『魔法使いの婚約者10』を試し読み♪ | 一迅社アイリス編集部

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という編集部ブログ。

こんにちは!

アイリスNEO5月刊の発売日まで、あと少し!
ということで、今月もアイリスNEO 5月刊の試し読みをお届けいたしますо(ж>▽<)y ☆

今月の試し読みは……
『魔法使いの婚約者10
マスカレードで見つけてくれますか?』


著:中村朱里 絵:サカノ景子

★STORY★
五年に一度の精霊達と楽しむ特別な七日間である≪祝宴≫。その日を、王宮筆頭魔法使いで最強の旦那様であるエディや双子達とともに参加することを、フィリミナは心待ちにしていてた。そして当時を迎えたフィリミナは――。
待望の書籍完全書き下ろし10弾!

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 ざわり、と。突然人々が沸き立った。そのざわめきは徐々にこちらへと近付いてくる。何事か、と目を瞬かせる私をよそに、私の手を解放した姫様は、そのたおやかな両腕を胸の前で組んで、チッと姫様らしからぬ舌打ちをなさる。

「邪魔が入ったわね」

 心底忌々しげに吐き捨ててから、姫様は背後を振り返る。その視線の先を追いかけて私もそちらへと視線を向ける。
 そして、息を呑んだ。


 ――白だ。


 そう思った。真っ白な存在が、こちらへと近付いてくる。
『前』の世界で言うような着物や漢服を思わせるその衣装は、東方の異国のものだろうか。上等な、まるで雪のように白い生地が、惜しげもなく使われた、たっぷりとした長い袖や裾。同じく白色で刺繍が施されたその衣装は、白一色であるというのに不思議とどんな色よりも鮮やかだ。
『前』の世界の白無垢の打掛そのもののようなローブをゆったりと羽織り、同じく白の綿帽子を頭に被っている。深く被っているその綿帽子の下は、白塗りに朱色で隈取がなされた狐の仮面で顔の上半分が隠されている。その仮面は、左目にあたる部分に、黄金でわざわざ傷のような紋様が刻まれていた。
 誰もが息を呑み、そのまま呼吸を忘れて、圧倒的な存在感を放つ長身の白い存在に見入っている。仮面に隠されて、その顔は窺い知れないというのに、何故だか誰もが、その存在がとても、とても美しいことを、本能的に理解していた。
 そんな存在がしずしずと歩み寄ってくるのを、私もまた呼吸を忘れて見つめていた。そうして、その『白』が、私の前までようやく辿り着いてくれる。仮面の向こうから無言で見下ろしてくる目の前の美しい存在に向かって、私は唇を震わせた。



「……エディ」


 問いかけるまでもない。確認するまでもない。目の前の白い存在が、私の夫であるエギエディルズ・フォン・ランセントであることを、私は確信していた。
 だからこそ口にしたその大切な響きに、目の前の白をまとう人物は、その唇を満足げにつり上げる。

「言っただろう? 必ずお前を見つけてみせると」

 その手が伸びて私の左手を取り、その薬指――朝焼け色の魔宝玉がきらめく銀の指輪の上に口付けてくる。指輪越しであるというのに、その感触は、優しくも熱いものだった。
 ぶるりと全身が震えそうになる。仮面をつけているのに、きっと私の顔が真っ赤になっていることは、誰の目にも明らかだろう。けれどそれをこの男に知られるのがなんだか悔しくて、私はつんと顔を背けてみせた。

「わたくしだって、すぐにあなただって気付きましたもの」
「ああ、そうだな」

 嬉しそうに男は笑う。口元に浮かべられた鮮やかな笑顔に、強がっているのが馬鹿らしくなってしまって、私も笑った。

「……そろそろ、あたくしが口を挟んでもよろしくて?」
「あ、は、はいっ!」

 いかにも呆れ果てていることが窺い知れる、それでも鈴を転がすような美しい声音に、私は慌てて姿勢を正してそちらへと向き直った。男がチッと舌打ちをして、仮面越しでもそうと解る鋭い視線で姫様を睨み付ける。

「馬に蹴られるぞ」
「その前に退散させてもらうことにするわ。もう、あたくしの方が先だったのに。フィリミナ、まだ《祝宴》は六日間もあるんだもの。必ず一度は一緒に踊りましょう」

 絶対よ、と言い残し、颯爽と踵を返して人混みの中へと姫様は消えていってしまわれた。ああ、お名残惜しい。凛と背筋を伸ばされている姫様の後ろ姿を見送って、私は再び男と向き直った。

「もう、エディ。せっかく姫様と踊るチャンスでしたのに」
「俺では不満か?」
「そうは言っておりません。ただ、順番というものが」

 ありましょう、と続けようとして、それはできなかった。男に強く手を引かれて、その腕の中に飛び込む羽目になったからだ。
 突然のことに目を白黒させる私の耳に、大きな溜息が届く。そのいかにも物憂げで沈痛な響きを宿した吐息に、私は男の腕の中で顔を上げ、狐面に隠されたその顔を見上げる。

