本日は今週20日発売の一迅社文庫アイリスの試し読みをお届けいたします

試し読み第1弾は……
『大国に嫁いだ姫様の侍女の私
守護神がいる国で姫様のために暗躍中です』

著:池中織奈 絵:にわ田
★STORY★
大国の無慈悲王と結婚する冷血姫と噂されている小国のフィオーレ王女。彼女のただ一人の侍女ヴェルデは、当然のように姫の輿入れ先へとついてきている。なぜなら姫は命の恩人にして敬愛すべき主! 主のためなら、侍女仕事のほか諜報活動に身辺警護と一人十役の気持ちで臨んでいる。そんなある日、ヴェルデはフィオーレ姫と王城の庭を訪れて――。
姫様至上主義の侍女の王宮ラブファンタジー!
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「ヴェルデ!」
あまりにも考え込んでいた結果、私はフィオーレ様の声を聞き洩らしていたようだ。はっとして、慌ててフィオーレ様に返事をする。
「申し訳ございません。フィオーレ様、考え事をしておりました」
「いいのよ。それより、ほら……この一角を私に与えてくださるように話を通してくださるのですって!」
フィオーレ様はそう口にして、目を輝かせている。
その言葉に、指をさしている方を見れば、こじんまりとした花壇の一角がある。
まばらに花が咲いているが、それだけの空間だ。
「そうなのですか? それは良いことです」
「ええ。とても嬉しいわ。コラレーシアから持ってきた種を植えることが出来るわね!」
「はい。持ってきたものが無駄にならずによかったです」
フィオーレ様が祖国から持ってきた数少ない荷物。その一つが植物の種である。というのも、祖国にいた頃からフィオーレ様は植物を育てるということをよく行っていた。
それは趣味であり、実用性も兼ねたものだ。その美しい緋色の瞳が、嬉しそうに煌めいている。
フィオーレ様は本当に植物を育てることを好んでいる。
私とフィオーレ様が会話を交わしているのを、庭師はにこやかに笑いながら見ていた。
そしてその庭園の一角がフィオーレ様に下げ渡されたのは、その数日後のことだった。そのことを私に伝えてきた遣いの侍従は「なぜ、冷血姫が庭園の一角を求めるのだろうか」と疑問に思っているようだ。
噂の通りのフィオーレ様ならば、もっと高価なものを求めたりしそうだもの。実際のフィオーレ様はただ平穏に生きられればいいとそう思っている方なのに。
私は侍従の態度に苦笑しながらも、庭園の一角を下げ渡されたことが嬉しかった。これでフィオーレ様が喜んでくださる。
さて、まずその一角をフィオーレ様が使いやすいように整えるのが私の仕事である。
フィオーレ様はこの国でよく思われていないので、その一角によからぬことを行う人がいるかもしれない。そういう存在を排除するのが私の役目である。
「問題はなさそうかな」
そう言いながら、私はその一角の土をほじくり返したり、あたりに不審なものがないかを調べている。
その最中に、
「何をしているんだ?」
急に、近くから声が聞こえた。
あまりにも近くから声が聞こえてきて、私は驚き、飛び上がってしまった。そしていつの間にか近づいてきていたその声の主から離れる。
「くははっ。そんなに驚いたのか。王妃の侍女よ」
おかしそうに笑うその人は、腰まで伸びるグレームーンストーンのような灰色の髪と、ルベライトのように煌めく真っ赤な瞳を持つ男性だった。
私よりも頭一つ分は高い。ゆったりとした服装を身に纏ったその人がどういう立場の人なのか全く分からなかった。
不思議な雰囲気を持つ相手だとは思う。
「……何か御用ですか?」
私は思わず、警戒したようにその男性を見る。
私は気配察知能力に長けていると自分では思っていたのに、この国に来てからというものその自信が喪失してしまっている。
この男性が近づいてきたことに気づけなかったことで、余計に彼を警戒してしまう。
表情を変えずに、ただ警戒心を露わにする私を見ても、その男性は嫌な表情一つもしない。そのことに少し苛立ちを感じる。私だけが警戒しているなんて面白くない。
「何、王妃の侍女が何かしているのを見かけたから、気になって声をかけただけだよ」
見た目やその雰囲気からは分からない、想像よりも柔らかい口調だった。おかしそうに笑い声をあげている。どこか、浮世離れをした雰囲気を醸し出している。
「……私は主に与えられた庭園の一角の確認をしていただけです。それに、私にはヴェルデという名前があります。王妃の侍女、王妃の侍女と呼ぶのはおやめください」
目の前に居る相手がどういう立場か全く判断がつかない。そういう状況だからこそ、私は丁寧な口調を心がけている。
「ふむ。ヴェルデか」
「はい。……貴方は?」
「そうだな。君が好きに呼べばいい」
「ええ?」
そんなことを急に言われても正直何と答えたらいいか分からない。そもそもなぜ、この人は初対面の私に呼び名を決めさせようとしているのだろうか。それだけでも変わっている気がする。
「なぜ、私がそれを決めなければならないのですか? そもそも貴方とこれからも話すというのは確約されておりません。突然、言われても困ります」
「それでも折角だからね。それに私は君とこれからも話したいなと思うのだけど」
……何を言っているのだろうか?
