『侍女ですが恋されなければ窮地です』を試し読み♪ | 一迅社アイリス編集部

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という編集部ブログ。

こんにちは!
一迅社文庫アイリス10月刊の発売日がいよいよ迫って参りました!
ということで、本日は10月刊の試し読み第2弾をお届けします~~(^-^)/

試し読み第2弾は……
キラキラNew-Generationアイリス少女小説大賞、銀賞受賞作キラキラ
『侍女ですが恋されなければ窮地です』

著:倉下青 絵:椎名咲月

★STORY★
傭兵隊との契約更新のための結婚? 大切な姫様を野蛮な傭兵隊長になんて渡せません!
公国の姫に、継母から持ち込まれた傭兵隊長との政略結婚。侍女マリアダは、秘密裏に姫を恋人と駆け落ちさせることに成功!――したものの、怒った公妃から姫のふりをして傭兵隊長を誘惑し契約更新を取り付けるよう命じられる。姫の幸せを守るため、マリアダはしぶしぶ身代わりとなるが……。侍女と敏腕傭兵隊長の身代わりラブファンタジー★

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「おかしら、つれてきました! ええっと、ものすごく地味な侍女ですぜ!」

 傭兵たちがぴたりと動きを止めて、こちらに注目する。
 誰が傭兵隊長ジルヴィーノ・マカードだろう。自分は一体どの男を誘惑しなくてはならないのか、マリアダは傭兵たちに目をこらした。
 だしぬけに、頭上から風が吹きつける。はっとしたマリアダは、本能的に身を引いた。
 音もなく目の前に着地したのは、ずんぐりして大柄な灰金色の猫だった。愛嬌(あいきょう)あふれる体つきとは裏腹な物騒きわまりない光を両眼に宿し、いまにも襲いかかりそうに片方の口もとをわずかにゆるめている。
 いままで見知っているどんな猫とも、明らかに違った。マリアダは固まった。

「お、おい動くんじゃねえよ、毬山猫は鹿の喉笛だって食い破るからな!」

 門番の真に迫った注意も、耳から耳へ抜けていく。マリアダはただ毬山猫を見つめるばかりで、まばたきも息もできない。
 毬山猫もじっと、まさに獲物を見るような野生の視線でマリアダをにらみ返してくる。
 動けない――完全に止まった時間は、門番とは違う醒めた声に破られた。

「ジルヴィーノ・マカードはそいつじゃない。おれだ」

 マリアダは危うく飛びあがりそうになった。動悸を静めながら、毬山猫から視線を移す。

(この男が!)

 とびぬけた長身というほどではないにしても平均以上の上背がある、すらりと均整のとれた印象の青年だった。小なりとはいえ領主という身分にふさわしく、鍔(つば)のない帽子には華麗な羽根飾りがつけられ、マント風の上着を止める凝った細工の銀具も一点の曇りもなく光っている。だが、本人の焦がしバターのような色合いの髪はつんつん立って優雅からはほど遠く、鼻すじの通った整った顔も日に焼けて精悍な印象が強い。

「公妃の使いだって?」

 その片頬に浮かんだ微笑もやはり、貴公子の愛想ではなく、傭兵隊長の凄味を感じさせるものだった。年齢はまだ二十歳を超えて間もないくらいだろうが、すでに多くの部下を束ねる者の風格が備わっている。状況次第で無限に鋭くなりそうな両眼も、いまは声同様に醒めた色をたたえて本心をのぞかせない。
 たやすい敵でないことは、一目でわかった。

(でもわたしだって、いままでぬくぬく過ごしてきたわけじゃないんだから!)

