罪が罪悪感があまりにも強くて、
見たくないからギュッとしたまんま数日…。
意固地になりながらも、
そぉっと罪悪感を手放してきてた。
そういうときは、
最高に楽しい時その瞬間、
その素晴らしい瞬間を幻想だと認識して
喜びの中で一瞬にして手を離すことにしてみた。
こっちの方がずっと楽
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罪に対する恐れが罪を訂正させずに
守ろうとするのをそのままにしてはならない。
なぜなら罪悪感の魅力とは、
単なる恐れに過ぎないからである。
それがどんなものに見えるとしても…
これは秘密の感情であり、
私的な想念と肉体からの感情である。
これは、愛に対立し、
常に、相違の視覚と、
同一性の喪失へ導く感情である。
ここにあるのは、
あなたを盲目のままに保つ感情である。
その感情ゆえに、
あなたは自分で作り出したと思っている自己に依存し、
その自己があなたのために作り出した世界を
通り抜けるための導きを、その自己に求める。
……
あなたのコミニケーション全体が
嬰児のそれに似ているからである。
嬰児が発する音や、聞き取る音は、
極めて当てにならないものであり…
聞く音も、見る景色も、まだ安定していない。
………
神は我が子を無価値の者に
託しはしなかったと、確信しなさい。
……
自分だと思っていた 別な何か
が幻想だったという認識である。
真理を招くのは、幻想の否定である。
幻想否定することは、
恐れが無意味だと認識することである。
神聖な関係ほどキリストに似ているものがあるだろうか。
貸し切りの数時間は素敵だった♡
