『魔法使いの婚約者5』を試し読み♪ | 一迅社アイリス編集部

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こんにちは!

来週発売のアイリスNEO10月刊、試し読み第2弾です☆

第2弾は……
『魔法使いの婚約者5 異国より来たる鏡写しの君』

中村朱里:作 サカノ景子:絵

★STORY★
「お目にかかれて光栄です、兄さん!」
魔王討伐から一周年に湧く王都。王宮筆頭魔法使いで最強の旦那様・エギエディルズの元に現れたのは、葡萄酒色の髪以外は瓜二つの美しい青年だった。隣国からやってきた、エディの弟だという彼を、フィリミナ達は預かることになってしまい……?
 
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 昼間の厳粛な雰囲気から一転し、あちこちが生花や魔法石で飾り付けられて華麗なる様相を呈する紫牡丹宮の大広間にて、祝賀会は催されていた。世界各国からわざわざ我が国まで足を運んでくださった使節団の皆々様は、それぞれの国ならではの盛装で着飾っていらっしゃり、その衣装を見ているだけでも存分にこの目を楽しませてくれる。私もまた、昼間の正装のドレスではなく、この華やかな場に相応しい盛装としてのオーキッドピンクのドレスに身を包み、本日の主役の一人である男の隣に立っていた。自分に向けられている周囲の視線の一切を無視して、無言で小さな気泡の立つ白葡萄酒で満たされた細身のグラスを傾けている男は、深紫の盛装に身を包んでいる。普段羽織っている黒のローブを脱いだその姿は、私の目には新鮮に映り、今更何を言っているのかと言われるのは解っていながらもついどぎまぎしてしまう。

 だって仕方がないではないか。言い訳と言われようが何だろうが、私は昔から制服やスーツに弱かったのだから。ちなみにもちろん女性の着飾った姿も大好きである。そういう意味ではこの会場は実に眼福極まりなく、男の元に近寄ってくる猛者がいないのをいいことに、存分に私は人間観察に勤しんでいた。

 広い大広間のあちこちで、姫様達は各国の使節団の使節や随員の方々に囲まれていた。姫様はにこやかに慣れたご様子で応対されており、騎士団長殿もなんだかんだ言いつつ冗談を飛ばしては周囲の笑いを誘っている。勇者殿は戸惑いながらもその爽やかな笑顔でやり過ごしている様子だ。かわいそうなのはウィドニコル少年だろう。自分よりも背の高いご婦人に囲まれて、明らかにまごついているのが遠目にも解る。助け舟を出してあげたいけれど、この場においてはあくまでも添え物でしかない私が下手に口を出しても事態を悪化させてしまうだけだろう。という訳で結局、私は彼に向かって内心で、強く生きてくれとエールを送ることしかできない。

 私の隣に立つ男を除いた本日の主役の面々はまだ皆独身であり、婚約者がいるという訳でもない。その座を狙っているのは国内の貴族達ばかりではなく、他国からも見合い話が持ち寄せられていると聞く。そんな彼らに直に声をかけられる今夜のようなチャンスを、他国の重鎮が見逃すはずがない。この祝賀会は、ある意味では盛大なお見合いパーティーと呼べるのではないかとすら思ってしまう。もしも私という存在がいなかったら、隣のこの男もまた、今この場で、姫様達のように見合い話を散々持ち掛けられていたのだろうか。それはあまり……いいや、はっきり言って、かなり面白くない想像だ。

「どうした?」
「え?」
「眉間にしわが寄っているぞ」
「あら」

 いけないいけない。つい顔に出てしまったか。もしや疲れたのかと言わんばかりに顔を覗き込んでこようとする男を押し止め、「何でもありません」と頭を振った。まさかこの男が見合い話に囲まれている様子を想像して勝手に嫉妬していたなんて言える訳がない。

 私達のことをよく知っている人々は、この男ばかりが私のことを独占し束縛したがっているように言ってくださるが、当の本人からしてみれば、そんなことはまったくないと思う。私にだって人並みに独占欲はあるし、嫉妬せずにはいられないのだ。きっとこの男はそこまで私が考えているなんて、これっぽっちも考えていないのだろうけれど。

 心の底から納得した訳ではなさそうだったが、私がそれ以上何も言う気がないことを悟ったらしく、「そうか」と男はあっさりと引き下がってくれた。それをいいことに、私は再び大広間中に視線を巡らせる。歓談に勤しむ人々の視線が、時折こちらに向けられるというのは、先ほど述べた通りだ。男に人が近寄ってこないのは、私がいるからという訳ばかりではなく、やはりこの男が黒持ち、それも純黒の持ち主であるからなのだろう。時折向けられる視線や、こちらを窺いながらこそこそと交わされる会話は、お世辞にも好意的なものであるとは呼べないものだ。

 私からしてみれば、こんなにも艶やかな髪なんて羨ましいばかりなのだけれど、この世界における常識はそうではないのだということを、久方ぶりに思い知らされる。男本人が気にしていない様子だというのに、その横にいる私の方が、何とも言いがたい、苛立ちにも怒りにも、そして悲しみにも似た複雑な感情を抱いている。

 ほんの少しくらいでもいいから、私の存在がこの男にとっての盾になれたら。そんな風につい思ってしまう。この男自身が、今更純黒だということを気にしていなかったとしてもだ。私も精霊に嫌われたキズモノだの呪われ者などと陰口を叩かれたことはあるが、私がどんな暴言を吐かれることよりも、この男がただ純黒であるからというだけで忌避される風潮の方がよっぽど胸が痛む。更に重ねて言ってしまえば、癇に障るのだ。言いたいことがあるならばこそこそと陰口を叩くのではなく、はっきりと正面から言ってくれればいいのに。そうすれば私だって、準備万端の状態で迎撃できるのだから。

「あのっ!」

 そう、こんな風に直接話しかけてくれたのなら――って、ん?

