『とある男装令嬢の求婚作法 次期公爵な聖獣騎士が諦めてくれません』を試し読み♪ | 一迅社アイリス編集部

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こんにちは!

本日は一迅社文庫アイリス7月刊の試し読みをお届けいたします(*''▽'')

試し読み第2弾は……
『とある男装令嬢の求婚作法 次期公爵な聖獣騎士が諦めてくれません』

著:乙川 れい 絵:八美☆ わん

★STORY★
貧乏伯爵家の令嬢クリスタは、婚約破棄され屋敷に引きこもっている。――と噂されているが、実際は療養中の弟の身代わりで騎士団で騎士として元気に勤務中! 弟がクビになるのを回避したい……そのための期間限定の男装生活だったのに、成人の儀でクリスタが高位の聖獣を召喚したことで事態は一転! 尊敬する上司の聖獣騎士、次期公爵のルドガーに求婚されることになってしまい!?
訳あり男装騎士令嬢のもふもふ×求婚ラブ!

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「その両方です、姉上」

 大急ぎで立襟のドレスに着替え、ノエルに髪を昨夜と同じに、化粧は念入りにしてもらう。そばかすの一つでも残っていようものなら、身代わりがバレかねない。

「こんなものでしょう。くれぐれも振る舞いには気をつけてください。間違っても大股で歩かないように。しとやかに、淑女らしくですよ。いいですね?」
「わかってるわ。ありがとう」

 と応じつつも、クリスタはどんな態度で上司を迎えるべきか決められずにいた。

(まあ、会う前から悩んでもしょうがないわよね。隊長の出方を見てからにしましょ)

 気持ちを切り換えてエントランスに向かう。クリスタの緊張感は長くはもたない。
 玄関の前ではウォルトがそわそわした様子で待ち構えていた。

「ああ、やっときた。ルドガー卿と、お連れの方には庭で待ってもらっているよ」
「お連れの方?」
「従者にしては若すぎるし、似てないけど弟君かなあ? 特に紹介がなくってね。まあ、とりあえず行こう。聖獣もごらんになりたいそうだから、ラズナエルも連れておいで」
「わかりました。おいで、ラズ」

 叔父にうながされて、クリスタはラズナエルを伴って庭へ出た。
 前庭はオーブリー邸で唯一自慢できるところだ。叔父が庭師の仕事で切り落とした薔薇を挿し木と接ぎ木で増やし、見事な薔薇園を築きあげたのだ。いまは冬なので花は咲いていないが、生い茂る枝葉も調和が取れていて美しい。
 ルドガーは、庭の一角にある木香茨のアーチの近くに立っていた。仕事の合間を見つけて出てきたらしく、見慣れた近衛騎士隊の略装姿だ。

(なのに、なぜかしら。いつもよりさらに格好良く見えるのは……)

 きっと自邸の庭という環境が気を緩ませ、乙女心の封印を揺るがせているのだろう。
 しかし彼のかたわらに小柄な「お連れの方」の姿を見つけた瞬間、クリスタの心に生まれかけた甘さが一瞬で吹き飛んだ。

(宮廷聖獣医のヒース先生!? またいちだんと……小さくなったような)

 ボサボサの茶髪にそばかすの跡が残る幼い顔立ち。クリスタの肩ほどの低身長はどう見ても十代前半だが、実際は四十代半ばの中年男性。なんと叔父より十歳も年上だ。
 信じられない話だが、魔獣の研究者でもある彼は自分の体で人体実験を行っており、数種類の魔獣の肉を食べた影響で肉体が退行しているらしい。以前見かけたときよりも聖獣医の制服の袖が緩くなっているから、また少し若返ったようだ。

(でも、そんなことは『クリスタ』は知らないはずだし、どんな顔をしていけば!?)

