本日も一迅社文庫アイリス6月刊の試し読みをお届けいたします(≧◡≦)
試し読み第2弾は……
『ビビり聖女、全ルート回避のはずが血染めの公爵に溺愛包囲されてました』

著:猪谷かなめ 絵:御子柴リョウ
★STORY★
執着系乙女ゲームのヒロインに転生していた聖女エルシー。恐ろしい攻略対象者たちと無縁の平穏な教会生活を目指していたのに、ある日、ヤンデレ皇太子ルートのきっかけとなる求婚状が届く。エルシーには初キスの相手にだけ授けられる《幸運の加護》の力があった。その力を失えばシナリオが破綻するのでは!? と、エルシーは教会に通ってくる騎士アイヴァンに加護を与えることにする。さくっとキスして、ついでに聖女(エルシー)への信仰が妙にあついアイヴァンの目を覚まさせるはずが、より過保護&執着されるようになり――!?
ヤンデレから逃れたい聖女と執着騎士の溺愛ファンタジー!
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「……」
彼は困ってしまったようだった。
「ご、ごめんなさい、この話は聞かなかったことにしてください。いきなり色々と話してしまって……キスも加護も迷惑ですよね」
「いや、待ってくれ、迷惑なわけではない」
彼は慌てたように強い口調で言った。
「でも困らせてしまってますよね。……別の人を探しますから、この話は忘れてください」
「は……!?」
待て、と彼が手を伸ばす。
「今なんと言った? 別の人を?」
低い声で彼に訊かれて、エルシーはこくりと頷く。
「はい。キスくらいなら、私を好きでなくともしてくれる人も、街中を探せば一人くらいはいるかなって。……あ、でも加護を与えても悪用しないような人って善良だから、軽率にはキスをしてくれないかも……? もしかして矛盾してた……? どうしよう……」
悩むエルシーを、彼は驚いたように見つめていたが、やがて低い声で言った。
「……あなたは、思っていたより危なっかしいようだな」
「え?」
ぱちりと目が合う。赤い瞳が、じっとエルシーを見ていた。
「――わかった。俺が貰う」
ぎらりとなにか雰囲気が――そう、なにかを決意し、がらりと彼の中で音を立てて、奥深くの揺るぎない芯が現れたような気配がした。
戸惑っていると、彼は一歩、距離を詰めた。
「あなたは俺の好意に気づいているな? それでも、俺でいいんだな?」
「え!? あっ、あの、好意といいますか」
言わば強めな推し活――過剰な支援活動とか信仰心の類だろうとは思っている。その急な迫力に震えてしまえば、「ああ、今のは言い方が悪かったな」と彼が少し眼光をやわらげる。
「俺はあなたとの口づけをなんとも思わずにはいられないがそれでも構わないか、という意味だ。もちろん、だからといってあなたに何かを要求したりしない。口づけをした仲だからといって、急に恋人ぶったり、責任を取れと迫ったりもしない。ただ、軽率に忘れたり飽きたりするような、あなたが期待するような結果にはならないが、それでもいいか?」
「え、ええと……それは、つまり、キスに応じてくれるっていうお返事ですか……? 本当にいいんですか?」
むしろ責任を取れと迫られる心配をするのは彼の方では、とエルシーは戸惑った。というか「あなたが期待するような結果」や「飽きたり」と言うあたり、エルシーの魂胆をすっかり見抜いた上での返事らしいが、彼は怒らなくていいのだろうか。困惑しているエルシーに、アイヴァンはそのままの気迫ある顔で頷く。
「ああ――俺に任せてくれ」
「は、はい」
頷いてから、「キスの話ですよね!?」と思わず確かめる。あまりにも真剣な顔をしているので、つい心配になった。人生丸ごとについて話している気迫すらある。
「ああ、すまない、やはり怖がらせたか。大丈夫だ、決してあなたを悲しませるようなことはしない。この命に賭けて誓おう」
「いや、重い、重いですよ! たかがキスに命を賭けないでください!」
ぶんぶんと首を横に振ると、彼は「たかがだと……?」と険しい顔になる。話が長くなりそうなので、「なんでもないです! もうそこ突っ込まないで!」とエルシーは小声で頼んだ。
(と、とにかくキスの許可をもらったぞ! この人が、キスをしてくれるんだ……!)
