『お狐様の異類婚姻譚 元旦那様が恋を知り始めるところです』を試し読み♪ | 一迅社アイリス編集部

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という編集部ブログ。

こんにちは!

明日は一迅社文庫アイリス8月刊の発売日!!
ということで、本日も試し読みを実施します(≧▽≦)

試し読み第2弾は……
『お狐様の異類婚姻譚 
元旦那様が恋を知り始めるところです』


著:糸森 環 絵:凪 かすみ

★STORY★
もののけたちの世界で薬屋を営む雪緒の元旦那様は、八尾の狐・白月。彼のことが信用できないでいたが、ついに復縁することを決意!ーーしたのに、雪緒が鬼の青年に執着されたことを理由に周囲に反対されてしまう。そんな中、里で呪が原因と思われる奇妙な病が流行りはじめて……。え? これは鬼の呪で、原因は私!? 仕方なく里を出ることにしたら、かわいいモフモフがお供についてきました!?
大人気★お狐様との異類婚姻ラブ第4弾! 
ゼロサムオンラインでコミカライズ連載中! 

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 その夜のことだ。宵丸と千速を先に眠らせて、雪緒が一人翌日の食事の仕込みをしていると、土間の戸がカタリと音を立てた。風が立てた音ではない。
 雪緒は仕込みを中断し、木戸へ近づいた。ここの土間は、屋敷自体が豪奢なこともあって、雪緒の見世よりずっと広く大きい。天井だって高い。羨ましい限りだ。
 木戸を開こうとして、わずかにためらう。先月の祭事の夜に、鬼に攫われた記憶が蘇る。
 淡い恐怖を振り払い、気を取り直して木戸の把手に指をかけたら、外側からとんと軽く叩かれ、雪緒は肩をゆらした。とっさに自分の口を片手で覆う。声を出してはいけない気がした。

「――雪緒? そこにいるか?」

 ややして、木戸越しに声をかけられ、雪緒はうろたえた。
 声の主は、雪緒の元旦那様である白狐の大妖、白月だった。

「こら、返事をしなさい」

 笑いを含んだ声で叱られ、雪緒はますます落ち着かない気持ちになった。

「こんな夜分に、どなたです?」

 雪緒はつい、相手がわからぬふりをした。おや、と木戸の向こうで白月がおもしろそうな声を出す。どんな表情を浮かべているか、容易に想像がつき、雪緒は眉間に皺を寄せた。
 きっと彼は、ゆらゆらと尾をゆらし、楽しげに微笑んでいる。

「こんな夜分に、俺以外に忍んでおまえ様に会いに来る不届き者がいるのかな?」
「いるかもしれないじゃないですか!」

 見栄を張って言い返すと、木戸の向こうで軽やかな笑い声が響く。

「それはまた、許しがたい話じゃないか。まさか雪緒、だれかを迎え入れたことはないな?」
「……もしも、入れていたらどうなさいます?」
「そりゃおまえ様、噛み殺す」

 私を? それとも相手を? ……と、問う勇気まではない。
 しばらくまごまごしていると、こちらの葛藤が伝わったのか、また笑い声が聞こえた。

「早く戸を開けてくれないか。ちょっと両手が塞がっているんだ」

 はい、ただいま――そう答えようとして、雪緒はまた、ためらった。

「つかぬことをお聞きしますが、……本物の白月様ですよね?」

 なにしろいままで散々というほどに騙されたり攫われたり殺されかけたりしている。疑り深い性格になって当然ではないだろうか。

「本物も本物。おまえ様を想って眠れぬ夜をすごす、恋する狐様だぞ、ひれ伏せよ」
「恋する狐様」

 言葉の暴力、という表現が脳裏をよぎったせいで、雪緒の思考が停止した。

「私の知るお狐様は、騙し合いとか化かし合いはしても恋はしない。偽物だ。千速を呼ぼ……」
「待て待て。なんて理由で判断しやがる。雪緒め、最近小賢しくなりすぎだ。食うぞ」
「あっ、いつもの白月様だ。すぐ開けますね」
「おい、いまどこで俺だと確信した?」

