一迅社アイリス編集部

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一迅社文庫アイリス・アイリスNEOの最新情報&編集部近況…などをお知らせしたいな、
という編集部ブログ。

こんにちは!

本日は続けて来週2月3日発売のアイリスNEOの新刊をお届けいたしますウインク

試し読み第2弾は……
『空読み姫の結婚』

著:橘ハルシ 絵:由貴海里

★STORY★
王命で辺境の痩せた領地に嫁ぐことになった、地の加護を持つ空読み姫・ネイリッカ。それは領主のお飾りの花嫁になって、その地を豊かにするためだったのに、領主は年の差を理由に拒否! そこで年が近い領主の息子アルヴィと結婚することになったのだけれど……。彼と出会ってから加護の力が暴走するようになってしまって!? 
暴走気味な空読み姫と次期領主のほのぼの政略結婚ラブファンタジー。

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(私は、アルヴィ様にとって押し付けられた花嫁ですし、誰かに可愛いと言われたこともありませんし、気に入ってもらえる所がない気がします)

 スカートを両手でぎゅっと握り締めて審判の時を待っているネイリッカの頭の上から、予想外の明るい声が降ってきた。

「初めまして、ネイリッカ様。僕がアルヴィです。僕らは今初めて会ったばかりで、まだお互いよく知らないのにいきなり夫婦だと言われても困りますよね。だから、友人か兄妹という関係から始めませんか?」

 それは想像していたよりずっと幸せな提案で、ネイリッカはパッと顔を上げ、笑顔で頷いた。

「はい! ぜひ、お願いいたします。アルヴィ様、私を嫌わないでくださって嬉しいです。ありがとうございます!」

 勢いよく頭を下げて喜ぶネイリッカに、ぽかんと口を開けたアルヴィが不思議そうに首を傾けた。

「会ったばかりなのに、嫌うも何もないでしょう。……ええまあ、『空読み姫』様が贅沢好きだという噂は聞いていましたけど、だからと言ってまだよく知らないうちからいきなり嫌いやしませんよ」

 穏やかな彼の言葉に、ネイリッカは心の底からホッとした。

「それでは、アルヴィ様。私をこのヤルヴィの地の『空読み姫』とする契約を行わせてくださいませ」
「え? 領主の父さんじゃなくて、僕が契約するの?」

 張り切ってそう告げると、アルヴィは戸惑った声を上げ、つられてネイリッカも困惑した。
 確かにアルヴィの言う通り、通常なら『空読み姫』の契約相手は夫である領主だ。だが、自分は特例なので夫は領主ではない。そしてその場合、どうすればいいのか誰も教えてくれなかった。
 今から王都の空読みの塔へ問い合わせても返答が来るのは半月以上先になる。契約が終わらねばこの土地へ『地の加護』を使うことはできない。見渡す限り痩せ細ったこの大地を豊かにできる力があるのに、無駄に半月以上も放っておくなんて耐えられない。だけど、領主と夫、どちらと契約するのが正しいのか、ネイリッカには判断しかねた。

(どうしましょう、どうしましょう! ええと、夫と領主のどちらが優先されるべき……)
「領主でないといけないと決まってないの? それなら、いずれ代わるのだし、今からアルと契約しておけば途中で変えなくて済むわよね?」

 自分が今すぐ決めなくては、と思い詰めていたネイリッカの耳にユッタののんびりとした声が聞こえてきた。その意見は理に適ったもので、ネイリッカは成る程と飛びついた。

「ユッタ様の言う通りですね! そういたしましょう、アルヴィ様。私は貴方と契約いたします!」

 そう宣言して、善は急げとばかりに肩から下げていたカバンに手を入れ、ヤルヴィの地図を取り出し地面に置くと、アルヴィにその前に立つように指示した。それから地図を挟んでアルヴィと向かい合い、両手を繋ぐ。