「エディ?」
「なんなんだ、そのドレスは」
「え?」
「余計な虫を引き寄せる格好にはしてくれるなと、義母上達には頼んでおいたはずだったんだが。なんだそのラインは。スリットは。ガウンがあるから安心だとは思うなよ。その透けるレースの陰影が余計にまずい。お前は俺をどうしたいんだ」
「と、仰られましても……」

 褒められているのか、けなされているのか。実に解りかねることをぶつくさと言い募る男に対し、もう苦笑するしかない。まだ言い募ろうとする男の唇を、そっと人差し指で押さえて、私は笑った。

「お母様が、《祝宴》くらいはあなたの色に染まってさしあげなさいと。ふふ、黒は黒蓮宮の魔法使いの皆様のローブと、喪服としてしか許されていませんものね。わたくしもこのデザインには驚かされましたが、でも、こうしてあなたと同じ色をまとえることを嬉しく思います」
「……俺の色、か」
「はい。ですがエディ、忘れないでくださいまし。あなたの色をこの身体にまとえるのは今回ばかりですけれど、心はいついかなる時も、あなたの色に」

 染まっております。そう続けようとしたところに、こつん、と。私の鼻先に狐面の鼻先がぶつかる。
 何事かと目を瞬くと、間近にある狐面の向こうで、朝焼け色の瞳に悔しそうな光が揺れている。これはどうやら私にキスしようとしたらしい。だがしかし、鼻先が前方に出ているデザインの狐面のせいで、唇が触れ合うことは叶わなかったらしい。

「あらあら」
「…………」

 いかにも不満げに口をへの字にする男に、ついつい笑ってしまった。なるほど、こういう弊害は考えていなかった。男もまさかこんなことになるとは考えていなかったらしく、「東国に倣いすぎたか」と悔しそうに吐き捨てている。

「エディこそ、そのお衣装はどうなさったのですか?」

 目立つことを厭うこの男がわざわざこんなにも目立つ衣装を選ぶとは、一体どういう心境の変化なのだろう。首を傾げて問いかけると、男は少しばかり迷うように口を開閉させ、それからゆっくりと言葉を紡いだ。

「適当に流行りの衣装を揃えようかとも思ったんだがな。お前にとってはほとんど初めてのような《祝宴》だし、それに」
「それに?」

 何やら言い淀んでいる男の台詞の先を促すと、男は神妙な声で「笑うなよ」と続けた。いや、とは言われても。

「内容によります」

 うむ。そんな風に言われたら、かえって笑ってしまう確率の方が高くなる気がする。だからこそ正直に答えたのだが、それが悪かったらしい。男は「なら、言わない」と、ぷいっとそっぽを向いてしまった。

「そこまでわたくしが笑ってしまうような内容ですの?」

 一体何を言おうとしているのか、ここまで来ると気になって仕方がない。せがむように「エディ」とその名を呼ぶと、いかにも渋々と言った風情で、男は続けた。

「……目立つ格好の方が、お前に見つけてもらいやすいだろう?」
「…………あら、まあ」

 それはそれは。そうかそうか、そういうことか。なるほどなるほど。

「だから、笑うなと言っただろう」
「ふっ、ふふふ、ふふふふっ、ごめ、ごめんなさいエディ」

 こみ上げてくる笑いを抑えきれず、男の胸に顔を押し付けて笑う。
 ああもう、なんてかわいい人なのだろう。私がこの男に見つけてほしいと思っていたように、この男もまた私に見つけてほしいと思っていた訳だ。運命なんて私以上に信じていないのに、それなのに!

「エディ」
「なんだ」

 仮面の下で仏頂面を浮かべているであろう男の左手を取って、先程男がしてくれたように、その薬指で光る銀色の指輪に、恭しく口付ける。

「見つけてくださって、ありがとうございます」

 どうしよう。今ならば運命なんてものを信じていいかも、などと思う私は、本当に現金な女なのだ。

「お前こそ、俺に気付いてくれて礼を言う」
「どういたしまして。お互い様ですね」
「そうだな」

 ふふふ、と笑い合い、そして密着させていた身体を離して一定の距離を取り、手を取り合う。そして男は、先程の姫様と同じ、紳士が淑女をダンスに誘うための一礼をしてみせた。

「この衣装は、東国の婚礼衣装だそうだ。相手の色に染まるための白。お前がもう俺の色に染まっているというのならば、俺のことも、今日改めて、お前の色に染めてくれ」

 なんとまあ恥ずかしいことを素面で言ってくれる男である。
 ああ、でも、その言葉が、こんなにもどうしようもなく嬉しい。

「――はい。喜んで」

~~~~~~~~(続きは本編へ)~~~~~~~~

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