『皇帝陛下の専属司書姫 攻略対象に恋人契約されています!』を試し読み♪ | 一迅社アイリス編集部

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こんにちは!

本日も来週発売の一迅社文庫アイリス7月刊の試し読みをお届けいたします(*''▽'')

試し読み第3弾は……
『皇帝陛下の専属司書姫 攻略対象に恋人契約されています!』

著:やしろ慧(けい) 絵:なま

★STORY★
ゲームの悪役に生まれ変わっていたことに気づいた伯爵令嬢カノン。18歳の誕生日、異母妹(ヒロイン)を選んだ婚約者から婚約破棄されたカノンは、素直に受け入れ皇都に向かうことに。目的は最悪な結末を逃れ、図書館司書として平穏な人生を送ること――だったのだけれど、ゲームの攻略対象である皇帝(ラスボス)と恋人契約をすることになってしまい……!? 婚約者も義弟も上司も攻略対象で、私はヒロインの踏み台!? ご都合主義なゲームの悪役なんて冗談じゃない! 悪役令嬢のお仕事×契約ラブファンタジー。

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「ご令嬢は魔獣に騎乗するのは初めてだとか。一人で騎乗は心もとない。私が随行しよう――シュート。お前はあとで来い。遅れても構わない」
「御意」

 ――どうやらこの男と同乗して皇宮へ向かうことになるらしい。

 ジェジェはぶるっと身体を震わせて立ち上がった。

「あー、失言しちゃった。ハイハイ乗ってイイですよ~。早くして」

 駅員がよろしいですか? と心配そうにカノンを見る。カノンは頷いた。
 騎士二人をじっと観察していたレヴィナスに近づき、別れを惜しむ。

「色々とありがとう、レヴィ。またね」
「義姉上も息災で。――手紙を書きますよ」

 カノンは騎士達を向き直った。

「騎士団の方に同行していただけるなら心強いです。――一人だと落ちるかもしれないし」

 フードの男は身をかがめたジェジェに騎乗するとカノンに向かって手を差し出した。
 剣を握るからか男の手は大きく、硬く――氷を思わせるようにヒヤリと冷たい。
 変温動物っぽい人だなと思いながら促されるままに彼の前に騎乗する、じゃあ、飛ぶよ、とジェジェが言い、二人と一匹はふわりと空に舞い上がった。

「絶景だわ……!」

 高度が上がるにつれて、ルメクの全貌が視界に飛び込んでくる。
 カノンは興味津々で見下ろした。
 白い岩山に太陽の陽が当たり、反射した光がまっすぐに城下を南北に貫く大通りを照らし、上空からは道が七色に染められているのがわかる。
 美しい光景にカノンは目を細めた。空耳でオープニングの音楽が聞こえてきそうだ。

(まったくばかげた話だけど、ここって本当に――ゲームの世界と同じなのね)

 カノンは心の中でぼやく。
 記憶を取り戻してから、トゥーランの国とは明らかに違う国で「カイシャイン」として暮らす自分の夢を繰り返し、繰り返し見た。
「彼女」が持つ小さな箱に映し出される「ゲーム」で繰り広げられる物語の世界が自分の暮らす世界と似ていて……。
 本好きな母親に似て自分は夢想家が過ぎるのではないかとしばらく思い悩んでいたが、ただの妄想で片付けるにはあまりに「カイシャイン」時代の記憶は鮮明で、しかも自分の置かれた状況と重なることが多すぎだ。
 カノンが遊んでいたのは「虹色プリンセス」というふざけた名前のゲームで、攻略対象は七人、それぞれが七つの大罪になぞらえた「傷」を持っている。その傷をシャーロットや他にもう一人いる「ヒロイン」達が癒さないと家や国(!)が滅ぶというなんとも物騒な仕様だ。しかも、攻略対象のうち二人は十二歳のカノンの側にはすでにいた。婚約者の「傲慢」なオスカーと、義弟の「嫉妬」するレヴィナスの二人だ。
 それ以外にも出会ってはいないが「憤怒」の業を背負った皇帝、「怠惰」の属性持ちである大公も存在だけは知っていた。
 残りの強欲、色欲、暴食のキャラはストーリー後半にならないと出てこないキャラで……こちらは現在どこにいるかは知らないが、できれば一生会わずにいられたらな、と思っている。
 とまあ、他の五人がどういうキャラクターだったかは、自分の上司だった皇帝を含めぼんやりとしか覚えていないが。どちらにしろ攻略対象とは距離を置くのが賢明だ。
 なにせ、婚約破棄に怒り、皇帝の手先になったカノンは悪役で当て馬なのである。
 怒りのままに異母妹シャーロットを邪魔しては返り討ちにされていた。
 オスカールートを邪魔する場合は「カノン、絶対オスカーに殺されて庭に埋められたな」なんて描写もあったのだから。
 おかげでこの数年、オスカーの前では綱渡りをするような心地で過ごしていたカノンは遠い目をする。
 そもそも、ヒロインのシャーロットもおかしくないだろうか。いかに姉が邪魔な存在だったからと言って、姉を庭に埋めるような男と幸せになろうだなんて普通の神経なら思わない。
 平穏に人生を送りたい一心から、シャーロットと敵対しないように父に疎まれないように過ごしてきたけれど、結局は家からも追い出されて、オスカーもシャーロットを選んでしまった。恐るべし、ゲームの強制力……といったところか。
 それとも「埋められ」なかっただけでもよしとするべきなのだろうか。