「私、ネイリッカは次期領主アルヴィ・ユハナ様のもと、この地図の領域において空を読み大地を富ませる力を行使いたします」

 アルヴィもネイリッカに教えられながら誓いを唱える。

「私、アルヴィ・ユハナはネイリッカを庇護することを誓い、彼女がヤルヴィの地において力を使うことを認めます」

 二人が述べ終わった瞬間、足元の大地から天空へ向けて眩い光の柱が突き上がり、置いてあった地図が消えた。光に包まれた二人の衣服や髪が下から風に煽られたようにはためく。
 話には聞いていたが初体験のネイリッカと、このようなことが起こると全く想像していなかったアルヴィは、この不思議な光の中で揃ってぽかんと口を開けて顔を見合わせた。その時、アルヴィの長い前髪が風で上がり、今まで見えなかった顔の上半分が現れた。

(あら、思っていたより随分と整ったお顔です。それに瞳が緑と黄色が混ざっている不思議な色でとてもきれいです。私はこの方の花嫁になったのですね……)

 ネイリッカがぼうっと見惚れたところで光の柱が消失し、アルヴィの顔も元のように前髪で隠された。

「終わり、なの?」
「そうだと思うのですが……」

 何処か変わったところはないかと両手を広げたり閉じたり足を振ったりしているアルヴィの側で、ネイリッカは一番近くの畑の前まで行くとしゃがみこんで手のひらを地面につけた。

「きちんと契約が成されていれば、私が力を使えるようになっているはずです。試しにこの畑に地の加護を加えてみましょう」

 つぶやきながら、えいっとおもいっきり気合を入れた。

(今ここで、私がお役に立てるということを証明しなければ!)

 必死で念じて加護の力を大地へ送る。塔の訓練ではこれで鉢植えの球根がひとつ咲いたから、この広い畑に対してだと葉の色艶が良くなってちょっぴり元気になるくらいしかできないだろうと、持てる力をめいっぱい注ぎ込んだ。

「えええっ!?」
「あらまあ」
「ネイリッカ殿っ!?」
「はい! ご領主様、いかがなされました? ……ファッ!?」

 驚きに満ちた声で名を呼ばれて、うまくいったかと笑顔で頭を上げたネイリッカは、目の前に広がる光景に絶句してそのままの表情で固まった。加護を加えた畑は作物がむくむくと成長し、見上げるほどの高さに葉や蔓が密林のように生い茂り、一抱えもあるような豆がどかんどかんとぶら下がっていた。

「あああ。これは、その、少しやりすぎました……申し訳ありません」
(おかしい、こんなはずでは。どうしてこんなことになっているのでしょうか!?)

 初めて見る巨大な豆に混乱しつつも、ネイリッカ以上に困惑しているだろう領主一家へ、この状況について説明しなければ、と、ぎゅっと手を握って自分へ活を入れた。それから、目を限界まで見開いて固まっているオリヴェルへ、元に戻すことはできないのです、と消え入りそうな声で告げた。

(初めて加護の力を披露する場だったのに、とんでもない失敗をしてしまいました……)

 オリヴェルとユッタが戸惑ったようにこちらを見ているのも落ち込みに拍車をかけ、悲しくて泣いてはいけないと思えば思うほど目には涙が溜まっていった。

(ご領主様たちを驚かせてしまいました。もしかしたら、役に立たないと失望されてしまったのでは)

 涙がぽとんと落ちそうになった時、側の空気が動いて硬い手がネイリッカの両手を握ってきた。続けて勢いよく振られ、アルヴィの弾んだ声が耳に飛び込んできた。

「ネイリッカ様、凄いよ! この時期はいつも食料が少なくて困ってたんだ。この大きさなら皆がお腹いっぱい食べられる! 君が来てくれてよかった」

 彼の心からの言葉に、ネイリッカの落ち込んでいた気持ちが天まで駆け上がった。

「アルヴィ様にそう言っていただけるなんて、もう今直ぐ儚くなってもいいくらい嬉しいです!」

 嬉し涙をこぼせば、彼が慌てたように繋ぎっ放しの手を引き寄せた。

「ついさっき来たところなのにもういなくならないでよ。これからこの土地をよろしくね、ネイリッカ様……うーん、様づけだとよそよそしいからリッカって呼んでいいかな?」
(いきなりそんな可愛い愛称で呼んでもらえるなんて! 夢じゃないでしょうか)

