今日の試し読みも増量中!!!!!
ということで、第4弾です!
『壊滅騎士団と捕らわれの乙女5』
著:伊月十和 絵:Ciel
★STORY★
黒十字騎士団団長ヴィンセント王子との婚約を国王にも認められた田舎貴族の娘フィーリア。彼女はある日、隣国の王子の結婚式にヴィンセントと共に出席することになってしまった。その国には、かつてヴィンセントが縁談を断わって怒らせた王女がいるだけではなく、皇太后が彼の婚約者に相応しいと考えている娘がいるようで……。そんな旅の道中、休憩時間に現れたのは――。
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「おい新入り。こんなところでなに遊んでいるんだ」
突然投げつけられたぞんざいな言葉にそちらを見ると、そこにはレイが立っていた。腕を組み、不満げな瞳でグレンを見つめている。
入隊から四ヶ月経っているのでもう新入りとは呼べない気がするが、グレンの後に新たな入隊者がいないことからいつまでも新入りらしい。
「あー……、すみません。でも遊んでいたわけでは」
「そんなのどうでもいい。お前の持ち場はあっちだろう。ちょろちょろすんな」
レイの命令口調にグレンは不満そうな表情をしたが、すぐにその場を離れて行ってしまった。
「本当に遊んでいたんじゃないのよ。私に水を持ってきてくれたの」
軍隊の、特に黒十字騎士団の新人いびりは厳しいと聞いていた。軽い援護のつもりでそう言ったのだが。
「それは知っています。でも、怖いんですよね、団長の顔が。気付いていましたか?」
「あ……」
見ると、フィーリアが座っている位置から少し離れた大木の陰に隠れるようにして立つヴィンセントの姿があったのだ。そしてフィーリアの視線に気付いたのか、ふいとその場から離れてしまった。
「今まで団長が怖くて、フィーリアさんには必要以上に近づかないようにするのが暗黙の了解だったんですが、あの新人はそれを無視してぐいぐい行くから」
「別にグレンも、他のみんなももっと近づいてきてくれてもいいんだけれど」
「副団長の二の舞になるのはまっぴらごめんなんです! 俺も、不必要にフィーリアさんと話しているとどんな目に遭うか分からないので、これにて失礼します」
レイはビッと敬礼してフィーリアから離れていってしまった。
一体なんなのか、と水を一口飲んで物憂げに瞳を伏せていると、いつの間にかやって来たクロッシアがフィーリアの近くに腰掛け、木の幹に体を預けていた。
「見ていましたよ」
「なにをよ?」
本からは目を上げずに呟くクロッシアに、ぼんやりとした頭のままで聞き返す。
「ヴィンセントの旦那も困ったんでしょうね。お嬢様に酷い言葉を投げつけたり、危害を加えようとしている奴には問答無用で拳を振り下ろすことができるのに、お嬢様に親切にしている者にはどうしていいのか分からない。しかも旦那には、グレンの双子の姉の死に少々関わってしまったという負い目がありますからね。強い態度にも出きれない」
「……そんなこと気にしているようには思えないけれど」
「ああっ、旦那も可哀想に! 愚鈍な婚約者を持つと気苦労が絶えませんね」
「私も使えない従者を持って気苦労が絶えないけれど」
「え? 会えば誰もがその魅力にくらくらして失神者続出、史上最強のキレ者従者しかいないはずですが?」
「そういうところよ」
フィーリアは鋭く言うが、クロッシアはそれを軽く流す。
「ところでヴォルデン王国には居るらしいですね」
「ええ、冬至の夜に地中から蘇る幻獣ヴォンゴね」
「そのやりとりは以前にもあったような気がしますね。違います、ヴィンセントの旦那の婚約者候補ですよ」
「ああ……」
テューリは宰相の娘であるクラリスという名の女性だと言っていた。
「……そういえば俺、王都を出発する直前に届いたものをお嬢様に渡すのを忘れていました」
クロッシアは手にしていた本からなにかを抜き取ってフィーリアへと手渡した。
それはフィーリア宛の手紙だった。差出人は皇太后だ。
今までクロッシアが栞代わりに使っていたものである。主人宛の手紙をそんな風に利用する従者が、果たして彼以外に居るだろうか?
