アイリスNEO創刊第2弾『私の気の毒な婚約者』を試し読み♪ | 一迅社アイリス編集部

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こんにちは!!

本日は、アイリスNEOの創刊第2弾の試し読みですラブラブ


アイリス恋愛ファンタジー大賞銀賞受賞作
『私の気の毒な婚約者』


著:山吹ミチル 絵:雲屋ゆきお

★STORY★
突然、第二王子・レオンの婚約者になってしまった、伯爵令嬢のクリスティナ。けれど、王子にはすでに、身分も容姿もお似合いと言われている侯爵令嬢がいて……? 
不器用な伯爵令嬢と王子が紡ぐ、王宮ラブファンタジードキドキ

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 わたしが婚約者である第二王子のレオン様と初めてお会いしたのは、十歳の時。

 王宮でレオン様と年の近い貴族の子女が集められてお茶会が催された。
 それ自体はたまにあることだったけれど、その時は普段より多くの子供達が集められていて、そしてわたしはそれが初めての参加だったのだ。
 王宮にだって足を踏み入れたことのなかったわたしは、緊張で心臓が暴れまくっていた為、王子様とお近づきになる絶好の機会なのだということに気づきつつも、いかにして平穏無事に、この一大イベントを終えるかということに全神経を集中させていた。
 心の中で両親に謝りながら。
 お父様、お母様、ごめんなさい。わたしは王子様のお気に入りの一人になって、お父様の出世の手助けをして差し上げられるようなできた娘ではなかったようです。ここに来るまでは、ちょっとばかりがんばってみようかな、とか思っていましたが、わたしの考えは甘すぎたようです。あの、三日振りに獲物を発見した猛獣のような目つきの皆さんに混じって、熾烈な競争に身を投じるなんて、小心者のわたしには不可能です。
 何よりレオン様が気の毒だ。権力に群がる、本音と建前の使い分けもイマイチできないような子供たちの相手を、今から延々と続けなくてはいけないのだから。一人減ったところで、どうということもないでしょうけど、精神的苦痛を与えるとわかっていることを、敢えてやる気にはなれない。
 レオン様はわたしの二歳年上だったけど、数年前から聡明だと噂されはじめ、地位に胡座をかくような人柄でもないと聞いていたので、媚びを売られて喜んだりはしないだろう。
 それに両親だって、粗相をしないようにとしか言わなかった。
 本心では期待していたのかもしれないけど、今日第二王子と会話が出来なかったからといって怒るような親でもない。
 言い訳を正当な理由へと昇格させたわたしは、目立たず騒がずをこの日のモットーにした。
 ちなみにこの時わたしが「あわよくば王子様の花嫁候補に」などとは全く考えていなかったのにはちゃんと訳がある。
 別にいくら文武両道で人望があって、その上金髪碧眼のいかにも王子様な外見の美少年という、奇跡の具現者で、年頃の娘達の理想的すぎる結婚相手であっても、王族と結婚なんて面倒くさくて嫌だわ、とか考えていたわけではない。
 当時すでに、ほぼ確定していると言われていた最有力の婚約者候補がいたのだ。
 幼少期より絶世の美少女と誉れ高いティリル侯爵令嬢である。
 地位が高く、とにかくすごい美少女と言われている彼女とは顔見知り程度でしかないけれど、この日の彼女はいつもよりなんかすごかった。
 普段から同い年の十歳だというのに、女王様然としていて、少年達をはべらしているけど、今回は更に王宮にいて、まるで第二王子が自分の為にお茶会を催してくれているのだと言っているかのような態度だった。
 あんなのと勝負したくはない。
 女性の価値が、実家の地位と財力の次に美貌であると思われがちな貴族社会において、ティリル侯爵令嬢に敵う女性など、そもそもいないのだ。
 そんな訳で、わたしだけではなく、ほとんどの少女が花嫁候補については諦めていたのだけど、少しでも気に入られようとすることは諦めておらず、目をギラギラさせているのだった。
 レオン様がこれだけかっこよければ、仕方がないのかな。
 しかし、珍しく王妃様が参加していたせいなのか、子供ばかりのお茶会にしてはとても行儀よく行われ、レオン様に子供たちが群がるような雰囲気にはならなかった。
 彼は参加者全員と少しずつ会話していった。
 ほとんどの子供達が彼を褒め称えて気を引こうとしていたけど、わたしは笑顔で自己紹介しただけだった。