 ネイリッカは大喜びでぶんぶんと首を縦に振った。長い前髪の向こうでアルヴィの顔が綻ぶ気配がして、更に驚くべき提案が続いた。

「それで、リッカは僕のことヴィーって呼んで? リッカだけの呼び方だよ」

 なんだか二人だけの秘密のようなささやき声とその内容に、頭の中が沸騰した。

~~~~~~~~(続きは本編へ)~~~~~~~~
こんにちは!

本日は来週2月3日発売のアイリスNEOの新刊の試し読みをお届けいたします爆  笑

試し読み第1弾は……
『転生したら悪役令嬢だったので引きニートになります8~やっと、ずっと、会いたかった…~』
 


著:藤森フクロウ 絵:八美☆わん

★STORY★
ようやく公の場で、キシュタリア、ジュリアス、ミカエリスの三人を、アルベルの王配として発表することができたその矢先。国王の毒殺を目論んだとして、アルベルの祖父、フォルトゥナ公爵が投獄された!
衝撃的な報せに動揺するアルベル達。そして、その隙を狙うダナティア伯爵は多くの貴族を掌握し、あらゆる手を使ってアルベルを手に入れようと迫ってきていた。
そんな中で開催されたコンラッドが主催する舞踏会。そこで起きたのは、今までの苦難を根底から揺るがすような信じられない出来事で……!?
無自覚系天然タラシな悪役令嬢アルベルの一代記、驚天動地の第8巻!

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「ジュリアスが捕まった。フォルトゥナ公爵に国王の毒殺容疑がかかり、一族連座で捕らえられているそうだ」

 グレイルが死んだのをいいことに、余計な真似をしまくっていた分家をしばき回ることに忙しいキシュタリア。そんな彼をタウンハウスで待ち構えていたのは、幼馴染みのドミトリアス伯爵――もうすぐ辺境伯のミカエリスだった。

「はぁ? あの堅物爺がそんなしゃらくさい真似するはずないじゃん。本当に切れたら、自前の得物でぶった切りするタイプでしょ」

 内容に驚きつつも、ジュリアスが捕まったことよりその理由に納得がいかないキシュタリア。
 当主と連座で捕まるのは理解できるが、それがあのガンダルフが国王を弑逆――それも毒殺を図ったことに対してだ。
 彼は貴族の中でも忠臣と誉れ高い。義を重んずる性格だ。
 彼は忍耐強い。ぎりぎりまで溜め込んで、噴出したら大爆発する。毒殺なんてまどろっこしいことはせず、己の手で決着をつけるだろう。
 あのグレイル相手ですら、正面切ってバチバチやり合う剛毅な老人だ。

「何? あの老害? 元老会に嵌められた?」

 その老害は貴族の中の貴族と呼ばれる名家出身ばかりなのだが、キシュタリアの言いようは害虫の名を呼ぶような嫌悪感がある。
 はっきり口にはしないものの、ミカエリスもそう思っているので訂正しない。

「大方そうだろう。フォルトゥナ公爵がアルベルティーナの身を守っている限り、元老会は手が出せないからな」

 由緒正しき四大公爵の一角で、アルベルティーナの祖父という立場は大きい。
 両親不在となれば、これ以上の立場はない。
 ラティッチェでは後継者問題でごたついていたし、グレイルの両親は居場所不明。隠居後は旅をしていることが多く、居場所を掴みづらい。グレイルの葬式にすら捕まらなかったのだ。国外にいる可能性もあった。
 それはグレイルの兄にも言えることだ。彼はグレイルに後継者の座を譲って、そのままどこかへ行ってしまって音沙汰がないそうだ。生死すら不明である。