 雪緒はその問いを無視して、戸に手をかけた。あれ、でもそういえば、両手が塞がっていると言っていなかったか――まさか白月に限って、花束を抱えている……わけがないか。

(うん。ないない。絶対ないな)

 雪緒は即否定した。途中で狩ってきた猪や熊の肉を担いでいるといったあたりだろう。

「できれば、解体してもらえると助かる――」

 希望を告げながら木戸を開けて、雪緒は言葉を呑みこみ、放心した。
 まさかもまさか。きらきらした青い花が目に飛びこんできた。

「開けさせた俺が言うのもなんだが、雪緒はもっと警戒しろよ……」

 呆れたように言う、青い花を大量に抱えた男の顔を、雪緒は凝視した。
 絹糸のようにつやつやした白い髪に、同色の狐耳。もっふもふの狐尾も同じ色。目は、淡い金色だ。見た目の年は二十歳を少しすぎたくらいだが、実際はもっと年上なのだとか。
 顔立ちは、いかにも妖しく、美しい。目尻に赤い隈取りがあり、それが透き通った印象の美貌に一筋の色気を与えている。
 この狐耳の青年こそが雪緒の元旦那様で、郷の御館でもある白月だ。本来は八尾なのだが、郷を支えるために七尾を落とし、地に封じているのだと言う。なのでいまは一尾しかない。
 今宵の衣は袖も袴も満月の色で、両腕に抱えている青い花がよく映える。雪緒の浴衣は青地に黄色の小花を散らしている。奇しくも青い花を抱える白月と反転したような色合いだ。

(いや、待って。これってよく見たら、花とは違う気がする。らべんだー、かと思ったのに)

 真剣に考えこんだあとで、雪緒は戸惑った。いま、なんの花だと思ったんだっけ?
 こういう、喉に小骨が引っかかっているかのような感覚を、雪緒は時々味わっている。単なる物忘れにすぎないのだろうが、もやもやする。
 その不快な感覚を振り払って、白月が抱える大量の花もどきに雪緒は集中した。

「青い麦の穂……?」

 雪緒の独白に、白月が微笑んだ。淡い金色の瞳が、ゆるやかに細められる。優しげなのにどこか油断ならない微笑に、雪緒は背筋がぞくぞくする。外道の美しさだと思う。

(私って本当にこの、自称恋するお狐様が大好きなんだなあ!)

 甘ったるいけれども、ちっとも甘くない。どころか、左手で抱き寄せて右手で引き裂くくらいのことは軽くやってくれる男だ。
 けれども、狐尾の先までたっぷり非道というわけでもない。そこに強く惹かれてしまう。

「星啼文庫だ」

 端的に言うと、白月はずんずんと遠慮なく土間に押し入った。
 雪緒は彼と向き合った体勢のまま、慌てて後退した。

「せいていぶんこ? って、ぶつかります白月様!」

 白月が立ち止まってくれないものだから、雪緒は土間の上がり近くまで後退させられた。

「麦の穂ではなくて、これは星啼文庫の羽根だぞ。雪緒にやる」

 と、白月は説明になっていない説明をして、麦の穂もどきを――星啼文庫の羽根とやらの束をぼすっと雪緒に押しつける。

「いい香り……! 麝香っぽいかも。羽根なんですか、これ? 意外と重いですね」

 腕のなかのものを見下ろして戸惑う雪緒に、白月は楽しげに尾を振った。

「今日の昼に、こいつがにょろにょろと空を飛んでいただろ? これはよいと思って捕獲を……、交渉をして尾羽をわけてもらったんだ」

 やはりよくわからぬ説明にぽかんとしたが、雪緒はすぐに、あっと閃いた。

(ひょっとして、『りゅうぐうのつかい』に似た古の精霊の羽根ってことかな)