 マリアダは冷静を心がけ、まず丁重に礼をした。

「傭兵隊長ジルヴィーノ・マカードさまでいらっしゃいますね。公妃さまより、次の宴の招待状と、部下の方々へのふるまい酒を預かってまいりました。どうぞお納めください」

 するとジルヴィーノは、片頬の笑みを濃くした。傭兵たちに言う。

「みんな喜べ、公妃から贈り物だ。よく味わってさしあげろ」

 声は表情同様の皮肉な笑いを含んで、よく響いた。
 わっと歓声が応えた。

「ひいっ!!」

 一斉に傭兵たちに取り囲まれて、下働きの少年が悲鳴をあげる。驢馬までもが泣きそうな声で頭を振る。
 だが彼らの恐怖などおかまいなしに、傭兵たちは酒樽へと殺到した。

「おい、杯を持ってこい!」
「てめえが行きやがれ! その間に呑もうったってそうはいくか!!」
「押すんじゃねえ、ぶっ飛ばすぞ!!」

 誰かが蓋をこじあけて、葡萄酒の香りがたちこめる。
 少年と驢馬はさらに悲鳴をあげて、這々の体で傭兵たちから逃げ延びた。
 あとには哀れな酒樽が残される。四方八方から伸びる手に小突かれ、がたがた揺すられ、乱暴に中身をかきだされていく。最上級の真紅の葡萄酒の飛沫があたりに飛び散り、惨劇の光景そのものだった。

「……何この獣(けだもの)の狂宴」

 つぶやいたマリアダの足もとを、さっと毬山猫が駆け抜けた。いきなり裾をはらわれてマリアダは体をこわばらせたが、視界の隅で毬山猫を見ていた分、悲鳴はあげずにすんだ。
 毬山猫はジルヴィーノの肩に飛び乗り、丸い体をいっそう丸めてマリアダを見据えた。

「獣と言ったが、ルクムの食事はもっと行儀がいい」

 視線で肩の毬山猫を示して、ジルヴィーノが言った。耳ざとく、マリアダのつぶやきを聞いていたようだった。

「それにこいつらも、おれがよく味わえと言ったから全力でそうしているだけだ。そっちのお上品なお作法とは違う作法もある」
「……左様でございますか」

 傭兵の荒々しさを見せつけて、牽制(けんせい)する目的だろうか。お上品なお作法をわきまえた侍女としては慎ましく目を伏せるところだったが、それではおびえたと思われるかもしれない。マリアダはあえてまっすぐ、彼の醒めた両眼を見つめた。

「ですがマカードさまは、そちらの作法同様、こちらの作法も心得ていらっしゃいましょう。招待状でございます」

 しかしジルヴィーノは毬山猫ともどもマリアダを見つめ返すだけで、差し出された招待状を受け取ろうとしなかった。

「心得はないわけでもないが、公妃主催の酒宴といえば、口の巧いおべっか使いにしか客の資格はないんだろう? そこに、契約更改前になっておれを招くとは、わかりやすいご機嫌うかがいをしてくれる」

 皮肉な飼い主に合わせるように、肩の毬山猫もぴくりと片方の口もとを動かした。
 マリアダは、頭の中で今後の方針を固めた。
 まったくの無名の状態からたった一年で輝かしい武名をあげただけあって、ジルヴィーノはなかなか頭が切れそうな傭兵隊長だった。この手の男は、どれほどの美姫を相手にしようと、心の底から惚(ほ)れこむことなどない。いただくものはいただきながら、いざ自分に不利となれば、さっとそれまでのすべてを捨てて即座に忘れ去るに違いない。
 この点は、さすがテレーザの見込みは正しそうだった。色仕掛けのみでは絶対に動かせない相手と、マリアダも判断した。

(でも、美女よりも野心が好きなほうがありがたいわ。そっちの餌だったら自信があるし!)

 そんな安堵はおくびにも出さない冷静な口ぶりで、ジルヴィーノに答える。

「いいえマカードさま、ご機嫌うかがいだけではございません。公妃さまは今回の宴席に、不仲な継娘の姫さまを初めてお呼びになりました」

 見るからに地味で慎ましそうな侍女が口にした、慎ましい侍女らしからぬ「不仲」というあけすけな裏事情――期待どおり、ジルヴィーノは興味を惹(ひ)かれたらしい。その片頬から、一旦皮肉な微笑が消えた。そのまま一度まばたいたあと、皮肉さをいっそう増してゆっくりよみがえってくる。