 改めて考えると、ゼファールの苦労が偲ばれる自由人揃いだ。
 社交界で聞く噂ではかなり癖が強いし、真実か定かでないところもあるので敢えて捜索も詮索もしなかった。

「……ちょっとまずいな。元老会の息がかかった人間が新しい後見人になったら、僕は間違いなく締め出される」
「同感だ。私も目障りだろうから、会えなくなるだろう」
「多少無茶でも、お祖父様とお祖母様を押さえておくべきだった」

 それは策の一つとしてあったが、優先順位が低いと判断して後回しになった。
 不仲ではないが、交流が薄い。誕生日などの節目にはプレゼントやメッセージカード、手紙などでのお祝いはされているが、直接会ったことがない。
 次期当主として忙しいキシュタリアは、直接的な障害にならないと放置したのだ。実孫のアルベルティーナにも同じ対応だったので、そういう人たちなのだろう。
 義父のグレイルが強烈なこともあり、義祖父母が変人でも気にならなかったのである。
 今回の騒動で当主になることにも反対していなかったし、山積する問題を優先していた。
 まだラティッチェを襲撃した賊たちをすべて捕らえていない。内通者は消されており、黒幕やレナリアには逃げられている。
 それだけでなく、急な当主就任もあって内部統制ができていない派閥もあった。
 家令長のセバスも行方不明――死亡の可能性が濃厚になってきた。新しい家令長も選別が必要だ。

「まさか、元老会がここまでするとは。陛下がこのまま目覚めず、崩御なさったら奴らの思うままだ」
「むしろ、そのためにフォルトゥナ公爵を容疑者にしたんじゃない? 邪魔な公爵たちを老害が片づけたがっているんだよ。陛下が目覚めたとしても、そのまま療養って形にして幽閉しかねない」

 後手に回っている。
 キシュタリアもミカエリスも痛感していたが、打開策が見つからない。
 やっと攻勢に打って出られたと思ったのに、またひっくり返された。
 まるで、誰かの手の平で踊らされているようで気分が悪い。
 居心地の悪さや違和感がつきまとって、不愉快だがその正体が掴めずにいる。
 こちらの攻撃は始まったばかりなのに阻止された。
 アルベルティーナを支えるために王配候補になりたかった。国王であるラウゼスの一声で、やっと頭一つ抜きん出た優位性がなくなってしまう。グレイルの墓を荒らした犯人も突き止めていない。マクシミリアン侯爵は分りやすいトカゲの尻尾だった。その本体は元老会か、また別の誰かかを探している最中だ。裏に誰かがいる気配がするのに、今一歩届かない。
 元老会が関わっていることは明白だ。この混乱に乗じて、自分たちの駒を有利に進めようとしている。その一人が、王弟の息子でもあるコンラッド・ダナティア伯爵。
 ヴァユの離宮は彼とダンペール子爵と協力態勢で警備をしているらしい。
 コンラッドの裏にはやはり元老会が見え隠れしているが、それとは別に怪しいのがラウゼス陛下の腹心であるダレル・ダレン伯爵だ。ラウゼスとは古くからの友人であり、宰相でもある。
 長年支えてきた主君が倒れ、元老会が好き勝手しているのに異様に大人しい。むしろ、元老会に協力している気配すらする。
 怪しめば怪しむほど、疑心暗鬼の泥濘に嵌まりそうだ。
 闇雲に手を伸ばしても、足搔いても空しいだけだ。

「このままではあちらの独壇場だ。こちらも打って出たいところだが……我々の考えは証拠がなく、憶測の域を出ない」

