『バームベルク公爵領の転生令嬢は婚約を破棄したい』を試し読み♪ | 一迅社アイリス編集部

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という編集部ブログ。

こんにちは!

アイリスNEO4月刊の発売日まで、あと少し!
ということで、試し読みをお届けいたしますо(ж>▽<)y ☆
第1弾は……
『バームベルク公爵領の転生令嬢は婚約を破棄したい』

くまだ 乙夜:作 潤宮 るか:絵

★STORY★
気付けば、公爵令嬢に転生していた私。婚約者は大国の王子様なんだけど、チートすぎるしクセがありすぎて私には無理です! しかも、私、薄幸フラグ満載の悪役令嬢ポジションなんですけど……。不幸な未来なんてお断り! この婚約、断固拒否いたします!! 王子ラブラブだった私の変わりように、周囲はパニック。婚約者の王子様は余裕の笑みを浮かべ、婚約破棄にある条件を提示してきてーー!? 転生令嬢と完璧王子の借金返済×婚約溺愛ラブコメディ!!
 
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「ディーネ、おい、ディーネ!?」
「やめて、寄らないで、さわらないで! この際だから申し上げますけど、わたくしジーク様とは結婚したくありませんの! ですから婚約は今すぐ破棄なさって!」

 ――よーし言ったー!
 パパ公爵には取り合ってもらえなかったが、直談判すればいい話だ。
 するとジークラインは眉をひそめて、急に何かを悟った顔になった。

「……もしかして、本当に何かの精神攻撃を食らってるのか? まさか、俺の知らない魔術で……?」
「わたくしは正気ですッ!」
「なら、理由ぐらい言うんだな。この俺の何が気に入らない?」

 ジークラインは本気で分からない、という顔をしている。

「俺の女になるのは最高の栄誉だろう?」
「そういうところがいやだって言ってるんです!!」

 ディーネは頭をかきむしる。だんだん言葉遣いがぞんざいになってきた。しかし気をつけて訂正する心の余裕はない。

「わたくし殿方は控えめな方が好き! ジーク様のように自信過剰な方とはやっていけません!」

 ジークラインはやはりまだよく分からないという顔をしていた。
 しかし彼は幼少時から十人に一度に話しかけられてすべての内容を正確に理解し、返答したという逸話もあるほどの天才。聖徳太子か。
 彼は瞬時にディーネの言わんとすることを汲みとった。

「俺の発言が自信過剰だってことはねえだろ……? 事実を控えめに述べているだけだから、お前の好みからも外れちゃいねえ」
「いやああああ! 中二病うううううう!」

 ディーネは耐えられないぐらいいたたまれないのに、身体は勝手にきゅんとときめいていた。以前のディーネは俺様何様な皇太子殿下に心酔していたので、自由気ままなおっしゃりようが萌えツボだったが、先ほど余計な入れ知恵があったせいで、まっすぐな目で見られないのだ。彼の言動が悪趣味だと分かっているのに、昔の恋心に引きずられてちょっと好きだと思ってしまう。
 この矛盾が、ディーネにはとにかく気持ち悪かった。

