来週11月20日は一迅社文庫アイリス11月刊の発売日です!
ということで、今月も新刊の試し読みをお贈りします(≧▽≦)ノ
試し読み第1弾は……
『わけあり毒伯爵は不束者
春の花嫁との恋は二人だけの冬の季節に』

著:中村朱里 絵:セカイメグル
★STORY★
ある日突然、《毒》の魔術師である討伐伯オルテンシアスに嫁ぐことになった、天涯孤独な《花》の魔術師ミュゲ。結婚相手に話は通っているからと真冬に魔物がいる辺境へ行くことに。ところが出会ったオルテンシアスの反応がおかしくて――。
花嫁ではなく押しかけ使用人になった少女と孤独を抱える毒伯爵の結婚ラブファンタジー。
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「ごめんくださぁい! どなたかいらっしゃいませんかぁ!?」
……思いのほか大きく声が響き渡ってしまった。何もかもが雪で覆われた冬のしじまが裸足で逃げ出していくのが見えるようだった。あらら、私、ちょっと失礼でしたかね? とは思ったが、そうはいえどもこの屋敷に住んでいるのはたった一人だと聞かされている。様式美で『どなたか』なんて言ってみたが、どなたかも何も、屋敷の主人であるお方しかいないらしいので、これくらい大声を出さないと、きっとその人には声が届かないはずだ。
その証拠に、目の前の扉が動く気配はない。人の気配なんてまるでない。なるほど、まだこの声は届いていないらしい。あるいは、あえて無視されているか。どちらであるにしろ、ここで諦めるという選択肢はないので、ミュゲはぎゅっと唯一の手荷物である小さな旅行鞄を抱え直して、再び口を開いた。
「申し訳ありません! 旦那様へのお目通りをお願いいたしまぁす!」
そう、『旦那様』。この屋敷における唯一の住人にして、討伐伯として名を馳せているのだという男性こそが、ミュゲの目的だった。後戻りはできず、というか繰り返しになるがそんな選択肢など元より存在せず、だからこそここが粘りどころでありふんばりどころだ。
一応その『旦那様』には話が通っているらしいし、ならばあとは自分が頑張るだけである。ちょっとどころでなく色々丸投げにされたような気がするのは気のせいではないが、だからといってもう文句を言うのもなんだかなぁ、という気持ちが心からの本音だ。
どうあっても自分で頑張るしかないのだ、結局は。
――それにしてもここまで反応がないとなると、もしかしてお留守でしょうかねぇ?
だとしたら『旦那様』が帰ってくるまでこの場で座り込みでもするしかないだろうか。とめどなく降り積もる雪の中で待つのは心身に堪えるが、こればかりは仕方ないと諦めるより他はない。
――ミュゲさんはこれくらいじゃめげませんよぉ!