 突然割り込んできた声音に、口に運ぼうとしていたグラスを止めて、そちらへと目を向け……ようとして、男に目の前に割り込まれた。いや、そこに立たれてしまったら見えないのだが。守ろうとしてくれるのはありがたいし嬉しいけれど、度が過ぎればそれはただの過保護にしかならないのに。そう何度思わせられたことか。そういえば以前、実際に男にそう直談判をしたところ、「お前の場合、これくらいしてもまだ足りないくらいなんだがな」と真顔で言い返されてぐうの音も出なくなったのだったか。余計なことを思い出してしまった。確かに私のここ一年の行動は、男にそうさせてしまうだけの理由に十分に足るもので、言い返すなんてできる訳がない。とはいえ、いくらなんでも、流石にこの場で何かしらの暴挙をやらかすような輩などそうそういないだろう。私を庇おうとする男の、その細身の後ろ姿からなんとか顔を覗かせて、声をかけてきた人物の方を見遣り、そうして私は思わず息を呑んだ。

「あの、少しお話をするお時間をいただけませんか?」

 そこに立っていたのは、かっちりとした紺地の盛装を着こなした、十六、七歳ほどと思われる少年だった。この大広間においては、ウィドニコル少年に次いで年若い部類に入るであろう少年の、その深みのある葡萄酒色の髪にまず目を奪われた。普段は白いであろう頬は、今は興奮のためか紅潮している。スッと通った鼻筋も、薄い唇も、どのパーツもこの上なく美しく整い、絶妙な位置に配置されている。そして、何より。その見事な髪以上に、私の目を惹き付けたのは、少年のその瞳だ。男のことを〝黒持ち〟、〝純黒〟と呼び慣らし、避け、厭い、忌むような光は、その瞳からは窺い知れない。ただただ純粋な、綺麗な好意がはっきりと滲み出ているその瞳の、紫色と橙色が入り混じる色を何と呼ぶのかを、私は知っている。知らないはずがないではないか。だってその色は、今私の目の前に立っている男の瞳と同じなのだから。朝焼け色と私が呼ぶその瞳を、どうして知らないでいられるだろう。私が彼から目を離せないのは、その瞳の色と、その顔立ちが、私のよく知る男のものと非常によく似通っていたからだ。それこそ、違いはと言えば、年齢差によるものくらいなもので、後はほとんど鏡写しであると言っても過言ではないくらいに。私のよく知る男が大層美しいのと同様に、少年もまた大層美しい顔立ちを持ち合わせていた。

 呆然と少年の顔を見つめる私の視線の先にある、少年の、男とよく似た美しい顔には、喜びを隠しきれていない笑みがある。この男を初対面で前にして、怯えるでもなく、虚勢を張るでもなく、まっすぐに男を見つめてくるような相手なんて初めて見たかもしれない。たったそれだけのことで私は自分でもそうと解るほど、何故か動揺してしまっていた。男の方を窺えば、自らと同じ朝焼け色の瞳を輝かせながら見つめてくる美少年を前にしても、男は何も言おうとしない。無表情のまま、じっと少年を見つめている。どうやら流石のこの男も、動揺しているらしい。そんな私達の反応に気付いた様子もなく、少年は更に言葉を重ねた。

「初めまして。僕はリュシアス・イィグル・ブラドットと申します。ずっと貴方にお会いしたかったんです」

 洗練された完璧な仕草で一礼した少年――リュシアス、という名前であるらしい彼は、男を見上げて、男には決してできないであろうかわいらしい満面の笑みを浮かべてみせた。

「ようやくお目にかかれて光栄です、兄さん!」

 瞬間、ざわりと大広間中がざわめいた。気が付けば、私達は……正確には、リュシアスと名乗った少年と男は、大広間中の注目を一身に集めていたらしい。大勢の人達に囲まれていた姫様達の視線すらもこちらへと向けられている。流石わたくしの旦那様、大人気のようでなんて喜ばしいことでしょう、なんて冗談を言っている場合ではない。一体何を考えているんだ私は。現実逃避をしている場合ではないだろう。

 今、この少年は何を言った?『兄さん』と男のことを呼んだようだったけれど、それは気のせいか、はたまた聞き間違いか?いやいやそんな訳がない。この距離で、あれだけはっきりと言われて聞き間違えるほど私はまだ耄碌していないつもりである。けれどそう自分に言い聞かせても、俄かには信じがたい発言であったことは否めない。

 改めてリュシアス少年の顔と、男の顔を見比べる。どちらも、繰り返すことになるが、それはもう大層美しいことは確かだ。けれどこの二人の顔立ちを比べるのであれば、説明はそれだけでは済まされない。髪の毛の色という決定的な違いに加え、男の顔立ちがきつめで硬質な印象を他者に与える一方、リュシアス少年の顔立ちは柔らかく穏やかな印象であるという違いがある。あるのだけれど、総合してしまえば『似通っている』という結論に達してしまう。男の目の前にドンと姿見を置いて、少々若返らせたらきっとこのリュシアス少年のようになるに違いない。いっそ信じられないほどに二人はそっくりだ。それこそ、リュシアス少年が『兄さん』と言った通りに、兄弟であると言われたら、そのまま信じてしまいそうなほどに。

「俺が、兄だと?」

~~~~~~~~(続きは本編へ)~~~~~~~~


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