「はじめまして。リチャード・ハーレイの娘、クリスティナ・ハーレイでございます。どうぞお見知りおきくださいませ」

 美辞麗句はお腹いっぱいだっただろうし、目立たず騒がずが今日のわたしのモットーなのだし。
 しかし緊張しまくっていたものの、笑顔はわたしのなかで会心の出来だったと思う。
 淑女は感情を露わにしないように振る舞うのが美徳とされているけれど、そんなのは嘘っぱちだと思う。実際にそういった淑女の鑑であるとされている人達が好かれているところなんて見たことがない。
 わたしなら初対面の人に無表情で挨拶をされるより、笑顔で挨拶をされるほうが絶対にいい。
 そんな信条を以て、笑顔で自己紹介をしたのだけれど、これでわたしの好感度が上がっただなんて全く思ってはいない。今だって思っていない。

 しかしそのお茶会の二週間後、なぜかわたしが第二王子レオン様の未来の伴侶に決定したのだった。


 わたしの家、ハーレイ伯爵家は一応由緒正しいお家柄で、歴史は古く、代々真面目に王家に忠誠を誓ってきた。
 伯爵家のなかではかなり上の方の地位を持っている。
 しかしそれでも伯爵家なのである。
 王太子ではないとはいえ、王家に嫁ぐ家柄としては、なくはない、といった非常に微妙なところだ。

「そもそもエレン様はどうなさったのです。どうしてわたしなんですか?」

 動揺しまくったわたしは、涙目でお父様に詰め寄った。
 普段はそんなわたしに対してもっとおしとやかに振る舞えと小言を浴びせるようなお父様だけど、そんな父も動揺していたのか、それどころではないらしい。

「……やはりティリル侯爵家が王家に嫁ぐとなると、かの侯爵家が権力を持ちすぎるということなのかもしれんな」

 しばらく考え込んでいたお父様が、納得したように頷いた。
 それってレオン様とエレン様が婚約すると、やっぱり不都合が出てしまうから、他の娘と婚約させることにしたということよね。
 あんなに皆が二人は婚約すると思っていて、お似合いだと囁かれていたのに。それでお二人は納得しているのかしら。なんだかすごく不安になってくる。
「だからといってウチが、というのがわからんのだが……。クリスティナ、本当にお茶会では挨拶しかしていないのか? 王妃とも?」

「挨拶だけですわ。王妃様とはお話ししていません」
「うーん、エレン様のような方がいなければ、お前が可愛いから気に入ったということも考えられるんだが」

 珍しくお父様が親バカな発言をしました。
 わたしも自分で鏡を見て、これって美人の範囲内だよね、とか思ったりしてもいたけど、さすがに王子様に見初められるほどではないです。すぐ近くに超絶美少女がいようがいまいが。

「とにかくこれはもう決定したことだ。クリスティナ、これからはもう今までのようにはいかない。お前はレオン様の伴侶となるのだからな」

 わたしは衝撃を受けた。
 お父様のこの言葉で、ようやく自分の現状を理解したのだ。
 それまでのわたしは伯爵家の令嬢としてはまずまずの教養があった。でも王家に嫁ぐことなど度外視したものである。
 わたしはやや格上の家に嫁いでも恥ずかしくない娘から、どこに行っても恥ずかしくない娘にならなくてはいけなくなった。
 わたしの勉強漬けの日々がスタートしたのだった。


 礼儀作法にダンスに歴史。家庭教師を専門的な講師に代えて、勉強時間は倍になった。
 プレッシャーに押されて、人生初のやる気を漲らせていた。
 でもわたしはまだまだナメていたらしい。
 レオン様ときちんと対面した時に訊かれたのだ。