~~~~~~~~(続きは本編へ)~~~~~~~~

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『梟と番様~怪我した梟さんを助けたら、獣人の王に求婚されました~』
著:藤森フクロウ イラスト:笹原亜美
詳しくはこちらベル
こんにちは!

一迅社文庫アイリス1月刊の試し読みをお届けいたします(*''▽'')

試し読み第2弾は……
『多々羅家の囲われ華嫁 降嫁した嫌われ斎宮は鬼人に溺愛される』
著:紫月恵里 絵:榊空也 

★STORY★
「私の妻はあなただけだ」
斎宮でありながら災厄を招くとして虐げられてきた楓(かえで)は、鬼人で陸軍の将校である燈司(とうじ)に花嫁として迎えられることになる。あやかしの名家当主で強い異能を持つ彼が、なぜ自分を望み優しくしてくれるのか。戸惑う楓だったが、自分があやかしの能力を開花させる華嫁であること、燈司には忘れられぬ亡き許嫁がいたことを知って……。
虐げられた斎宮と鬼人の青年将校が織りなす和風溺愛ファンタジー開幕!

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「そんな――」

 首を横に振って口を開こうとした楓を遮り、女官長がやけに優しく腕に触れた。

「信用できないのでしたら、これからはご自分で一から用意なさればよろしいでしょう」

 痣ができるのでは、と思うほどきつく二の腕を握られ、唇を噛みしめて呻き声を堪える。強制的に厨の方へ向かされた楓は、厨の出入り口にひと固まりになってこちらを窺っている厨番の下女たちの姿を見つけ、喉を鳴らした。一人だけは青ざめていたが、後は迷惑そうな顔で楓を見ている。その下女たちに女官長が鋭い視線を向けた。

「あなたたちも手を出しては駄目よ。ああ、そうだわ。時々大きな鼠が出るから、次からは斎宮様がお使いになられる前に、しっかりと片付けをお願いするわね。残りものを斎宮様がお召し上がりになられると大変ですもの」

 軽く目を見開く。鼠、とは時折厨に忍び込む楓のことだとすぐに気づいた。

(やっぱり、わたしが隠れて厨に来ていたことは知られていたのね)

 いつの間にか食材や調理具を厨で見かけることがなくなったが、なぜか下女が残したと思われる残りものだけは置かれていた。いつかこんな風に咎めるためか、隠れて嘲笑うためのものだとわかっていても、空腹には抗えなかった。

(どうしてこの方は、そこまでわたしを貶めたいの)

 気味が悪ければ、両親と同じように近づかなければいいのだ。楓が災いを引き寄せるとわかっているだろうに、それを恐れず虐げる理由がわからなかった。

「さあ、斎宮様」

 女官長に強く背中を突き飛ばされる。くすくすと笑いながら厨番の下女たちが端に下がるのを横目に、楓は板の間に倒れこんだ。

「――っ」

 床板に釘の頭でも出ていたのだろう。打ち付けた膝の下の単衣にじわりと血が滲む。

「ああ、道具の説明をしなければなりませんね」

 なぜか楽しげに女官長が横を通り過ぎる。のろのろと顔を上げた楓の目に映ったのは、包丁を手にしてうっすらと微笑む女官長の姿だった。
 興味深げに眺めていた下女たちの間に、瞬く間に緊張感が走る。

「あ、あの……」

 下女の一人が恐る恐る声をかける。

「何? 何か言いたいことでもあるの?」

 女官長に鋭く遮られ、下女が息を飲んで口を噤む。その間、楓は微動だにせずに刃先を見つめていた。

(わたしはこの方に、何かをしてしまった?)

 鈍く痛む二の腕のように、見えない場所に痣をつけられることはあったが、刃物まで持ち出してくるなど正気とは思えない。恐ろしい、というよりもわけがわからない。
 女官長が一歩近づく。楓を見据える目にはいつもの蔑みはなく、なぜか憎悪の色が浮かんでいる。それは、記憶の底に沈む母の目とよく似ていた。
 どこへ行っても楓は厄介者なのだ。それを否応なく突きつけられる。

(――ああ、もう、それなら、それで、どうでもいい)

 諦めと共に、どっと強い疲労感が肩にのしかかる。膝の痛みも、腕の痛みもどこか他人事のように感じた。

「さあ、お受け取りください、斎宮様」

 放心する楓の手を女官長が無造作に掴み、包み込むように包丁の刃先を握らせようとしたその時。
 こちらに近づいてくる幾人もの足音が耳を打った。その中に「お待ちください」「そちらは」と誰かを引き止める女官たちの甲高い声が聞こえる。

