『お狐様の異類婚姻譚 元旦那様に恋を誓われるところです』を試し読み♪ | 一迅社アイリス編集部

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という編集部ブログ。

こんにちは!

一迅社文庫アイリス12月刊の発売日まであと少し!!
ということで、試し読みをお届けします(≧▽≦)

試し読み第1弾は……
『お狐様の異類婚姻譚 
 元旦那様に恋を誓われるところです』


著:糸森 環 絵:凪 かすみ

★STORY★
「俺って献身的で愛にあふれた狐様だろ?」
もののけたちの世界で薬屋を営む雪緒の元旦那様は大妖の狐・白月。恋心を殺し里長としての立場で尽くす雪緒を、知己の鵺・由良の婚姻の儀で再会して以降も、恋を自覚した白月は甘い言葉や高圧的な態度で取り戻そうとする。雪緒が半妖の伊万里を身近に置いたことで、因縁はよりもつれていきーー!? 
恋情とは無縁の大妖が恋狂い、元嫁に恋を誓う? お狐様との異類婚姻ラブ第8弾!

ゼロサムコミックよりコミカライズ全⑦巻発売中! 

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「伊万里さんは……この半精は私付きの者です。私のもの、所有物なんです。食べたらだめですよ」

 雪緒は彼女の立場を明確にし、擁護した。
 しっかり牽制しておかないと、目を離した隙にぱくっとやられそうだ。

「雪緒憑き? これが? この程度の女が? なぜ?」

 伊万里は、先の祭りの『戦利品』であり『報酬』なのだが、その事実を本人のいる前で告げるのは少々ためらわれる。それに、微妙に異なる意味に解釈され、かつ、軽視された気もする。

「私が、私に必要だと思って、手に入れた人です」

 手出し無用の意思を婉曲に伝えると、三雲にはすこぶる不満そうな顔をされた。
 宵丸からは「大ばか人間野郎め」と、低い声でぼそっとつぶやかれたし、雪緒に所有物扱いされた伊万里からは、それどういう気持ちなのかと聞きたくなるような奇妙な表情を返された。
 だれにも自分の奮闘を理解されなかった雪緒は、いや、こうでも言わなきゃあなた殺されるんだけど、と内心やさぐれた。
 ともかくもここらで非道な会話は終了したかったのに、三雲は止まってくれなかった。

「面倒事は食うに限る」
「限りません」

 雪緒の否定にかぶせるようにして、それはちょっとわかる、と小声で鬼に同調したのは宵丸だ。だよな、とはじめて宵丸を認める顔を三雲も見せる。こんな邪悪な意気投合はやめてほしい。

「なんっ……なの、この鬼……!」

 伊万里が苛立ちの声を上げる。だが得体の知れぬ三雲への恐怖は、そう簡単には消せないようだ。半歩ずつあとずさりし、雪緒の背に張りつく。再度強く腕を掴んでくる。

「雪緒さん、どうにかして……!」

 こちらに触れている伊万里の手には、情を捧げた存在を……雪緒を守ろうとする覚悟が立ち昇っている。一方で、助けてほしいと縋り、雪緒を盾にしているようにも思える。
 自分よりも格上の相手に言い返す度胸はあるのに、あと一歩が足りない――雪緒の背から出られない。そこに伊万里の無自覚の弱さが滲んでいる。この姿を媚びと取るか、健気と取るかは、人によるだろう。

(伊万里さんも私と同じくらい、いつもなにかに腹の底から怯えて、必死だ)

 望まぬ共通点にふたたびの疎ましさを抱く。雪緒は自分の腕から伊万里の手を外した。その行動を拒絶と勘違いした伊万里が傷ついた表情を浮かべる前に、彼女の手をさっと握りしめる。

(そりゃ、こわいよね。人の常識でははかり切れない、まことの『人外』と対峙しているんだもん)

 冷酷非情な鬼相手に言い返せる勇気は本物だ。そこは素直に賞賛すべきだ。雪緒はそう自らを宥めた。なのに、そのそばから同情と、仲間意識と、姉妹に向けるような淡い愛おしさ、どろっとした嫌悪感が胸中に流れこんでくる。最後のは、同族嫌悪で間違いなかった。
 どうも雪緒は、伊万里に対してだけは子どもじみた反発心を隠すことができずにいる。同性の友人だとは純粋な気持ちで言い切れない。

