年明け、1月7日にはアイリスNEOの1月刊が発売されます!
ということで、本日から新刊の試し読みをお届けいたします
試し読み第1弾は……
『病弱な従妹を優先する婚約者なんて必要ありません ~隣国の侯爵令息の溺愛が想定外すぎる~』

著:琴乃葉 絵:宛(あたか)
★STORY★
「すまない、今日のデートは中止にしてくれ」
何度目になるか分からない婚約者ディオの台詞に、子爵令嬢オフィーリアはため息を吐いた。病弱な従妹アゼリアを優先する彼は、それを悪いことだと思わずに繰り返していたのだ。そんな状況にうんざりしていた彼女はある日、隣国の侯爵令息であるレイモンド・カートランと出会って――。
子爵令嬢と独占欲が隠せない隣国の侯爵令息の溺愛ラブファンタジー
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
次の日、再び図書館を訪れると、窓際に座っていたカートラン様が手を振ってきた。
今日は練習試合は行われておらず、昨日と打って変わって図書館らしい静けさだ。
そんな静寂の邪魔にならないよう、音を立てず小走りで向かい改めて深く頭を下げる。
「昨日はありがとうございました。私のせいでお怪我をさせて申し訳ありません」
「この傷は以前の練習試合でできたものだ。棚に当たって傷口が開いただけで、大したことはない。それよりオフィーリアさんこそ、顔の傷は大丈夫?」
「はい。かすり傷ですから」
「それでも、女性の顔に傷痕を残してはいけない。よかったらこれを」
小さな傷を心配され驚いていると、カートラン様はポケットから缶を取り出し机に置いた。
「自国で僕が作った軟膏だ。なかなかの出来だと自負している」
「カートラン様が作られたのですか?」
「市販薬を改良した程度だがな」
そう言うと、私のこめかみを覗き込み、「これぐらいなら綺麗に治るだろう」と呟く。
慣れない距離の近さに戸惑っていると、それに気がついたカートラン様が申し訳なさそうに離れた。
「すまない。婚約者がいる女性に、不適切な距離だった」
「い、いえ。それに、家族以外に心配されるのは久しぶりで、嬉しいです。遠慮なくこちらの薬を使わせていただきます」
「……婚約者は、心配をしてくれないのか?」
昨日のディオ様は、私の顔の傷にこれっぽっちも関心がないご様子だった。
もう諦めているとはいえ、心が重くなる。
そんな私を気遣ってか、カートラン様は話題を変えるように机の上の本を手にした。
「昨日探していたのはこの本でいいだろうか。あれから図書館に戻り探したんだ。オフィーリアさんが持っていたのは確かこんな表紙だった気がするが、違っていたら申し訳ない」
「いえ、それです。わざわざありがとうございます」
「ところで、これはかなりの専門書だ。この分野の授業を受けていなければ、内容を理解するのも難しいと思うが?」
カートラン様が本をパラパラと捲る。
「そうですね。それにカートラン様の母国語であるトラッド語で書かれているので、辞書が手放せません」
テーランド語とトラッド語は文法も単語も似ている。でも、全く一緒ではないので分からない言葉は逐一調べなくてはいけない。それが専門書となればなおさらで。
「それなら僕が教えよう」
「い、いえ。そんな、申し訳ないです」
思わぬ提案に首を横に振ると、カートラン様は見惚れるような笑みを浮かべた。
「僕の家系はその本の専門家だから、詳しい説明もできる。こんなに沢山ある本の中から敢えてそれを選ぶのは何か理由があるんじゃないか?」
「は、はい。でも、ご迷惑ではないでしょうか」
「いいや、全く。でも、できればどうしてこれを読もうと思ったのか、教えてもらえるだろうか。そのほうが、よりオフィーリアさんが必要とする内容を伝えられる」
カートラン様はごく自然な仕草で隣の椅子を引き、座るように促してくれた。
昨日会ったばかりの方に教えていただくのは、躊躇いがある。
でも、あまりに優しく微笑みかけられ、ついつい誰にも言ったことのない話まで口にしていた私は、どうやら心が弱っていたらしい。
それからは、放課後になると図書館に通いカートラン様に教えてもらう日々が続いた。
トーナメントのクラス代表を決める試合が行われるたびに、令嬢たちが賑やかにするのを我慢しつつ、窓際の一番隅にある机で教えてもらっていたのだけれど、ある日その場所を使えなくなってしまった。
理由は簡単。
各クラスの代表者によるトーナメントが開かれ、カートラン様が優勝したからだ。
騎士科の代表を破って普通科の生徒が優勝した衝撃はその日のうちに学園を駆け巡り、カートラン様は一躍注目の人物となった。
そのせいで最近は、窓辺ではなく目立たない場所でこっそり会っている。
密会のようで落ち着かないのは、やはりディオ様という婚約者がいるからで、それはカートラン様も同じようだ。
ディオ様は相変わらずアゼリアが一番で、授業が終わればまっすぐに帰宅するから、私が図書館に通っているのは知らない。
婚約者なのに私を気にかけず、もはや蔑ろにしていると言ってもいいディオ様との婚約には不安が募るばかりだ。
とはいえ、この国での婚約は結婚に近く、解消するにはそれなりの理由が必要となる。
理由として挙げられるのは、不貞、借金、暴力などで、第三者がその結婚は不幸でしかないと納得できる証拠を明示しなくてはいけない。
当然ながら、従妹を優先するから、なんて理由は通らない。
「はぁ」
思わずため息を漏らすと、カートラン様が持っていたペンを止め私に視線を向けてきた。
あまりにまっすぐ赤い瞳に見つめられ、恥ずかしさから目を逸らす。
「何か悩みでもあるのか?」
「い、いえ。カートラン様のおかげで本の内容がよく理解でき、助かっております」
「それならよかった。ところで、頼まれた品が僕の手元に届くのにもう少し時間がかかりそうなんだ」
「はい。お手間をおかけします。カートラン様には感謝しかありません」
にこりとするも、上手く笑えていなかったのか、カートラン様はこちらを探るような目をした。
思わずゴクンと喉が鳴る。
「立ち入ったことを聞くが、さっきのため息はディオ殿と関係があるのか? どうも彼はオフィーリアさんより従妹を優先しているように感じるのだが」
ディオ様の従妹びいき、従妹自慢は学年でも有名だ。
カートラン様はトーナメントに優勝してから周りに人が増えたから、噂を聞く機会が増えたのかもしれない。
「僕の国では幼い頃から婚約者がいる者は少ない。だから、もし意に反した婚約であれば解消すればいいと短絡的に思ってしまうが、そういうものではないのだろうな」
「ええ、これがなかなか難しいのです」
言ってからしまったと思った。この返答では私が婚約解消を願っていると言っているも同然だ。
異国の侯爵令息様にする話ではなかったと、慌てて話題を変えようとするも、カートラン様は切れ長の瞳を丸くしたあと何やら考え込んでしまう。
どうしたのかしらと思っていると、薄い唇が緩やかな弧を描いた。
「卒業まであと二ヶ月。うん、どうにかなるだろう」
「何が、ですか?」
「オフィーリアさん、僕はあなたがしようとしていることに感心し、尊敬さえ覚えている」
「そ、そんな。突然どうされたのですか?」
「うん、自分でも驚いているんだ。僕にこんな感情があったなんて知らなかった」
それは、初めて見るカートラン様の不敵な微笑だった。
~~~~~~~~~(続きは本編へ)~~~~~~~~~~