「――何……!」

 女官長が不審げに厨の出入り口に視線を向け、その目を大きく見開いた。ほぼ同時にごみでも投げ捨てるかのように慌てて楓の手を離す。

「あ、貴方は、お帰りになられたのでは……」
「何やら騒がしいと思えば血の匂いまでしてきたので、様子を見にきたのだが……。お前は今、何をしていた」

 感情を押し殺した若い男性の低い声が背後から響く。背筋が凍るような寒気を覚え、楓は後ろを振り返ることができなかった。
 逆に女官長は動揺を隠すように、楓の背後にいる人物に声を上げる。

「こんな奥まで入ってこられるなど、不敬ではないですか!」
「不敬? 斎宮様に刃を向ける者の方が不敬ではないのか。……ああ、違うな。不敬どころか――主を殺めようとする逆賊だ!」

 腹の底に重く響く怒声と共に、どこからともなく強風が巻き起こる。吹き飛ばされそうな勢いに、楓は頭を抱えて蹲った。
 激しい風の音に交じって、悲鳴と破壊音が聞こえた。
 何が起こっているのか理解できず、楓はできるだけ身を縮めるようにして風がおさまるのを待った。

「――斎宮様、ご無事ですか」

 どのくらい経ったのか、楓を案じる声にはっと我に返る。恐々と身を起こして振り返ろうとすると、それよりも先に楓の傍らに膝をついた男性に言葉を失った。

(どうして、この方が……)

 心配そうに眉を顰めて楓を覗き込んでいたのは、つい先日の神事で楓を見て驚いていた鬼人の軍人だった。ただ、その額にはあの時見た角は見当たらない。
 予想外の人物に楓が無言で凝視していると、鬼人はほんのりと頬を染めて、目を細めた。

「そう見つめられると、少々照れますね」

 なぜ照れるのかわからず、楓は目を瞬いたが、じろじろと見られるのは気分がよくないだろうと、視線を逸らす。そうして視界に飛び込んできた光景に、唖然と口を開けてしまった。

「え……」

 厨の壁がなかった。天井もまた半分が吹き飛ばされたように消え、薄水色の春空が覗いている。楓の目の前に立っていた女官長の姿は、影も形も見当たらなかった。

「あの……女官長は」

 先程の突風に吹き飛ばされたようだ、と理解できたが、女官長の姿が見えないことに言いようのない不安がこみ上げてくる。

「ああ、あの逆賊の女でしたら、あちらに」

 鬼人の視線の先を追った楓は小さく息を飲んだ。吹き飛ばされた壁の残骸に下半身を挟まれて倒れる女官長の姿があった。

「殺してはいませんので、ご安心ください。非常に腹立たしいですが、裁きを受けさせなければ」

 その言葉で先程の突風はこの鬼人が起こしたのだと知り、楓は窺うように見上げた。
 先日、参道で見かけた時にも思ったが、恐ろしく整った顔立ちだ。涼やかな目元に、通った鼻梁。緩く弧を描く唇は薄く、笑みを浮かべていなければ後戻りができないような、そんな魅入ってしまう雰囲気を持っている。
 鬼人は腕力や体力を誇る武骨な骨格の者と、術を得意とする均整の取れた優美な体つきの者に分かれるらしいが、この鬼人の軍人は後者のようだ。

「――なぜそんな半端者の斎宮が、多々羅家の華嫁になどなれるの!」

 唐突に響いた女官長の声に、楓は目を瞬いた。鬼人の言った通り生きていたことに安堵したが、それよりも叫んだ内容の方が気になった。

「花嫁……。多々羅家?」

 そんな話が持ち上がっていたことなど知らない。しかも多々羅家と聞いて、さらに混乱した。
 多々羅家といえば、鬼人のあやかしの名家だ。末端とはいえ皇族の血を引く娘の嫁ぎ先としておかしくはないが、あやかしから縁談を断られ続けた楓が嫁げるとは思えない。聞き間違えたのだろうか。