「……話し合いは、このへんでいいでしょう。私たちはそろそろ」

 これ以上は埒があかない。雪緒は自身への溜め息をこらえ、やんわりと辞去の意を三雲に伝えた。三雲は、きょとりとした。

「耶花と由良には会っていかないのか。本来は同輩以外の接触など許さないが、雪緒なら」

 特別だと言いたいのだろう。だが――本当に人外の心模様はどうなっているのか。
 比較的雪緒に甘い三雲でさえ、本質はこうだ。雪緒が彼らの婚儀に反対しており、ひどく傷ついてもいるとわかった上で、平然とそれを聞く。
 あんな光景を見て、会いたいわけがない。会えるわけが……。

「いつか、取り返したい」

 雪緒は囁いた。由良を、ではなくて、切り刻まれた彼の影を取り返したい。耶花との結婚だけなら、呑みこむことができる。

「無理だ」

 三雲は、雪緒の望みを正確に読み取り、短く退けた。
 そこは甘くなってくれないんだな、と雪緒は失望した。だが今日の自分は長として鬼の婚儀に参列を果たしている。情けなく項垂れては面目が立たない。
 ――長といっても、利用価値があるってだけのつまらないお人形のくせに。
 そう自分を嘲笑う声が腹の底から響いてきた。心が生み出す濃厚な悪意を、深呼吸でねじ伏せる。利用価値があったおかげで、ここまで生存できたのだ。
 三雲に別れを告げ、すっきりしない表情を浮かべる二人を伴って、重い足取りで歩き出す。
「くるまを呼ぶ」と、大きな鳥居の手前で宵丸がそう言い、傍らにずらりと控えているくるまのほうへ近づいていく。雪緒は、伊万里とその場に待機した。
 参列客の帰りを待つくるまの列から大して離れているわけではない。雪緒のそばにはこうして周囲を警戒する伊万里が残っており、危険という危険もない。
 けれども雪緒はふと、よそ見をした。なにかに呼ばれたような気がした。白い鳥居の向こうは、霧がかった薄闇に覆われていて見通せない。そのはずが、ぼおっと提灯のような赤い光が鳥居の向こうに浮かび上がった。雪緒は暗い井戸を覗きこむように、目を凝らした。狐火だ。ぼおっ、ぼおっ、ぼおっ、円を描くように狐火が五つほど鳥居のなかに浮かび上がる。ああ祟られた、と雪緒は瞬時に察した。いや、これは神隠しの合図か。
 慌てて宵丸を呼ぼうと振り返れば、すでに景色は一変していた。



「……白月様」
「やあ、ついうっかりと……じゃなくて無論故意ではあるが、うん、おまえ様をめくらましの罠にかけちゃったな」

 そう明るく不穏な発言をしたのは、当然ながら白月だった。
 彼は狐尾をゆらゆらと動かし、にんまりした。

「ほら雪緒もご存じだろうが、俺って献身的で愛にあふれた狐様だろ? でもこんなに貞淑な俺だって、たまにはかわいらしく嫉妬を表に出してしまうこともあるんだ」
「かわいらしく」
「は? なんだよ文句でもあるのか? 雪緒が不用意にも由良を必要以上に気にかけたせいなのに……。で、不義理を知れば、狐の性分として祟らずには……隠さずにはいられないだろ」

 切なげに俯いた次の瞬間には、キッと雪緒を睨みつける。

「おいおまえ様、どういう了見で由良のやつにそこまで心を砕きやがる。事と次第によってはこんな気軽な感じじゃなくて、もっと真剣に祟るぞ。いい加減にしろよ」
「言い訳をするのか怒るのかはっきりしてください……っていうか、やっぱり祟りのほうじゃないですか、この状況。そんな気軽な調子で祟ることってあります?」
「両方だ。祟って、のち、ちょっと隠した。でも案ずるな。すぐに溶かす」