「虹色プリンセスだなんて、……可愛いタイトルでごまかされているけど、攻略対象が大罪持ちだなんて危険すぎる」

 一体どういう意図であんな物騒なゲームを作ったのか。
 そこまで考えてカノンは首を振った。やめよう、もう考えても仕方がない。
 攻略対象とも妹とも離れたし、父親とも多分、縁が切れた。
 色々と無言で考え込んでいると、不意に耳元で低い声が聞こえた。

「魔獣に乗るのが初めてな割には、怯えていないな?」

 カノンの背後で沈黙していた騎士が問う。話しかけたというより、独り言の感想のようだ。
 カノンは微笑みながら振り返る。

「見晴らしがよくて、素晴らしいです。毎日でも乗りたいくら――いっ」
「前を向け。危ない」

 頬を片手で掴まれ、顔をグイっと前へ向けられて、グキっと首から妙な音がした。
 イッタい! とカノンは目を剥いて抗議しようとしたが、騎士の低い声で反論は遮られた。

「この高さから落ちたら死ぬぞ。初心者は調子に乗らないことだ」
「……ご忠告、ありがとう、ございます……」

 貴族令嬢に何たる扱いだろうか。
 無礼な男だわ、と一瞬腹が立ったが、確かに空の上ではしゃぐのは危ないと思い直し、首を押さえつつ冷静に……礼を言う。

「痛みとともに、覚えておきます」
「わかればいい。――それで? 皇太后様の魔猫に騎乗しているということは、ご令嬢は新しい侍女として皇宮に出仕するのか」

 カノンは首を傾げた。侍女? 確かに、そういう提案を皇太后はしてくれたが……カノンの望むことではなかったので、丁重に断っている。

「……いいえ。皇太后様の許しを得て、今後は図書館に勤務します。……予定ですが」

 へえ、と男の声に初めて感情が宿った。

「図書館で?」
「はい。本が好きなので」
「皇太后は――ここ最近、数人の侍女を迎えた。令嬢もその一人かと思ったが。違うのか」
「それは……知りませんでした。皇太后様の近辺は人の入れ替わりが多いのですか?」

 手紙で窺い知れる皇太后の人となりは「清廉潔白で優しい人」なのだが、ひょっとして職場はブラック企業なのだろうか。
 騎士はカノンの疑問に、いや、と否定した。

「皇帝……陛下、の身辺に女性がおられないのを心配なさっているのだろう。皇太后様の居城には皇帝陛下もよく訪問するから、ご令嬢達は必然的に皇帝の目に留まる」
「ははあ……、なるほど。それで、若い女性を……集めて」

 そういえばレヴィナスもカノンに「どうせなら陛下のお目に留まるように侍女になれば」と言っていた。行儀見習いの女性達を皇帝が見初めれば、孫の行く末を心配する皇太后にとっては万々歳なのだろう。

「皇帝陛下にふさわしい、良い方がいらっしゃるといいですね」
「……他人事だな、ご令嬢。皇帝陛下には、興味がないと?」

 揶揄うような口調に、カノンはちょっと沈黙した。
 カノン達を乗せていたジェジェが口を挟んだ。
「俺はなーい、あんな横暴な野郎、全然魅力を感じなーい」と大きな声で言う。カノンはそんなこと言ったらだめよ、とモフモフした首筋をぽんぽんと叩く。魔猫の物言いに男はチッと盛大に舌打ちした。

「野良猫が」

 そうか、背後の無礼な男は近衛騎士なのだ。
 主君である皇帝に対してあまりに興味がない態度をしたら不快を感じてもおかしくない。

「興味がないなどとそんな無礼なことは思いません。臣下として陛下のお幸せと皇国の安寧を、常に祈念しております。……遠くから」

 最後に本音を付け加えると、騎士はそれに気づいたらしい。

「は。ずいぶんと迂遠な言い方だ」

 カノンは首を傾げた。

「向き不向きがありますもの。私は華やかな場所より引き籠っている方が性に合います」
「皇宮よりも本にまみれて過ごすほうがよほど楽しいと思われるのも悲しいものだな」

 男がなぜか自嘲気味に笑ったところで皇宮の門が見えてきた。
 城へ向かって魔猫が高度を下げていく。白亜の城は想像していたよりもずっと荘厳で大きい。
 人々の動く気配も伝わってきてまるで一つの街のようだ。
 カノンは賑やかな気配に胸を高鳴らせた。

「本当に美しい城ですね。それに、賑やか。何人くらいの人が働いているんだろう……」
「ざっと三千人くらいだ」
「そんなに? ――私の領地の人数の半分くらいですね……」

 パーシル領は貧しい土地ではないが、屋敷で働く人数はせいぜい百。
 皇宮とは文字通り、けた違いだ。

「皇太后の宮には百人程度の人間が仕えている――あとはそこの猫が案内する……のか?」
「もちろん、任せてよ」

 魔獣がピンと尾を立てた。

「ならば、あとはお前に任せる」

 軽やかにジェジェから降りた男は魔猫から少し離れてカノンを見上げる――と同時に皇宮の端にある礼拝堂の鐘が鳴った。正午の鐘だ。

「――さて、姫君のおかげで正午に間に合った、礼を言う。任務をさぼって城下で遊んでいたのがばれたら、うるさい奴につまらない小言を喰らうところだった」


~~~~~~~~(続きは本編へ)~~~~~~~~