「どうしてこんな大切なものを早く渡さないのよ……」
怒るどころか脱力してしまう。手紙ひとつ渡せない従者なんて……。
「あー……何度か渡そうと思ったんですが、馬車の中で手紙を読んだら酔うと思って」
「そんな『俺、それなりに気遣いをしたんですよ』的なことを言われても騙されないわよ」
フィーリアは封を切って手紙を読んだ。クロッシアが当然のようにその手紙を覗き込んできたが、もう特になにも言わなかった。
そこにはたったひと言、
『ヴィンセントの婚約者候補であるクラリスよりも、自分が優れていると証明しなさい』
そう記されていた。相変わらず味も素っ気もない手紙を書く方だな、と思い手紙を畳む。
フィーリアがヴォルデン王国へ行くらしいと聞いてこんな手紙を寄越したのだろうか。手紙を送って寄越す時間差から考えて、フィーリアよりも先に皇太后がヴォルデン王国行きを知っていたことになる。本当に私にだけ知らされていなかったのだなあ、とため息が漏れる。
「テューリ様の言う通り、クラリスという女性がヴィンセントの婚約者候補なのね……」
きっと幼い頃から大切に大切に育てられて、スプーンより重いものを持ったこともないような、可憐な娘なのだろう。皇太后が認めているということは、見た目の可憐さだけではなくきっと所作も美しく、賢く、気遣いもできる完璧な娘だと予想する。
「ヴィンセントの旦那には一体何人婚約者候補がいるんでしょうか? みんな、旦那が嫁を貰って家庭を持ったら、もう少し大人しくなるとかいう幻想を抱いているのでしょうか」
「そう言われればそうよね。テューリ様の方こそ先にご結婚されるべきなのに、婚約者すらいないようだし。どうしてヴィンセントばかり?」
「テューリ殿下にはそれなりの理由があるようですがね。それはともかく、お嬢様はその令嬢にどう勝つおつもりで? もしかして使いますか? 二度まで封印したあの必殺技を……!」
クロッシアは期待に目を輝かせている。
あんたはヴォルデン王国にある城とか教会のことを考えていればいいのに……いやそれもどうかと思っていたが、余計なことを煽ってくるよりもずっといいと考えてしまう。
「使わないわよ。というか、私はヴィンセントの婚約者としてヴォルデン王国へ行くんだから。堂々としていればいいのよ」
「そんなこと言っていると、婚約十周年とかを迎えてしまいますよ」
結婚十周年ではなく、婚約十周年。そんなの嫌すぎる。
「第三王子の結婚はれっきとした国事のひとつです。日取りは国王が決めるでしょうし、その国王に対してうるさく口を挟んでくるのが皇太后なわけですし」
「それはそうなのよね……」
婚約したはいいが破棄されてしまうとは、普通に良くある話なのだ。しかもあの母子はまたなにを言い出すか分からない。できれば、皇太后が推薦する婚約者候補という悩みの種をなくしておきたい。
(というか、皇太后様が婚約者候補としているのに話が進んでいないということは、先方が難色を示されているんじゃないかしらね?)
ヴォルデン王国におけるヴィンセントの評判は良くないものだろう。なにしろ第二王女をドブス呼ばわりしたのだ。
いくらプロイラ王国の第三王子とはいえ、結婚は考えられないというのが先方の意向なのかもしれない。
(でも、クラリスってどんな女性なのかやっぱり気になるわ。今回の訪問で先方が気を変えて、ヴィンセントの縁談を進めたいなんて言い出すかもしれないし……いえ、やっぱりそんなことないない!)
フィーリアは頭をぶんぶんと振ってその考えを追い出した。
でも、どんな可憐な令嬢なのだろう。
気を抜くとやっぱり考えてしまうのであった。
~~~~~~~~(続きは本編へ)~~~~~~~
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