 お狐様が無邪気に耳をゆらしてはにかむ。
 雪緒なんかちょろいからこれで騙せるだろ、というひどい思惑がうっすら透けて見えるような表情だったが、確かに言い返す気はなくなった。このお狐様は妙な場面で演技をする。ただし蝋が燃え尽きるより早く飽きがきて、本性を露わにするが。
 雪緒は平べったい目で白月を見やったのち、周囲の状況をさっと確認した。
 ――まったくどういう趣向か、ほんの一瞬前まで白い鳥居の前にいたはずが、雪緒たちはいま、巨大すぎるほどに巨大な水墨画の上に座っている。視認可能な範囲の地面が画紙に変化しているというべきか。趣のある水墨山水画だ。薄灰色に煙る山には、白蛇のようなうねりを見せる滝が流れている。細かな飛沫が靄を生み、ますますの幽遠な情景を作り出している。
 奇怪な話だが、そこに描かれているものはすべて生きていたし、動いていた。
 山を貫く滝も、草むらに消えていった縞模様の白い虎も。風にあおられた枝葉もまた、わずかにゆれている。少し離れた位置に描かれている岩石や木々の一部などはとうとう物量を得て実体化し、地表に飛び出していた。雪緒たちの場所から遠ざかるにつれ、地表に突き出る傾向が強まっているようだった。

「……それで白月様、私を祟った本当の理由はなんでしょうか」

 雪緒は座り直して恐々と尋ねた。と同時にさりげなく図画の表面を指先で撫でてみたが、感触的にはただのざらついた荒目の紙にすぎなかった。もしこの画紙に穴を開けた場合、その下はどうなっているのだろう、と雪緒は少し気になった。

「まことの理由はさっき言った通りだ。単なる悋気」

 白月がむっとしたように答える。
 そんなわかりやすいごまかしを……と雪緒は眉間に皺を寄せたが、白月は訂正しない。
 変な空気が流れた。白月の両耳はゆっくりと前方に倒れたし、狐尾も、ぱたん……ぱたん……と居心地が悪そうにゆれ始める。彼の耳や尾は時として表情よりも雄弁に感情を表す。

「もういい。俺がなにを言っても雪緒は信じない。――この前だって、俺がおまえ様の傀儡を食い殺したと信じた。違うと否定しても、いや、違うとわかっても、雪緒にはもはや大して変わりはないんだ」
「……どうであろうと、白月様を信じているだけです」

 雪緒はいくぶん戸惑いながら答えた。
 先月に、色々あって狐形のお宮に閉じこめられ、そこから脱出している。念のためにと作り出しておいた自分の形の傀儡が、そのとき白月に食い殺された。

「うん、そうだろう。雪緒は、あきらめてしまった」

 なにもあきらめていない、と雪緒は戸惑いを深めたが、白月は物憂げに視線を落とす。

「だったら俺は行動で示すしかない」

 白月が自分に言い聞かせるようにつぶやく。

「御館として言わせてもらうぞ」

 と、意識を切り替えた様子で前置きされ、雪緒も自然と背筋が伸びた。

「どれほど不服であろうと、由良の結婚に異を唱えるのはよせ」
「それは……。私には難しい命です」
「あれらはもう結びついた。おまえ様の目には由良の変質が悲劇に映るのかもしれない。ああ、種を書き換える大きな変質だ、確かに悲劇ではあるだろう。が、それで情に負け、阻止すれば、べつの悲劇が降ってわく」
「そうなんでしょうか。先を読むことと、先を恐れることは、私には紙一重のように思えます」
「言うじゃないか」

 白月は楽しげに頬をゆるめた。だがそれも一瞬で冷徹な眼差しに戻る。

「人には見えぬ約定の糸が絡んでいる。呑みこめずとも、受け入れろ。今後、こうした事案は当たり前のように舞いこんでくるぞ」
「嫌です……」
「嫌と言ってもそうなる。それに、おまえ様には由良の進退以上に気にかけねばならない問題があるはずだ」

 白月が足を崩し、胡座をかく。
 彼の狐尾が、地上に飛び出しかけていた墨色の小鳥をペちりと叩く。哀れな小鳥は画紙のなかに押し戻された。小鳥が慌ただしく羽を動かし、毛繕いをする。

「なにか、俺に言いたいことがあるだろ」

 そう催促されて、雪緒は困惑した。
 言いたいこと……、なんだろう。

「……私の命はいまも変わらず白月様のものです」

 
~~~~~~~~(続きは本編へ)~~~~~~~~


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