こんにちは!
週末には一迅社文庫アイリスの1月刊の発売日
ということで、今年も新刊の試し読みをお届けいたします(≧▽≦)
試し読み第1弾は……
『かけだし女官は溺愛魔術師のご主人さま』
著:瀬川月菜 絵:ねぎしきょうこ
★STORY★
「――逃がしませんから、ね」
戦乙女と讃えられた前世の記憶がある、男爵令嬢エルルの今世の目標は結婚すること! そのために婚活に有利な王宮女官を目指したのに……。魔術師長ヴィレイグに出会った直後に前世がバレてしまって!? おまけにおかしな事態に陥り――。
婚活したい新米女官と彼女を絶対に手に入れたい魔術師長の転生王宮ラブファンタジー。
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「会いたかった……会いたかった。この日をずっと待っていました、グウェンドリン」
「っ!?」
驚愕で恐慌をきたしながらエルルはがたがたと身体をよじるが、びくともしない。
「だ、だ、誰かとお間違いですよ!? 私はそのような名前ではありません!」
「間違うなんてありえない」
拘束が緩んだ絶好の機会にも関わらず動けなかったのは、儚いものに手を伸ばすように触れられないでいる指先と、再び溢れる涙と哀惜を宿した金銀の瞳に心を震わされたから。
「グウェンドリン。今度は、絶対に離さない」
その手が何もかもを絡め取る前に。
前世と今世のすべての反射神経を結集させたエルルはぴゃっと凄まじい勢いで逃げ出した。
体当たりで破ろうとした扉は避けるように勝手に開き、やっと恐ろしい部屋から脱出する。
(おかしい、絶対何かがおかしい!)
何だあの確信に満ちた台詞。エルルの前世がグウェンドリンだと両親にすら話したことがないのに今世初対面のヴィレイグが何故知っている。
全速力で来た道を戻り女官棟を目指す。人目があるところなら暴挙には出られまい。王宮では噂一つで破滅するし、無体を働けば然るべき処分が下されるのだから。
前方にソレアたち先輩女官の姿を見つけたときの安堵は筆舌に尽くし難い。迫る足音を聞いて振り向く二人に、エルルは助けを求めて手を伸ばす。
「相変わらず足が速いですね!」
「ひっ!」
だがどこからともなく現れた満面の笑みのヴィレイグにその手を握られてしまった。
咄嗟に足を止めた勢いを殺せず彼の広げた腕の中に転がり込む。しっかり抱き止められると、苦い柑橘と辛みのある香水をかすかに感じてぼうっとなった。
「大丈夫ですか?」
「……はっ! は、はい。ありがとう、ございます」
息が上がってろくに言えたものではなかったがヴィレイグは嬉しそうににっこりした。
「エルル、大丈夫!? 女官長様とのお約束の時間に現れないと聞いて心配していたのよ」
またぼうっとしかけていたエルルは慌てて首を振ると、駆けつけたソレアに謝罪した。
「お騒がせして申し訳ありません! 手違いに巻き込まれてしまって……女官長様にお詫びすることはできるでしょうか」
「誠心誠意謝罪すれば話を聞いてくださらない方ではないわ。大丈夫よ」
「ちゃんと話を聞くよう俺がなんとかしますから安心してください」
会話に加わる魔術師長に、エルルは固まり、ソレアは何とも言い難い微笑みを浮かべた。
「あの……エルル? 魔術師長様とはお知り合い、でいいのよね……?」
「いいえ、」
「そんな軽々しいものじゃない。彼女は俺の女神。運命で世界、この世の幸いのすべてだ」
しんっ、と辺りが静寂に包まれる。ソレアだけではない、野次馬と化した多数の女官や見習い、通りかかっただけの侍従や兵士たちも動きを止めていた。
「……初対面です」
これほど空虚に響く言葉もない。
だが『エルル』とヴィレイグは本当にこれが初対面なのだ。主張を曲げる気はないと、エルルはどこまでも関わりのない人間として言葉を続ける。
「魔術師長様は勘違いなさっておいでです。私は今日初めてお目通りが叶ったのですから」