「私は普通の世界に生きたい……ッ!」
「さっきから何を言ってるんだ……?」

 ジークラインは何かを思いついたように真面目な顔になり、ぎゅっと彼女を抱き寄せた。
 いきなり密着されて、ディーネの心音が跳ね上がる。

「ジ、ジーク様っ!?」
「やっぱ心配だな……一度医者に診てもらおうぜ? なんか変だし。悪ィけど、ちっと運んでくぜ」

 そう言って、彼がディーネを抱きかかえた瞬間のことだった。
 突然、部屋のすみにスウッと黒いしみのようなものが浮いて、何かが光った。

「はッ――!」

 気合いとともにジークラインが跳びすさる。たった今までジークラインがいたあたりのすぐ後ろに、太矢が深々と突き刺さった。
 クロスボウ。そして今のは魔法石を使った魔術だ。
 高い魔術の教養を持つディーネは瞬時に分析していた。
 しかしジークラインの分析力はディーネのはるか先を行く。転移が生じた座標を正確に逆探知、門をこじ開け、魔法石なしで今しがた放たれた太矢をぶちこんだ。
 ジークラインは世界でも有数の魔法使いで、その魔力量は化け物クラスであるという。普通の人間には絶対にできない魔法石の補助なしの転移魔法を、彼はやすやすとこなしてみせる。魔法の資質ひとつとってみても超一流のジークラインが見せた奇跡のような神業に、ディーネはまた激しく胸がうずくのを感じた。
 太矢をぶちこまれた敵がぺらりとはがれた空間の裏から落ちてくる。ドサリと転がったその敵は、ジークラインが完全に拘束しきるよりも早く、何らかの方法で自決を決行し、すぐに動かなくなった。
 ジークラインは瞬時に敵の魔力のスキャンを行った。
 同時にディーネも試行。身分や所属などを割り出しにかかる。人間の使う魔力にはそれぞれクセが出るので、その構成を見ればおおよその国籍や人となりが分かるようになっている。
 今回の間者は旧カナミア国、現在は併合されてカナミア諸領のスパイであるように思われた。かの国は先の大戦でワルキューレ国に併呑されてからも、残党が活動しており、たびたび内乱が勃発している。
 ジークラインほどの男にもなると、あちこちに恨みを買っているので、スパイに命を狙われるなどということは日常茶飯事なのである。

「……俺に空間転移系統の魔術は効かないって何度試せば分かるんだ? チッ。気分悪ィな」

 敵とはいえ身近に起こった死に心ならずも後味の悪い思いをしているジークラインに、ディーネの胸はまたときめいた。
 ――どうしよう。だんだんかっこよく見えてきたんですけど。
 安全を確認したからか、ジークラインは慎重にディーネを床に下ろしてくれた。

「あん? ……なんだこりゃ」

 ジークラインがふいにスパイの死体を横にどける。すると、その下からつぶれかけの柳のバスケットが出てきた。

「ディーネの荷物か。すまねえ。つぶしちまったみたいだ」
「あっ、そういえば、ケーキ……」

 ディーネが慌てて確認すると、バスケットの中身もぐちゃぐちゃだった。これではもう食べられない。

「せっかくうまくできたのに……」

 落ち込むディーネを見て、ジークラインはすぐに何かを察したようだ。

「これ、ディーネが作ってくれたやつか」

 ガッカリしながらうなずくと、彼は何を思ったのか、つぶれて四散するケーキをつかみとり、ひと口食べた。

「ジーク様!」
「うめぇ」

 見た目、およそ美しいとは言えない状態のケーキを、高貴な身分のジークラインが気にせず手づかみで平らげていく。恐れ多くて、ディーネは縮み上がった。

「あ、あの、そんな、無理して召し上がらなくても……」
「無理なんざしてねぇ。ディーネの料理が好きだから食ってる。悪いか」

 ――ちゅ、中二びょ……いえ、もういいですけど。
 ディーネは胸の高鳴りを持て余しながらジークラインが食べ終わるのを見守った。

「……うまかった」
「お……お粗末さまでした」

 どぎまぎしながら空のバスケットを受け取った。しおらしくなったディーネを見て、中二病の皇太子はニヤリと笑う。

「……俺に貢ぎ物ができて光栄だろ?」

 ディーネはせっかく芽生えかけたときめきが急速にしぼむのを感じた。
 ――こ、これさえなければ。これさえなければ……!
 ――ちくしょう! ちょっとかっこいいかなと思ったのに……!

「婚約破棄したいって騒いでたけど、どうかしてただけだよな? ディーネは俺の女だ。そうだろ?」
「いえ、婚約は本当に、破棄していただく方向で、検討してほしいです」

 いきなり冷たく言い放つディーネを、ジークラインは困り顔で見た。
 生まれついての魔術の素養に策略を巡らす天才的軍師の才能、絶技とも言うべき剣の腕前をふるう芸術品のようなたくましい肢体。女ならば誰もが夢中になるであろう美しい容貌。
 神の祝福を一身に受けたかのごときこの傑物が、ディーネの婚約破棄の申し出に、要領の悪いお使い小僧さながらにまごついているさまは、いっそ愉快でさえあった。