そう思いつつ、私はじっとその人を見る。
宝石のように煌めく赤い瞳は、興味深そうに私を見ている。
声や言動から男性だというのは分かるけれど、中性的な見た目だわ。
それにただ立っているだけというのに、全く隙がない。その不思議な雰囲気に、彼のペースに乗せられてしまいそうになる。それにじっと見ていると、何だか引き込まれてしまう。
「そんなに私を見てどうした?」
不思議そうにのぞき込まれる。その透き通るような赤い瞳に、私の顔が映し出されている。
「……綺麗な瞳だなと思っただけです」
目の前の相手が何者なのか、それが分からないから警戒してしまう。目の前のこの人は、あまりにも隙がなさすぎる。
「もっと見てもいい。代わりに私も君を見させてもらおう」
「……なぜ?」
「君が私を見るなら、私だって君を見てもいいはずだろう?」
そんなことを言いながら、目の前の男性はじっと私のことを見ている。
観察されているというのが分かった。なぜ、まるで興味深い玩具を見つけたかのように、見つめられているのか私には分からない。
このまま視線をそらして、見つめられたままだと負けた気分になるので引き続き彼を観察してみる。
目を合わせて、互いに観察し合うという、謎の時間が続けられる。何だか気まずい気持ちになる。
……どうして私は初対面の男性と、こんな風に観察しあっているのだろうか。
そんな不思議な気持ちになりながら、途中でやめるのは負けだという謎の対抗心からそのまま続ける。
「……ルベライトはどうですか」
そして私は、じっとその瞳を見つめていて思い浮かんだ宝石の名を口にする。
「ルベライト? それが私の呼び名?」
「はい」
「どういう意味だ?」
「ルベライトは宝石の名前ですわ。貴方の瞳は、ルベライトのように綺麗だからです」
美しい赤色の宝石で、私もお気に入りだ。石言葉に「広い心」の意味があって、それも目の前のこの人にはあっているのではないかと直感的に思う。だって普通なら初対面の侍女がこんな風に警戒心を露わにしていれば不快に思ってもおかしくない。じっと瞳を見つめることも、そういう性格でなければ許してもらえないだろう。
あとはルベライトはその人の魅力を最大限に発揮すると言われていて、しっくりきたのだ。
私の言葉に、目の前の彼は笑う。
「いいな。では、そう呼ぶように。ヴェルデは私の瞳が綺麗だと言ったけれど、君の瞳も同じぐらい綺麗だな」
突然、そのように褒められ、私は驚いた。
「な、何を言ってるの?」
動揺を隠せなかったのは、そんなことを言われるとは思っていなかったから。
彼――ルベライトさんのように美しい瞳を持つ方に、瞳のことを褒められるのは嬉しかった。
少しドキドキしてしまったのは、ルベライトさんの笑みがあまりにも優しい笑みだったから。本心からその言葉を口にしているというのが分かったから、恥ずかしいとも思った。
思わず口調が崩れてしまって、こんなにも自分が動揺した事にもびっくりした。
~~~~~~~~~(続きは本編へ)~~~~~~~~~~