと揺れ、透き通るようなブルーグレーの瞳がセリーヌの金色の瞳を射抜くように見つめる。

(――ついに、この時がきたのね)

 思えばここまであっという間だった。
 セリーヌはほんの少し前まで、自分がこんな運命を辿ることになるなんて、想像もしていなかった。
 静かに目を閉じる。
 命をかける覚悟はもうとっくにできている。
 心臓はこれ以上ないほどに強く震えているけれど、不思議と頭の中は落ち着いていた。
 セリーヌは今日、この儀式を終えれば、魔王ルシアンの――。



「……泣いているのか」
「っ!」

 魔王に低く冷たい声をかけられて、セリーヌはびくりと肩を揺らした。
 慌てて頬に手を伸ばすと確かに涙で濡れていた。
 無意識だった。聞かれるまで、自分でも泣いていることに気がついていなかった。

(泣いてしまうなんて……ここに来るまでに、とっくに覚悟を決めたはずなのに……!)

 気づかれないよう、震える息を小さく吐き出す。

「申し訳、ありません」
「君の、人間の心を思えば当然なのだろう。……だがもう引き返すことはできない」
「……っ、はい」

 その通りだった。もう引き返すことはできない。
 セリーヌは今日、この魔王ルシアンの……生贄になるのだ。

(……本当は、生贄に選ばれたのは元々私ではなかったけれど)

 今更そんなことを考えても仕方がないことは分かっている。分かっているが、思ってしまう。
 自分はどこで間違えたのだろうか。
 間違えなければ、今こんなところにいることもなかったのだろうか。
 首元から顎にかけて伸ばされていたルシアンの手が少しずれ、長い指がセリーヌの頬に流れた涙を拭った。
 冷えた瞳に似つかわしくない仕草と予想外の接触に、セリーヌは思わず息をのんだ。
 ここはセリーヌがこれまで生きてきた人の世界からは遠く離れた魔界、魔族がすむ場所。その中心部に建つ大聖堂だった。

(魔界で大聖堂、なんてよく考えたらおかしいわよね。聖なるものは魔族と相容れないものなのに)

 とはいえ人であるセリーヌにも分かりやすいように大聖堂と言っただけで、本当の名前は違うのかもしれない。
 今行われているのはセリーヌを迎えるための儀式である。
 すぐに命を捧げて終わりかと思っていたが、生贄を迎えるにも色々な手順を踏む必要があるらしい。
 今日、全身を真っ白な衣装に包んだセリーヌとルシアンが【結びの儀式】というものを行い、魔王あるルシアンの魔力を生贄であるセリーヌの体に馴染ませる。
 完全に馴染みきったところでやっとセリーヌはルシアンのものになるのだという。
 その時こそが、自分の命が散る時だ。
 ……ところで、緊張とは別に、セリーヌには困惑していることがあった。
 魔力を馴染ませる方法が、何度聞いても人で言うところの――口づけなのである。

(真っ白なドレスでベールをかぶって、祭壇の前で口づけ……まるで結婚式のようだわ)

 あまりにも皮肉で笑いが込み上げてしまいそうだった。
 本当ならば今頃セリーヌは、生贄などではなく幸せな花嫁になっているはずだったのだから。
 そんな心のうちなど知りもせず、儀式は進んでいく。ルシアンの顔がゆっくりと近づいてくる。
 そのブルーグレーの瞳があまりに厳しく冷たくて、必死に心を無にして目を閉じた。
 ルシアンの顔がほんの少し傾き、ふわりと甘い香りが鼻先を掠める。
 次の瞬間、柔らかいものが唇に触れた。

「――っ」
(私の、初めての、口づけ……)

 セリーヌは慎ましく恥ずかしがり屋で、長く婚約者であり恋人だった人とも口づけを交わしたことはなかったのだ。
 頭の中はパニック寸前で、それでもなんとか冷静でいようと、心の中で数を数える。
 いち、に、さん――。

(思っていたより、長い……!)

 触れるだけの口づけ。しかしなかなかルシアンは離れていかない。こちらから離れるわけにもいかず、されるがまま受け入れているしかない。
 し、ご、ろく――。

(あ、あれ?)

 こっそり、薄く目を開けてみる。
 ルシアンの閉じた瞼が目に入った。髪と同じ白銀のまつ毛が長い。
 戸惑うセリーヌをよそに、ほんの少し口づけの角度が変わる。
 しち、はち、きゅう――。

(……どうして?)

 ――じゅう。
 やっとルシアンの唇がゆっくり離れていく。呆然とするセリーヌに向かって、彼は甘く微笑んだ。

(……微笑んだ? 生贄の私に向かってなぜ?)

 けれど今はそれどころではない。

(どうして魔王様は、口づけをしても死なないの?)

 てっきりこの口づけでルシアンはすぐに命を落とすのだと思っていた。そしてそのことに怒った他の魔族たちに自分はそのまま殺されるのだろうと、そんな自分の未来を思い描いては震えて、それでもなんとか覚悟を決めたのに。
 ルシアンは生きている。おまけにいたって元気そうだ。

(おかしい。そんなはずないのに。だって……)

 ルシアンは、セリーヌとの口づけで絶命する……はずだったのだ。

(だって、私の正体は魔王様の天敵、『聖女』なのに――!)

 予想と違う現実にキャパオーバーを起こしたセリーヌは、とうとうそのまま気絶した。

~~~~~~~~(続きは本編へ)~~~~~~~~