 考えをまとめられずにいると、先にルドガーが気づいた。琥珀色の双眸が驚いたように見開かれる。きっと、クリスタがノエルに似すぎているからだろう。
 ルドガーはゆっくりと近づいてくると、胸にうやうやしく手を添えて挨拶した。

「はじめまして、クリスタ・オーブリー伯爵令嬢。私はルドガー・エルドリッジ。彼はヒース。子供のように見えるかもしれないが、れっきとした聖獣医だ」
「くふふ、どうも。よろしく頼むね」

 ヒースが奇妙な笑い方をして一礼する。
 クリスタは会釈しつつ、内心首を傾げた。聖獣医と令嬢が何をよろしくするのだろう。

「急に押しかけた無礼をどうかお許しいただきたい」
「どうかお気になさらないでください。あらためて、クリスタです。いつも弟がお世話になっております。その節は弟の命を救ってくださりありがとうございました」
「礼には及ばない。怪我が治って本当によかった」

 当たり障りのない和やかなやりとりだったが、終始ルドガーの視線が痛かった。

(ものすごく見られている……それはそうよね、ノエルにそっくりなんだもの)

 あまり観察されると、いつもノエルに化けていることがバレてしまいそうだ。
 クリスタは不安そうに彼を見上げて牽制した。ルドガーがはっとして視線を逃がす。

「失礼。あなたがあまりにも……美しいので、思わず見蕩れてしまった」
(はい嘘です! 本音は『あまりにもノエルに似ているので』でしょう!)

 しかし、見え透いたお世辞のおかげでこちらも安心して演技ができる。

「まあ、お上手ですこと――」

 と言いかけたところで、ブシュン、と盛大なくしゃみが聞こえてきた。
 不審に思って振り向き、ぎょっとした。いつのまにかヒースがラズナエルに接近しており、金属製の棒を大きな黒い鼻の穴に突っ込んでいる。

「何をしているんですかっ!?」

 開かれた大きな鞄から金属製の道具がずらりと並んでいるのが見えるので、ヒースが握っているのは聖獣用の医療器具なのかもしれない。つまりこれは医療行為。

(だからって普通飼い主……もとい召喚主の許可なく勝手にします!?)

 ラズナエルがもう一度くしゃみをすると、ヒースはようやく医療器具を引っ込めた。だいぶ鼻水を浴びているが気にした様子はない。クリスタの突っ込みも無視だ。
 金属棒に付着した液体を小さなガラス皿に載せて、彼は目を細めて確認している。

「鼻水も透明できれいなものだね。目、耳、舌、鼻、すべて異常なし。爪も健康そうだし毛並みも良好。この聖獣はシロだね。ああ、毛色の話ではなく、くふっ」

 と言って最後にラズナエルの胸毛に顔をうずめて、すうううっと息を吸う。

「ふはあ、たまらん。こっちも異常なし、と。おや、君もやりたいかね?」

 顔を上げたヒースは、にたりと意地悪な笑みを浮かべてルドガーを見やった。

「いや、俺は……」
「遠慮せずとも。ケモ吸いはいいぞ」
「……あなたが勧めることではないと思うのだが」
「それもそうだね。お嬢さん、この男にケモ吸いをさせても構わんかね?」

 さきほどの突っ込みは無視したくせに、いきなり話を振られてクリスタは戸惑った。
 ケモ吸いってなんだろう。いまの、顔を獣毛にうずめて吸う行為のことだろうか。

「ええと、ラズナエルが嫌がらなければ別に構いませんが……」
「よし許可を取ってやったぞルドガー君。存分にケモ吸いを堪能したまえ」
「誰もやりたいとは言っていない。用が済んだのなら帰ったらどうだ」
「同じ馬車で来たのだから君の用が済まねば帰れんよ。まあ、中で待つとするか」

 ヒースは医療器具を手早く仕舞って鞄を閉じると、「では」と驚くほどあっさりと去っていった。小さな背中が馬車の中へ消えていくのを、クリスタは茫然と見送った。

(なんだったのかしら……)

 ラズナエルは召喚直後に神殿で身体検査を受けている。だからヒースがわざわざ訪ねてきてもう一度検査をする意味があるとは思えないのだ。そもそも、ルドガーが訪ねてきた理由もまだ聞けていないのだが。

「それで、今日はどのようなご用件で……?」
「ああそうだった。まずはよい星との巡り会わせに心からお祝いを申し上げる。知っているかもしれないが、私も聖獣の召喚者だ。あなたよりも六年の分がある。何か聖獣のことで困ったら、遠慮なく相談してほしい。力になれると思う」
「お心遣い、痛み入ります」

 笑顔で応えながら、クリスタはほっとした。
 聖獣の召喚に成功した者を訪ねて、ねぎらっているだけだったのか。昨日の今日でいきなり求婚されるのではないかなんて、考えすぎだったようだ。自分が恥ずかしい。

「それから、もう一つ」

 ルドガーは突然、煉瓦の小径に片膝をついた。クリスタの右手をすくい上げるように取り、鋭い琥珀色の眼差しでまっすぐにこちらを射貫いてくる。

(え、ええっ!?)

