こんにちは!
明日は一迅社文庫アイリス4月刊の発売日!!
ということで、本日も新刊の試し読みをお届けいたします
試し読み第2弾は……
『塔から降りたら女伯爵にされてました2 王子達に甘やかされてばかりで不安です』
著:かいとーこ 絵:黒野ユウ
★STORY★
嫌な結婚から逃げるために、戦場近くの守りの塔で働いていたら、なぜか女伯爵になっていたエレオノーラ。ついでのように婚約した第二王子レオンがバリバリ働く傍ら、彼女は周りから贅沢をするように言われるばかり。このままではお飾り領主になってしまう! そう怯えていたある日、幼い弟が一人でやっ
てくると聞いて――。
世間とのズレに右往左往する新米女伯爵のラブファンタジー第2弾!
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「あの、弟はいつごろ到着するんですか?」
数日後に到着しますという話なら夜通し働かない。
「領内の宿に泊まっているから、今日中にはオルブラ市に入ると思う」
エレオノーラは彼らが大慌てで準備している理由は理解した。過剰な準備はともかく、気持ちよく迎えるための準備をしたい気持ちは分かる。
「ニックお兄様、子ども一人が来るのは大したことじゃないと思っているんでしょうね。自分が面倒を見るから、迷惑はかけないって楽観視しているんですよ」
エレオノーラでもそう思っているところだ。赤ん坊ならともかく自分で一通りのことができる年頃だ。いつか学校の宿舎に入っても困らないよう、母が厳しくしつけているだろう。
「あいつらしいな。騎士達は掃除のために追い出されるし、あいつへの恨み言を言いながら訓練しているだろう」
エレオノーラのハトコのニックには、都に行くついでに、実家に寄って様子を見てくるように頼んである。母がついてこないよう、言い訳も考えておいた。それなのに弟を連れてくるとは想像もしなかった。
無理にでも来るとしたら、本当に結婚する日が決まってからだと誰もが思っていたのだ。
「エレオノーラ様のお身内だからこそですね。あの方の扱いは、実は使用人達の中でも困っているんです」
他にも血縁者は何人かいるが、ハトコという近すぎず遠すぎない関係だから、他の騎士と違った扱いをすべきか悩むのだろう。
「クロード様のご子息が遊びに来てくださるのですから、ちゃんと準備をしたかったのですが……皆も喜びと恨みが入り交じってますよ」
若い執事が苦笑し、肩をすくめた。
「喜び?」
「クロード様のご子息が遊びに来てくださるのは大歓迎です。皆も苦労を買って出るほど、喜びは大きいですよ。直前の知らせでなければ、恨みはありませんでした」
もっとのんびり、ああでもないこうでもないと迎える準備ができたら楽しかっただろう。
「あまり大げさにしないでね。あの子が驚いてしまうわ」
「もちろん驚かせなどいたしません。驚かせないようさりげなく、全力でお出迎えいたします」
「全力でって……どうしてそこまで……」
贅沢など知らない、多少裕福な家に生まれた小さな男の子には、全力のさりげないおもてなしなど理解できるはずがない。
「どうしてと言われましても……クロード様にできなかった恩返しをしようにも、ご息女のエレオノーラ様にはこちらが助けていただいて苦労を掛けてしまっていますから、純粋に恩を返せるご子息をもてなしたいと思うのは当然です」
エレオノーラは父が彼らに慕われているのと、この地のために戦死したのは知っているが、彼らにどう恩を売ったのかは曖昧にしか知らない。
子どもは遊んでくれたとか、女性は彼らが来てから乱暴な傭兵が大人しくなったとか、男性は鍛えてくれたとか、そんな程度の話は聞くが、それにしては彼らが感じている恩が大きい。少なくともクロードを嫌っている者のことは、オルブラ市内では聞いたことがない。
そういう慕われる人が亡くなると、彼らのように行き場のない思いを抱いてしまうようだ。