「今はどんな勉強をしているんだ?」

 わたしが進行具合を答えると、レオン様は頷いてから考えるように言った。

「ピアノは好きならば続けて構わないが、上達する必要はない。それよりも外国語を四カ国語は話せるようになれ。あと隣国の歴史と習慣も勉強するように」

 すぐさまわかりましたと返事をするものの、どういうことかと戸惑ってしまう。そんなわたしにレオン様は丁寧に説明してくれた。

「将来私は外交を担うことになるだろう。父や兄は簡単に国を離れる訳にはいかないし、他に適任な王族もいないしな。そして王族として外国を訪れる際には妻が必ず同伴していなくてはいけない。君の役目は訪れた国の重鎮やその奥方と友好な関係を築くことなんだ。その国のことを詳しく知っていれば、そう難しいことではなくなる」

 難しくはないなんて簡単に言いますけど、かなり重要な役割じゃないでしょうか。

「もうすぐ王太子である兄と隣国の王女が結婚するから、まずはそのウィルダム国の勉強からするのがいい」

 ……泣きたくなった。王族って思っていたよりずっと大変なのですね。
 でも王子の婚約者にここまでの教養が必要だなんて聞いたことがなかった。お父様も驚いていたくらいだ。レオン様の要求は常に高かった。
 わたしがこれくらいできれば上々だと、褒めてもらえるかもしれないと思っていた内容が、全くレオン様の合格ラインに入っていない。わたしって政治的な交渉を直接する立場ではないはずですよね、と聞きたくなるくらいには、要求が高い。
 これは完全無欠な王子様の婚約者として、元が釣り合っていないのだと言われているようで悲しくなった。エレン様には遠く及ばないのだから、勉強ぐらいはできるようになれということなのかと思ってしまう。
 でも勉強量に不満があったわけじゃない。レオン様はわたしに望むものよりももっと多くのことをできたからだ。
 レオン様の評判はある程度は誇張されたものだと思っていたのだけれど、とんでもない。噂以上の人だった。
 必死で勉強して、ある日経過を報告した。
 するとレオン様は満足そうに褒めてくれた。
 講師達みたいにべた褒めされたわけではない。なのにわたしは彼の反応が一番嬉しかった。
 俄然やる気が湧いた。

 しばらくして令嬢達が集まるお茶会に参加した時のこと。
 そこにはティリル侯爵令嬢のエレン様がいた。
 彼女は取り巻き達に囲まれながら、親の敵でも見るかのようにわたしを睨みつけた後、悲しそうに両手で顔を覆った。
 取り巻き達は彼女を慰めながらも、ちらちらとわたしに非難の眼差しをぶつけてくる。
 ぐっさーっと何かが心臓に突き刺さった。
 レオン様とエレン様は誰もが婚約するものだと思っていたし、幼少期より付き合いのある二人はとても仲が良かったらしい。
 片や理想の王子様と、片や地上に舞い降りた天使と称される美少女。
 お似合いすぎる彼らを引き裂いたのはわたしではないけれど、まるでわたしが原因であるかのような錯覚に陥って、心の中でエレン様に謝り倒した。
 レオン様だって可哀想だ。あれだけすごい人なら貴族であれば、結婚相手は選り取りみどりなはずなのに、王族であるが故に選ぶことが許されないのだ。
 未だにわたしが婚約者となった理由はわからないけど、なんらかの政治的思惑があったのは間違いない。
 現王はそういったことに抜かりない方だし、レオン様だって王族は政略結婚をするのが当然だと思っているでしょうし。
 でもそれでもわたしはエレン様が可哀想だと後ろから囁かれるたびに、あんなにも立派な王子様の婚約者がわたしであることが気の毒だと思ってしまっていた。
 そしてレオン様から課題を課せられるたびに、不釣り合いなわたしをどうにかまともにしようとしているのだと感じてもいた。

~~~~~~~~(続きは本編へ)~~~~~~~~