 こんな角度で上司を見下ろしたのは初めてで、困惑する。

「クリスタ・オーブリー伯爵令嬢。会ったばかりで性急だとは承知しているのだが……それでも、あなたに結婚を申し込みたい。俺の妻になってもらえないだろうか」

 何が起きたのかわからず、クリスタは固まった。
 身じろぎ一つできずにいると、ルドガーが手の甲へそっと口づけを落とした。薄い生地越しに伝わる唇のやわらかい感触とかすかな吐息に、一瞬意識が飛ぶ。

(あ……わ――)

 バタンッ――と、クリスタはおのれの中で扉が開く音を聞いた。
 心の深淵のさらに底に封じられた、巨大な鋼鉄の扉だ。それが内側から勢いよく蹴破られ、奥からにゅっと伸びてきた手が力強く扉枠を掴む。
 そうして這い出してきたのは、フリフリの可愛らしいドレスを着た筋骨隆々の淑女――身代わり生活をはじめてからずっと封印してきた、乙女心の化身である。
 彼女が天を仰いで咆哮するのを感じて、クリスタは焦った。

(内なる乙女の封印が!? まだ出てきちゃダメよ! 明日もノエルになるんだから!)

 身代わりの騎士に乙女心は不要だ。だから厳重に封印していたのに、手の甲へのキス一つで復活を遂げてしまった。

「――クリスタ嬢?」

 自分を呼ぶ声に、クリスタははっと現実に引き戻された。ルドガーがうやうやしく手を取ったまま、不思議そうにこちらを見上げている。

「あっ、いえ、その……」

 一瞬で状況を理解したものの、動揺はそう簡単には抑えられなかった。

(落ち着いてわたし! 貴族の令嬢はこんなことで取り乱したりなんてしないわ! 初対面の人に求婚されて手にキスされたくらいで……手に、キス……)

 薄い生地越しのやわらかい感触を思い出してしまい、ぶわっと顔が熱くなる。よりにもよって憧れの上司にされたのだ。父が亡くなってから貴族らしい作法とはずっと無縁だったのもいけなかった。さらりと受け流すには耐性がなさすぎる。
 クリスタは暴れ回る乙女心を必死に抑えつけながら、なんとか笑顔を取り繕った。

「ほ、本当に急でしたので、驚きました……おたわむれ、では……」
「冗談で膝をついたりなどしない」

 そうだろうと思う。追及すべきはそこではない。
 うるさいくらいに高鳴る心音を頭から追い出しつつ、クリスタは言い方を変えた。

「……お目当てはラズナエルですよね? 例の条件の話はうかがっています」

 すると、ルドガーは長い息をついて立ち上がった。

「確かに夫婦間では聖獣の共有が可能だが、俺にはフェニストルがいればじゅうぶん……いや、手に余るくらいだ。条件はきっかけを作るためにすぎない」

 それから手を取ったままだと気づいたらしい。彼はクリスタの手を離した。
 ようやく自分のもとに戻ってきた右手は、彼の熱が移ってあたたかくなっている。

「君にとっても悪い話ではないはずだ。失礼だが、この家の経済状況を調べさせてもらった。相当苦しそうだな。ノエルの給金だけではとても足りないだろう」

 クリスタが遠慮なく真意を探ってきたからか、ルドガーも攻め方を変えてきた。

「俺の求婚を受けてくれるのなら、オーブリー家への支援を約束しよう。騙されて失った領地や財産を取り戻したければ、協力を惜しまない。それでどうだろうか?」

 どうも何も破格の条件だった。オーブリー家の弱点を的確に突いている。

(こんないいお話を断るなんて馬鹿よ)

 しかし、クリスタはその馬鹿になろうとしていた。

「本当に、もったいないようなお話ですが……」


~~~~~~~~(続きは本編へ)~~~~~~~~