「わたくしは、ジーク様とは結婚、いたしません。とくに」

 きっ、と気丈ににらみつけるディーネ。

「俺の女、などと、もののように女性を扱う方とは結婚したくありませんし、わたくしがさしあげた好意に、受け取ってもらえて光栄だろう? とおっしゃる方など、わたくしのほうから願い下げです」

 彼の言動はどう考えても常軌を逸している。
 中二病発言もたまにならいいかもしれない。遠くから見ているだけであればそれなりに愉快だろう。
 しかし、こんな男と四六時中一緒にいたら絶対にうんざりするに決まっている。
 その上、ディーネはどうも、前世と現世の知識を総合すると、不幸な目に遭う役回りのように思えて仕方ないのだ。前世のフィクションでよくひどい目に遭っていたタイプの外見をしているし、現世でもすでにその萌芽が――。
 ディーネの物思いを中断したのはジークラインの声だった。

「まあ……お前がどうしても嫌だってんなら俺も無理強いはしねえよ。嫌がる女に強要する趣味はねえからな。女にも困ってねえし」

 ――だから痛々しい喋り方をするなと言うのに。

「けどよ……」

 ジークラインは首をかしげた。

「それじゃオヤジたちは納得しねえんじゃねぇか……? お前んとこの家と、俺の家との結婚が政略的に大事だってのは……まあ、ディーネになら解説するまでもねえとは思うけどよ」

 そのぐらいはもちろんディーネにも分かっていることだった。
 ウィンディーネ・フォン・クラッセンはクラッセン家の長女にしてふたりの弟たちの姉。
 名門クラッセン家はバームベルク公爵領を筆頭に三十六の領地と称号を持っているが、一部地域の権利がディーネにも発生しているのだ。ディーネが結婚してしまったら、最大で三分の一の領地が結婚相手に譲り渡されることになる。
 バームベルク公爵はそれをよしとしていなかった。もちろん、継承権があったからといって必ず領地が割譲されるわけではない。しかし継承権を持つ人間が増えすぎると、戦争のリスクが跳ね上がるのだ。『あれはもともとうちの土地だった』と主張する人が必ず出てくるというわけである。
 これを防ぐ方策がふたつある。
 ひとつ、ディーネが結婚を諦め、華やかな俗世を捨てる誓いを立てて修道院に入ること。

「修道院に入る気になったのか?」
「いいえ! わたくし、そんなところには参りません」

 修道院。ああ、最悪の施設だ。
 修道女と言うとなんとなく清楚できれいな人というイメージがあるが、実態は大違いだ。ストイックな修行僧といったほうが正解に近い。何が悲しくて黙々とキャベツとローソクを作りながら暮らさなきゃいけないのだろう。
 下手をすると囚人より辛い生活だ。
 ディーネは絶対に耐えられない。

「じゃあ、おとなしく俺と結婚しとけよ。この俺が結婚してやると言っているんだ。この世の女にとって望みうる最上の幸せだろ?」
「だから! そういうところが! いやなんですってば!!」

 ディーネがクラッセン家の相続を放棄して、修道院にも入らずに済むもうひとつの方策は、より高位の貴族に嫁ぐことだ。
 公爵領の相続権をすべて放棄してもいいと寛大に約束してくれる人を見つければいいのである。
 もちろん、クラッセン家の目も眩むような莫大な財産を思い切りよく諦めてくれるような相手は非常に限られてくる。
 その奇跡的なお人よしこそが、皇太子ジークラインだった。

「じゃあ、どうするんだ。なあ、ディーネ……俺よりいい男がいるとでも思ってんのか?」
「うぐっ……さ、探せばどこかに……」

 ディーネは一応考えてみたが、もちろんそんな人物に心当たりはなかった。
 仕方がない。ディーネは発想を切り替えることにした。

「わたくしが、稼ぎます」
「……は?」
「自分の結婚ですから、その持参金ぐらい、自分で稼いでみせます。すなわち、当家資産の三分の一に相当する金額を耳をそろえて準備して、わたくしは自分の結婚を、自分の心に決めた殿方と、自分の意志で執り行います!」
 

~~~~~~~~(続きは本編へ)~~~~~~~~