緊張でどきどきと急に心臓が速くなる。
照れくささを誤魔化すように、エルシーは早口で説明を始めた。
「ええと、では、簡単に聖女のキスについて、ご説明しますね! 聖女が初めてのキスで特別な加護を与えるためには、本人同士のキスをしようという意思が必要になります。うっかり転んで唇が触れ合った場合は無効。どちらかが眠っている場合や赤ん坊相手も無効。ちいさい子であれば、家族と遊びでキスをすることもありますが、これも双方の同意があろうと年齢を理由に無効です。……まあ、私は十六歳、アイヴァンさんは十八歳で、立派な大人ですし、今キスをすれば確実に《幸運の加護》を授けることになると思います」
「そうか」
彼はあっさり頷く。
「何かご質問は?」と訊くと、「いや、ない」と返される。
となると、あとはもうキスをするだけだ。
だが、彼はまた思案するような顔になる。
「しかし、本当に俺でいいのか? 後悔しないか? 大切な初めての口づけなのだから、もっと慎重に考えるべきだ」
(また始まった!)
せっかく許可をもらえそうだったのに、また考え直されてはたまらない。
「後悔なんて! それに私、言いましたよね、さっさとこの加護――初キス捨てたいんです!」
「……」
なかなかに痴女っぽい発言だろうが、むしろこの真面目な堅物騎士様にキスを重く捉えて遠慮されては困るので、あえて軽く振る舞っておく。
「もう本当に、今すぐキスを片付けたいんです!」
「……片付けたいという発言はどうだろうか。やはり、いずれ恋がしたくなった時でもかまわないのでは?」
「いやいや、初キスを抱えたままなんて、責任が重すぎるんですよ。最初の恋人が悪い人だったら、生涯有効な《幸運の加護》なんてあげたらまずいですし……最初のキスが失敗できないなんて、恋愛初心者にはきつすぎます! 一回目じゃなくて、十回目のキスくらいに設定しておいてほしいのに! もっと気軽に恋をしたいのに、初めてのキスが最大の難問だなんて!」
気軽に恋をしたいというのは嘘だが、わりと切実に「このシステムおかしくない!?」と日頃から思っていることを叫べば、「そうか、要らぬ苦労を……」と、なぜかいたわるような、今まで禁欲を強要されていた健気な聖女を見るかのような目を向けられた。いや、そこは奔放さにドン引いて幻想を打ち砕かれてほしいのだが。
「まぁ、ともかく! ずっと悩み続けるのも嫌なんです! いつかは決断しないといけない問題でしたし!」
「……そうか」
彼は納得したようだった。
「さあ、心配事はもうありませんね? では、キスで加護をもらっていただいて……それから私に縁談が来るたび、『この人にあげました』って言うために隣にいてもらえますか?」
「もちろんだ。縁談避けになればいいのだろう? ……これからあなたに縁談が来たらいつでも俺に相談してもらえるのは安心だな」
肯定的な返事を得られてほっとする。相手の気が変わらないうちに、と一歩距離を詰めると、「ふむ」と彼は悩むような顔でエルシーを見た。
「しかし本当にこの場でいいのか? たとえば、デートの終わりに夕暮れを見ながら……などのロマンチックな状況でなくていいのか?」
「もう! だから気にしすぎですって! そこまで気遣わなくていいですよ!」
こう何度もやたらと心配されると、物を知らない子ども扱いのようで、ついムキになってしまう。「私、立派なレディですけど?」という目で見ると、彼はちいさく苦笑した。
「あなたは結構負けず嫌いだな」
「そうです。俗っぽいんです。幻滅したでしょう?」
「いや? ……むしろ好きだ。あなたのいろんな表情が見られて嬉しい」
そう言いながら間近で見つめられて、どきりと心臓が跳ねる。
「では、しようか」
彼はそう言って近づくと、エルシーの頬に熱くて大きな手を添えて、すぐに鼻先が触れ合うような距離になった。
~~~~~~~~(続きは本編へ)~~~~~~~~

