明日は一迅社文庫アイリス2月刊の発売日!
ということで、本日は続けて試し読みを実施します(〃∇〃)
試し読み第2弾は……
『亡国の女王は求婚(陰謀込み)には屈しません!』

著:伊月十和 絵:由貴海里
★STORY★
国が滅ぼされ、ど田舎の小さな館に押し込められた元女王アンネローズ。普通なら悲嘆に暮れるところだが、めまぐるしい日々から解放された彼女は、第二の人生を絶賛謳歌中! そんな彼女は、三か月に一度訪れる視察官を、大公の嫡男である幼馴染みの青年ロイと見送ることになり――。
まったり生活したい元女王と腹黒策略家な青年の求婚ラブコメディ!
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「では、旅の無事を祈っているよ」
そうしてロイは視察官の背中を叩き、彼を玄関まで送っていった。
視察官はロイにまるで大公家の客人のように扱われ満足そうな表情だった。大公の息子という立場にありながら、本当に愛想がよくて気配りもできる、まったく優れた人物だ……となにも知らない人ならば思うところだろうが――。
「……ちっ。ねちっこくて嫌味で、不愉快な男だったな。死ねばいいのに」
視察官と、彼と一緒に来た従者が馬車に乗り込んだところを見届けると、ロイは笑顔で手を振りながら吐き捨てるように言った。
先ほどの温かい対応から一転、凍り付きそうな言葉に毎度のことながら苦笑いが漏れる。
「あの……先ほど次に来るときには俺の城に泊まれば、なんて親愛の情に満ちた言葉を聞いた気がするのだけれど……」
「口から出任せに決まっているだろう。社交辞令だ。そんなの真に受ける奴はいないよ」
真に受けていたみたいだけどなあ、とそう言われたときの視察官の嬉しそうな表情を思い出すと、切ない気持ちになった。
「しかも、ただ話を聞くだけでいかにもすごい仕事をしたように帰って行くのが腹立たしいな。給料泥棒め」
「給料泥棒……とは言いすぎではないかしら? わざわざハイデルドから来たのだし」
「本当にいい仕事だよな。君が大きく出られないのを知っていて、ただ偉そうにして話を聞くだけでよいんだから」
「ちょっぴりそうとは思うけれど……そういう仕事なのだから仕方がないわ」
そう、ロイはとてもとても外面がいいけれど、内面は結構アレな人なのである。
アレ、というのをどう表現すればいいか。
単純に言えば腹黒い。しかし彼のこの外見と中身のギャップをそんな言葉だけで表現していいのか。天使の顔をして中身は悪魔、ずいぶん多くの人が彼には騙されている。そういえば、悪魔とは堕天した元天使であるのだよな、ということを彼を見てついつい考えてしまい、なにが間違って彼は堕天してしまったのだろうと、夜寝るときによく思い巡らせてしまう。
「君はよくあの失礼で不愉快な発言に憤らないな、感心するよ。あいつが面白がって君にあれこれ聞いていることは分かっているんだろう? 何度『以前とは違って惨めな暮らし』と言わされていたか」
「もう慣れたわ。仕事熱心ね、と思うくらいかしら? それより」
アンネローズはロイへと向き返って、笑顔を浮かべた。先ほどの視察官に向けた作り笑いではなく、心からの笑みだ。
「今回も立ち会ってくれてありがとう。本当はロイが立ち会う必要なんてないのに」
要は立会人がいればいいだけの話で、それはこのフォルン村の村長でもいいし、ロイの従者でもいいのだ。
「そんな。将来の妻のためならばこれくらいたやすいさ」
ロイはすっと真面目な顔となり、優しげな微笑みを浮かべながら言う。
(また。そんな優しげな顔でそんな虚言を……昔から変わらないわね)
笑顔のロイを前にしてアンネローズは乾いた笑みを浮かべる。
実は、ロイとは幼馴染みなのだ。
彼とはレガリア王国に人質としてとられていた時に出会った。
アンネローズはロイを兄のように慕っていて、彼もアンネローズをよい友人として見てくれている。アンネローズが女王となり、そして女王の座を追われたときになんとか女王が処刑という事態にならないようにとロイがずいぶん奔走してくれた。