「どうしてそんなつまらない嘘をつくんですか?」
「誓って申し上げますが本当です。離していただけませんか、魔術師長様? 皆様にご迷惑をおかけしたので早く仕事に戻りたいのです」
「仕事なんてとんでもない。十分頑張ったんですからこれからは俺の金で暮らしてください」
怖い。おかしいことを言っているのに何故聞き分けてくれないと困り顔なのが怖い。
うっすら青筋を浮かべながらエルルは懸命に笑顔を作りヴィレイグの腕から脱出を試みる。
「何を仰っているかわかりません。いい加減離してくださらないと、警務官に訴えます」
「エルルは嘘をつくような娘ではありません。初対面と言うのならそうなのでしょう。魔術師長様、どうかその子を離してやってください」
「ソレア様……!」
味方をしようと言葉を添えてくれた先輩女官にエルルが感動したそのとき、野次馬たちは鋭く息を呑み、あるいは蒼白になった顔で無意識に「まずい」と呻いた。
「……何も知らない人間が……」
割れ鐘のような声がしてエルルとソレアもヴィレイグの様子がおかしいことに気付いた。
一切の感情が消えた顔、対象を確実に見定めた目。指先が宙に文字を描く。
だが何をしようとしているのかわからずエルルはきょとんと瞬きを繰り返す。
(何か、書いている?)
ヴィレイグは魔術師。その魔術師が綴るといえば、力ある魔術文字だ。
ならば魔術を使おうとしているのだろう。しかしそれで何をしようというのか。
「俺と彼女を引き離すのなら容赦はしない」
呪うような声も視線もただ一人に、ソレアへと向けられていた。
(えっ? まさか、ソレア様を攻撃しようとしているの!?)
――この世界には汚毒と呼ばれる天災が存在する。
それは神と人を滅ぼすと予言されて神の国の大岩に繋がれた邪神ロキセックの嘆きと怨嗟が人の世に漏れ出したものだという。その汚毒から生じる魔物は破壊衝動に突き動かされてあらゆる生き物を殺そうとする。
その脅威から身を守るため、魔術を使う魔術師団、武器を手に戦う戦師団が組織された。
だがいま、人と国を守るために存在する魔術師が魔術で意味もなく人を攻撃しようとしているのだ。エルルは混乱し、思わず問いかけていた。
「そんなことをして、どうするの……?」
するとヴィレイグはとても綺麗な顔で笑った。
「今度こそあなたを守ります」
――嫌です、と泣き叫ぶ少年の声がする。
『嫌です! 俺一人で行きません。あなたについていきます!』
王都に近い森に発生した汚毒は、その規模から、かつてないほど危険で強大な魔物が生み出され、命に惹かれる本能のままに、大勢の人々が暮らす王都を標的と定めたと予想できた。
それを食い止めねばならないとグウェンドリンは思った。制止する従者に助けを呼ぶよう指示して逃がすと、決して無事では済まない戦いに挑み……そうして、命を落とした。
戦師であることが誇りだった。令嬢らしさを捨てた自分の唯一のよすがだったからだ。人並みの幸せが望めないのなら戦師として生き抜こう。たとえ命を失っても人々の幸いを守るものであろうと願い、まっとうしたことに満足して最期を迎えた。
そんなグウェンドリンを、従者だったヴィレイグは誰よりも近くで見ていたはずなのに。
(魔術を使って、人を傷付けて、私を守るって?)
純真無垢な笑顔に、エルルは――ぶちっ、という、怒りの限界を突き破った音を聞いた。
がごっ。
「あ、ぐっ」
半身をひねってヴィレイグの顎下を掌底で突き上げたエルルは、緩んだ腕から逃れると両足で地を踏みしめ、渦巻く怒りのすべてを込めて咆哮した。
「……いい加減にせんかこンのたわけ――ッ!!」
びりびりと空気を震わせた声は高く透き通っていたが、可憐な少女から発せられるにはいささか乱暴に過ぎる内容で、居合わせた全員が目を剥いた。
~~~~~~~~~(続きは本編へ)~~~~~~~~~~