「なるほど。お前の凶行の原因は我が多々羅に嫁す斎宮様への嫉妬か。そんなくだらない理由で斎宮様に刃を向けたのか」

 困惑している楓をよそに、鬼人がぐっと声を落とした。声に乗せられた怒りに肌が粟立つ。その怒りと共に半壊した厨内に風が巻き起こる。ゆっくり立ち上がった鬼人を呆然と見上げると、その額には先程はなかった二本の金銀の角が生えていた。恐ろしいながらも、綺麗だ、と見惚れてしまいそうになる。
 渦巻く風に、鬼人の長い黒髪が蛇のように乱れて舞う。すっと伸ばされた指の爪は鋭く尖り、その目が見据える先は瓦礫に挟まれたままの女官長だ。

「……ひっ」

 女官長が顔を引きつらせるのと同時に、みしり、とその上の瓦礫が潰れた。風圧で押し潰そうとしている、と気づいた楓は強張っていた指を動かし、薄く笑みを浮かべる鬼人の軍服の端を掴んだ。

「待って――」
「――隊長! 燈司様っ、今殺したら駄目ですって!」

 突然割り込んできた大声に楓がはっとして肩を揺らすと、鬼人の前に転がるように駆け込んできた人物がいた。
 短めに整えられた灰色の髪のこちらも軍人だ。焦ったように見開かれた細い目は縦に瞳孔が走った琥珀色で、その頬には灰色の鱗が浮かんでいることから、おそらく龍の一族の者だ。

「どけ、次晴。歯向かってきたので処分したとでも言えば、帝も咎めることはできない」
「そりゃ、そうでしょうとも。でも、燈司様は言っていたじゃないですか。一息に仕留めるよりも、じわじわと追いつめてどれだけ重い罪を犯していたのか思い知ればいいとかなんとか。それに、そんな姿を見せて、斎宮様に嫌われても俺は知りませんからね」

 次晴、と呼ばれた軍人が止めに入っても吹き荒れていた風が、最後の言葉でぴたりとおさまる。瓦礫が軋む音が聞こえなくなったことにほっと息を漏らした楓は、握りしめていた鬼人――燈司の服をようやく離した。それを追いかけるように、燈司がすぐ傍に膝をつく。
 楓がつい身を引いてしまうと、燈司はわずかに肩を落としたように見えた。その額には角がない。怒りを覚えるか、もしくは力を使うと現れるのかもしれない。

「醜態をさらしてしまいました。お許しください。お怪我の手当てをさせていただきたいと思いますので、斎宮様のお部屋へお連れしてもよろしいでしょうか」

 先程の怒りを綺麗に消し、気遣わしげにこちらを見てくる燈司のあまりにも早い豹変ぶりに戸惑ったものの、楓は小さく頷いた。

「……ありがとうございます。お願いいたします」

 楓が許可したことで安堵したのか、燈司の表情が柔らかなものへと変わる。しかしながらふとそこで何かに気づいたように、表情を改めた。そのまま背筋を真っ直ぐに伸ばす。

「名乗るのを忘れていました。――近衛隊長を務めております三侯家、多々羅家の当主、多々羅燈司と申します。帝の宣旨により、斎宮楓様の多々羅家への降嫁の名誉を賜りました。末永くよろしくお願いいたします」

 こちらに向けられた燈司の目に慈しむような感情とは別に、どこか焦がれる色が見え隠れする気がして、困惑する。

(……聞き間違いでは、なかった)

 楓は燈司と同じように姿勢を正すと、床に両手をついた。
 胸に浮かぶのは浮き立つ思いではなく、重い後ろめたさ。いくら斎宮でも、自分は災いを引き寄せる皇族の厄介者だ。帝の命で楓を娶らなければならない燈司が気の毒でならない。

(少しでも、迷惑をかけないようにしないと)

 静かに微笑む燈司に向けて、楓は深々と頭を下げた。

「こちらこそ、不束者ですが、よろしくお願いいたします」

 ふと、母も、楓に刃を向けた女官長も、初めの頃は優しかったことを思い出した。


~~~~~~~~(続きは本編へ)~~~~~~~~