自国がアンネローズの国に攻め入ったことを止められなくて悪かった、とロイは珍しく神妙な面持ちとなって謝ってきた。
そして、もうちょっとあの工作とあの工作が上手くいっていればあの国王を陥れることができて、レガリア王国を我が手中に収めることができたのにな、とひとり反省会を始めた。でもあれを仕掛けるには時期尚早で、なににしてもあの宰相が……とかなんとか。ロイが国王だなんて、空恐ろしいことにならなくてよかったな、とフレア王国が滅んでしまってそれどころではなかったのに、つい考えてしまったくらいだ。
どんな工作を仕掛けようとしていたのかはともかく、普通に考えて大公の息子であるロイが国王の意向に逆らえなかったのは当然のことであり、逆に謝られる意味が分からない。元は女王の領土だったが今はシュタルク大公家の領土となったこの土地に、こうしてアンネローズを住まわせてくれていることに感謝の念しかない。
「ところで、求婚の返事を聞いていないんだけれど?」
ロイが不意に手を伸ばし、アンネローズの頬へと手を触れさせた。
急なことに驚き、ぴくりと肩を震わせてしまうと、彼はなんだかこちらをからかっているような表情になったので、わざと突き放すように言葉を紡ぐ。
「そんな、さも求婚を受ける前提のように言われても困るわ。何度もお断りしたでしょう?」
もうこのやりとりは挨拶みたいなもので、そのことをアンネローズは快く思っていない。
(だって、求婚ってもっと神聖なものだと思うもの)
しかし、元女王の自分は結婚なんて縁遠いものだから、こんなふうに、一応求婚してくれる相手がいるなんて幸せなのだろう、と思うことにしていた。
「いや、そろそろ結婚する気になったかと思って」
「残念ながら。私は結婚なんてしないわ」
「まだうら若い十八の美しい娘が、結婚をしないと決めているなんて嘆かわしいことだ。俺という相手もいるのに」
「ロイこそ、そろそろ他の女性に乗り換えてはどう? お父様もそろそろ孫の顔が見たいなんて思っているんじゃないかしら?」
「なにを言っているんだ、俺はアンネローズ一筋だよ。君が可憐に咲く一輪の薔薇だとしたら、他の女性なんてその辺に生えているぺんぺん草のようなものだ」
「……はいはい」
ロイの求婚が全くの嘘だとは思わない。
しかしそれは、なにかの陰謀のためだと思うのだ。
先にロイが自分で言っていたように、どうやら彼は国王を失脚させたがっているようで、それにアンネローズを利用するつもりなのではないか、と勘繰っている。
アンネローズは今はこんな暮らしをしているが、元女王であり、フレア王族の血を引いているのだ。フレア王国……今はレガリア王国フレア州ということになってしまっているが、そこに住まう人々は王族の血を尊いものと考え、もしロイとアンネローズが結婚してその子供がこの地を治めることになったら、それを歓迎するだろう。
あるいはフレア州から同士を集めてレガリア王国を征服へ? なんて可能性まで考えてしまう。ロイならやりかねない。
「とにかく、私のことは諦めて」
「そんなつれないことを言わないでくれ」
ロイはアンネローズの頬にかかっていた金色の巻き髪を自分の指にからめ、そこに口づけた。
「君が女王になったときにはもう触れることすらできないと思っていたのに、今はこんなに側にいられる」
「だっ、だからと言ってそんなに気安く触らないでくださる?」
つい声を荒らげてしまうのは、アンネローズが男性慣れをしていないせいでもあるし、相手がロイだからという事情もある。
(もう~~、そんなに簡単に触らないで欲しいわっ! これ以上惑わされるのはごめんよ!)
そして、それをロイには気取られないように平静を装わなければならないのだ。
「そう拒まれると、余計にどうにかしたくなってしまうな」
ロイがアンネローズの腰に手を回し、自分の方へと引き寄せようとしたところで、
「お話し中のところ申し訳ありませんが」
不意の声に振り返ると、侍女のメルがふたりの後方に立っていた。
~~~~~~~~(続きは本編へ)~~~~~~~~