王都エスミラールよりもよっぽどこのヒューエルガルダ領は冷たく凍えるような寒さを誇るが、『旦那様』と対面するよりも先に凍死するようなことにはならないだろう。たぶん、おそらく、きっと。
とりあえず手持ちの旅行鞄を足元に下ろし、ほう、と、エッカフェルダントの慣例に倣って着用している、シエ家の紋章が刻まれた手袋に覆われた両手に息を吐きかける。さて、もう一度。
「すみません、どなたか……っ!?」
再び声を張り上げようとした、その時だ。目の前の扉が、じれったくなるくらいにゆっくりと開かれる。あ、とミュゲは口をつぐみ、そして、扉の向こうに立っていた存在を前にして、大きく若葉色の目を見開いた。
「――僕が、この屋敷の主人だが。ここがヒューエルガルダ領討伐伯の屋敷と知っての来訪か?」
淡々とした、温度を感じさせない声だった。その声の持ち主は、ミュゲよりも頭一つ分以上高いところから、こちらのことを冷ややかに見下ろしている。その瞳の色は、鮮やかな美しい金糸雀色。切れ長のそれは長く濃い睫毛に縁どられ、その睫毛がこの振り続ける雪のように白い肌に影を落としている。手入れの行き届かないミュゲの桃色の髪とは大違いの、いかにもやわらかそうでつややかな髪は乳白色。ミルクのように優しい色をしたそれは長く伸ばされ、緩く三つ編みにされて背に流されている。
こちらの返事を待ってくれているのか、沈黙を保ってただこちらを見下ろしてくる美貌の青年をぽかんと見上げていたミュゲは、思わず呟いた。
「びっくりしたぁ……とびきりの美人さんだぁ……」
「は?」
冷然とした美貌を誇る青年の、整った眉が、器用に片方だけ持ち上げられる。何をいまさらのことを言っているのか、とでも言いたげな表情に、「そりゃあこれだけ美人さんなら、これくらいの賛辞なんて慣れていらっしゃるかぁ」と感心しつつ、ミュゲは、先ほどの青年の問いかけに対して答えるために、片手を挙げてぴしっと敬礼する。
「はいっ! オルテンシアス・シエ様。もちろん存じ上げております! 旦那様のご事情も、もちろん承知の上でやってまいりましたぁ」
王都にて耳がタコにできるほど言い聞かされたあれそれを思い返しつつ、青年の名前を間違いなく口にする。青年――その名をオルテンシアス・シエという美貌の彼は、こちらが間違いなく彼の名前を口にしたというにも関わらず、なぜか頭痛をこらえるように、ミュゲと同じくシエ家の紋章が刻まれた手袋に覆われた片手を、自らの眉間へとあてがった。
――あらぁ?
予想外の反応に目を瞬かせると、青年、もといオルテンシアスは、大層うろんげなまなざしを向けてきた。あららら? と首を傾げてみせれば、ますますその瞳に宿る光はうさんくさいものを見るそれへと変わる。あらららららら? とこれまたさらに首の角度を傾けると、彼はそれはそれは迷惑そうにミュゲを見つめ返してくる。
「……それで、何の用だ? 手短にすませてほしい」
今度は眉間ではなくこめかみを押さえながら、オルテンシアスは溜息まじりに問いかけてきた。言葉にこそされなかったが、はっきりと、「とっとと帰れ」という本音が透けて見えている。
だがしかし、これでめげるような軟弱な神経をしていたら、そもそもミュゲは王都からこんな辺境くんだりまで来てはいない。たとえ命令であったとしてもだ。
だからこそ、あえて青年の本音に気付かないふりをして、「せっかちさんですねぇ」とのんびり呟きつつ、気付けば頭の上に降り積もっていた雪を払い、真っ向からオルテンシアスの瞳を見上げた。
――綺麗な目だなぁ。
まるで晴れ渡る冬の空の、冷たく澄んだ空気の中で輝く、月のような瞳だと思った。ともすれば見惚れそうになってしまうくらいに美しい瞳だ。けれどそのままじぃと見つめていたら、なぜかオルテンシアスの方が気圧されたように息を吞んだので、「いけないいけない、不躾でしたねぇ」と気を取り直し、にっこりと、両頬にえくぼを作って笑う。
「私はミュゲ・アルエット……じゃなくて、ミュゲ・シエと申します。オルテンシアス・シエ様の妻になるためにやってまいりましたぁ。不束者ですが、なにとぞよろしくお願いいたします、旦那様!」
――よし、掴みはばっちり!
――言ってやりましたよミュゲさんは!
だが、そうやって内心で両手をぐっと握り締めて自分を褒め称えるミュゲとは裏腹に、オルテンシアスの反応は、お世辞にもいいものとは言いがたかった。
「…………………………は?」
長い沈黙ののちに、コレである。何を言っているんだこの娘は、と、今度はいよいよ信じられないものを見る目でこちらを見下ろしてくるそのまなざしに、ミュゲは若干傷付いた。
~~~~~~~~~(続きは本編へ)~~~~~~~~~~