 捕獲という物騒な言い方は気にしないことにして、雪緒は腕のなかの羽根を観察した。
 何度見ても麦の穂か、らべんだーに似ている。

「……あれっ。日中に泳いでいたあの精霊の種族って鳥なんですか? 魚じゃなくて?」
「うん? 魚っぽいか? 鳥だぞ。まあ、これも羽根というよりは、尾びれっぽいか」
「尾びれ……って、ああいう精霊にも名があったんですね」
「あいつはいわゆる古代鳥だからな。神格持ちだ」

 さらっとすごい事実を明かされた気がする。

「でもその、星啼文庫……? という古代鳥の尾羽を、どうして私にくださるんですか?」
「おっ。雪緒でも知らぬことがあるのか。ふふん」

 なんでそこですごく嬉しそうな顔をするのだろう、このお狐様は。

「これは霊薬にもなるし、煮汁は札を作るときにも使えるんだぞ」
「本当ですか!?」

 雪緒は身を乗り出した。『蛍雪禁術』で使う札を作るには、菖蒲魚という精霊の腹にある花が必要だ。しかし、今年はそれが不足しそうだったため、代用品を探していた。

「手に入ったから、すぐに届けてやろうと思ったんだ。貴重な羽根なので、皆には内緒だぞ」

 人差し指を口に当てる白月に、雪緒は破顔した。

「ありがとうございます!」
「ここに持ってきたのは一部だ。屋城にも保管してある。必要なときに持ってきてやる」
「さすが! 白月様!」
「どうだ。一途な恋する狐様に恐れ入ったか」
「一途な恋する狐様」

 言葉の暴風雨。

(――恋していると思わせたいのかなあ。あの手この手で来る)

 雪緒はわずかにちくりとした心から目を逸らし、羽根の束を抱きしめた。
 本物の恋ではなくとも、気にかけてくれたことは純粋に嬉しい。

「手が塞がっているとおっしゃるから、てっきり猪か熊でも担がれているのかと!」
「……おまえ様とはよくよく話し合う必要があると思う」

 白月が狐耳をぎゅうっと前に倒した。

「ところで雪緒はこんな時間に飯を作っていたのか? 宵丸の野郎はどうした?」

 荒っぽい口調ながらも、なんだかんだで宵丸を心配しているのがわかり、微笑ましい。

「宵丸さんはもう休まれています。私は朝食の仕込みをしていたんですよ。鮭の切り身を味噌漬けにしようかなと。あとは鶏肉用の調味料。木の実を刻んで、醤油と蜂蜜と蜜柑の汁とかで作っておこうかなって。鶏肉とからめて焼くと香ばしいんですよね。明太子も作りたいから昆布も用意しなきゃ。それと浅漬けの準備も」
「雪緒。飯屋でも開く気か」
「開きません」
「だっておまえ様、千速に持たせる文も食い物の話ばかりじゃないか! 腹が減ってくる!」

 白月が怒った顔で訴える。
 雪緒は千速に頼んで、毎日のように白月のところへ文を届けてもらっている。
 それは宵丸の屋敷に寝泊まりする前からだ。返事がもらえた試しはないが、白月はこうして直接会いに来てくれた。心にしとしとと降っていた寂しさが消えたような気持ちになる。

「……少し、こちらでお食事していかれません?」

 白飯が多少残っている。山菜とまぜて醤油を塗り、餅のように焼く程度ならすぐにできる。

「……いや。だめだ。俺は宵丸と違って理性ある狐なんだ。食い気に負けてなるものか」
 夜食の誘いって、ここまで白月を葛藤させるほど罪深いものだったっけ。
「俺は多忙の身なんだぞ。いまだって、楓の目を盗んで屋城を抜け出してきたんだ。早く戻らねば、見つかってしまう」

 白月が悔しげに狐耳をぴこぴこさせた。
 楓とは、白月の腹心の怪だ。一見もの静かな男だが、怒らせるとこわい。

「そうですか。楓様によろしくお伝えください」

 雪緒は、はにかんだ。白月と短い夫婦生活を送っていたとき、楓には色々と世話になった。

「嫌だ。だれがよろしくお伝えするものか」
「はいっ?」


~~~~~~~~(続きは本編へ)~~~~~~~~

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