自分の周りの人、みんな味方だと思って生きている人がいるとは。
そんな風に自らに優しい時も、ほんの少しあるけど、ほんとにほんのほんの少し。
382#10
十字架刑には、贖罪において果たすべき役割は何もなかった。
復活だけが贖罪における私の役割となった。
それは、無罪性による罪悪からの解放の象徴である。
有罪だと知覚する相手を、あなたは十字架にかけようとする。
しかし、無罪と見る相手には、あなたは無罪性を回復させる。
十字架刑が、常に自我の目標である。
自我はすべての者を有罪とみなし、有罪宣告をして殺そうとする。
聖霊は無罪性だけを見て、その優しさの中で、恐れから解放し、愛の統治を再び確率しようとする。
愛の力は聖霊の優しさの中にある。
その優しさは神からのものであり、したがって、それが十字架にかけることもかけられることもあり得ない。
あなたが復元する神殿はあなたの祭壇となる。
なぜなら、それはあなたを通して再建されたからである。
そしてあなたが神に与える一切はあなたのものである。
このようにして神は創造し、あなたも必ずこのようにして復元することになる。