「騎士達もいつ見られてもいいように、いつもより真面目に訓練をしているな。クロードの息子に、いいところを見せたいんだろう」
レオンの言い方からして、騎士達も浮かれているようだ。そして仕事を放り出して使用人の様子を見ている程度に、レオンも浮かれている。
(死んだ人には恩を返せないし見栄も張れないものね)
その子ども達に恩を返すのは、理にかなってはいる。
「わたしはいつも皆には世話になっているから、お父様への恩は返せていると思うのだけど」
「いいえ。エレオノーラ様とレオン様には一生頭が上がりません。故郷を離れてこれほど尽くしてくださっているのですから、恩は積み重なっていくばかりです」
尽くすというほど頑張っているのはレオンだけだ。血縁者でもない彼に対しては、本当に頭が上がらないだろう。レオンへの評価もクロードの評価にのしかかっているのかもしれない。
「何を言っているんだ。皆が賛成してくれたおかげで初恋が成就したんだ。礼を言うのはこちらだよ。この幸せのためなら、できる範囲の努力は惜しまないさ」
レオンはエレオノーラの肩に手を置き、さらりと言った。
使用人達は手を止めて笑顔のレオンと、石像のように固まったエレオノーラを見た。
レオンは仲のよさを見せつけるためによくこういうことを平気で言うが、仲のよさを知らしめる必要のない身内とも言える使用人達の前でも言う。
未だに心臓が跳ね上がるほど動揺してしまう。身体は石のようなのに、心臓だけはよく動いている。
人前で見せつけるのが始まったのは、しつこい求婚を減らすためだったはずだ。だから戦争を終わらせた第二王子であるレオンと婚約したことを広め、直接やってきた人々に恋愛結婚であると見せつけたのだ。
恥ずかしかったが、効果はあった。婚約者に大切にされるのは、理由があっても悪い気はしない。だが、見せる必要のない身内の前でされるのは、他人の前でするよりも恥ずかしくて、居たたまれなくなる。
背中に汗が流れ落ちるのを感じながら、エレオノーラは視線をそらした。
「そ……それより、そろそろ掃除はよくないかしら? 今まで出迎えたどんな大物よりも念入りじゃない。これ以上頑張っても、気付かないと思うわよ」
「とは言っても、皆は自主的にやっているだけなので。クロード様のご息子に、姉君が治めるに相応しい場所だと思っていただきたいですから、床板の隙間の小さな汚れも、家具のわずかな黒ずみも気になるんです」
執事が言うと、近くにいた使用人達がうなずいた。
「そうですよ。弟君の好みがわからないから不安なんです。だから最高の状態にして、エレオノーラ様に相応しい所だなって感じていただきたいんです」
「休みの人たちも、屋敷までの道の清掃活動をしているそうですよ」
エレオノーラは頬が引きつりそうになるのを耐えた。休みでも自主的にやっている以上、皆を止められそうにもない。
(本当に、みんなお父様のことが好きよね)
市民達も彼が好きで、エレオノーラが父親似であることを喜んでいる。
「ジェラルドはすでにクロードに似た顔立ちで、エラを小さな子どもにしたような小綺麗な男の子らしいんだ。楽しみだなぁ」
と、レオンが浮ついているのをまったく隠さずに言う。人のよい笑顔ではなく、浮かれただらしのない笑みを浮かべているのだ。
オルブラにたくさんいるクロードが好きな人々の中で、最もクロードが好きな人間がこのレオンである。使用人達はそれを知っているから、好意的に微笑んで頷いた。
「それはますます楽しみですね」
「ああ。甘やかしすぎるのもよくないが、不自由はないようにしてやらないと」
レオンは浮かれていると思っていたが、想定以上に浮かれている。先ほどの発言も、見せつける意図はなくて、浮かれて口から滑り出た言葉だと気付いた。
(つまり、わたし以外のみんなが浮かれて暴走してるってこと?)
だから誰も彼らを止めないのだ。
~~~~~~~~~(続きは本編へ)~~~~~~~~~~
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