「……なるほど、この招待の目的は、カファル公姫とおれの顔合わせというわけか。来季の契約金の割り増しがわりに、おれに、その不仲の継娘を押しつける気だな」

 ジルヴィーノは、マリアダが仕事として必ず誘惑しなければならない相手であり、彼個人を好きか嫌いかなどということは最初から問題にならない。それでも彼のこの反応の早さは、決して嫌いではなかった。

「どうしてそれを、おれに知らせた?」

 マリアダはうやうやしく礼をした。

「わたくしは、実の母君に先立たれ、後妻のいまの公妃さまには疎まれる、おかわいそうな姫さまに心を寄せてきた者にございます。優しい姫さまはただ静かにお暮らしになることだけを願っていたというのに、あの心のねじけた公妃さまは、姫さまをどこまでも邪魔に思っていたのです」

 ありのままの事実ほど、説得力を持つ言葉はない。マリアダは気持ちよく語ってから、ジルヴィーノを見つめた。

「もし、マカードさまが姫さまを娶(めと)ってくださり、身の程知らずな公妃さまに一矢報いてくださるのなら――協力は惜しみません」

 後妻の公妃の立場は決して盤石ではなく、近くに敵がいてつけいる隙があるという餌を、マリアダは傭兵隊長の鼻先にぶらさげた。

「ふうん」

 ジルヴィーノは短く答えた。
 しかしマリアダは、その声に楽しげな響きを聞き取った。マリアダの言葉は、たしかにジルヴィーノの心に届いている。
 彼は、本物のカファル公姫であるエルヴァラについてはせいぜいうわさしか知らないだろうが、今季契約した傭兵隊長として、カファル公夫妻には何度か会っている。頭の切れる野心家ならば、十五歳年下の後妻の言いなりになっているカファル公の姿と同時に、彼らにまだ子がないことを思い出しているに違いない。そんな状況で、後妻に疎まれているとはいえ現在ただ一人のカファル公姫の正式な夫となれば、カファル公と姻戚になるという単なる名誉だけでなく、立ちまわり次第では自分がこの公国の国主になれるかもしれないという可能性を考えはじめているだろう。
 マリアダが引き受けた仕事は、ジルヴィーノとの契約更改のみである。その後テレーザが用意した「カファル公姫」と結婚したジルヴィーノが本当に国盗りに乗りだしたとしても、それは一介の侍女でしかないマリアダが責任を負うべきことではない。そうした国事政治は、テレーザとカファル公の仕事である。
 もし仮にカファル公夫妻がジルヴィーノに追い出されたところで、エルヴァラはすでに国外へ離れており、なんの危険もない。実家があるガトー市からしても、むしろ国主は有能なほうがいい。協力は惜しまないというマリアダの言葉も、心からの真実だった。
 公姫への忠義とその継母である公妃への憎悪で動く侍女として、マリアダは餌をまいた。

(さあどう、なかなか美味しそうでしょう?)

 いきなり、ジルヴィーノの肩に乗った毬山猫が片方の牙を剥きだした。
 マリアダはびくりとした。息を殺し、たとえ人に飼われていても野生を失わない獣の様子をうかがう。
 ジルヴィーノは指先で、肩の毬山猫の喉をくすぐった。

「猫は苦手か? こいつは見てのとおり気が優しいほうじゃないが、そうそう自分から悪さもしない――されるような心当たりがあるなら、別だがな」

 マリアダの本心を見抜こうとする、傭兵隊長の醒めた視線と、毬山猫の鋭い視線を意識する。マリアダは懸命に、ざわつく胸を落ちつかせた。

「わたくしは、姫さまにお味方してくださる方の味方にございます。その山猫と敵対する予定はございませんが、違いますでしょうか?」
「貴公子とはほど遠い、嫌われ者の傭兵隊長でもか」
「あの公妃さまよりは、姫さまを大事にしていただけますでしょう?」

 早くも酒樽の中身が尽きてきたのか、傭兵たちの狂乱の宴はおさまりつつある。
 マリアダはジルヴィーノの表情をうかがった。


~~~~~~~~(続きは本編へ)~~~~~~~~